プロローグ 愛の神魔聖と姫の出会い
聖愛宮殿。桃色の愛らしい宮殿。その宮殿に入れる者は、愛の中で生きる者。それは、すなわち愛の神聖。我々の観測し得ない何かがこの地に住まうだろう。
古くより、この場所はそう言い伝えられている。事実ではあるのだろう。ここは、特別な力を持つ人物が住まう場所なのだから。
儀式の後、正式に出会うのは明日。だというのに、こっそりと聖星宮殿を抜け出した神聖姫と魔聖姫。
魔物がいない平和な愛の星を歩いて、桃色の宮殿へと訪れていた。
誰もいない。音もしない。聖星宮殿以上の静けさ。
勝手にきている。その自覚からだろうか。足音をできる限りたてないようにとゆっくりと歩いている。
その背後に影が二つ。姫達は気づいてすらいないようだ。
「僕のかわいいお姫様ー」
突然の声。そしてぎゅっと抱き寄せられる神聖姫。
「ふぇ⁉︎ 」
「……あれ? 正式に会うのって……もしかして、黙って出てきちゃったの? かわいいこだなぁ」
他の神魔聖達とは一度会っている。だが、愛の神聖。この星の神聖と魔聖とは姫達は一度も会っていない。
まだ、互いに名乗ってはいない。だが、わからないはずはないだろう。この場所にいるからではない。
驚かされていない魔聖姫の方が、振り返った。似た色ではない。同じ金髪。癖毛が目立つ魔聖姫とは違い、癖毛は見当たらない。だが、これは単に髪の長さの問題だろう。たとえ二人がここにいなくとも、互いの事を認識できるだろう。
細い腕から解放された神聖姫も、くるりと愛の神魔聖の方を向く。
毛色は違えど、その独特な雰囲気は似ている。
「エレはエレなの」
「僕はシェフィ。エレのシェフィだよ」
「エレはエレ。シェフィのエレだよ」
「わぁ、僕のかわいいエレだー。かわいいかわいい。僕のエレかわいい」
まるで挨拶かのように、神聖姫と魔聖姫は抱きつき合う。らぶらぶらぶらぶ。この星のあり方を体現しているかのようだ。
顔を見つめると、頰に口付けをしあう。すりすりと頬擦りをする。
行動が、全てを物語っているかのようだ。二人の関係の全てを。愛の神聖は、神聖姫を抱き上げる。
「ここまできてくれたなら、おもてなししないと。二人とも、紅茶だいじょ……エレは甘いジュースだよね」
一度も言葉を交わした記憶はない。だが、愛の神聖は神聖姫の好みを把握しているかのような発言。自らは、紅茶を好んでいるというのに。
神聖姫は、何も言わずにこくりと頷いた。
その仕草を目にした愛の神聖は、神聖姫を抱いたまま愛の魔聖に輝く瞳を見せる。
「ミドゥ、ミドゥ、みたみた? 今、今頷いたよ。僕の言葉に頷いたよ。かわいすぎない? ほら、みてよ。このふわんとした目。さらふさぁとした髪。にゃんにゃんっとした雰囲気。愛らしいよ。ずっと見てられるよ。持ち帰るよ」
「持ち帰るはだめ。ここはぼくとシェフィの城だから。姫達がずっと住むのは向かない」
愛の魔聖が冷淡とそう言った。愛の神聖は残念そうに、神聖姫を離している。
「姫君達、こっちへ。座って話をしよっか」
愛の魔聖が姫達に自らの城を案内する。神聖姫は魔聖姫と手を繋ぎ、歩み始める。
桃色の壁には、多くの絵画が飾られている。それに、桃色の造花も。
神聖姫は、立ち止まり、一枚の絵画をじっと見つめている。その絵画は、美しくも妖しい森。そして、その森に住まう精霊だろうか。人とは思えない姿の女性。
神聖姫はその女性ではなく、景色の方を見ているようだ。
その森は、どこにでもありそうな森。その森は、どこにもなさそうな森。見方によって変わる森。
「……」
前を歩く愛の魔聖が足を止めた。愛の神聖が、そっと神聖姫の右手を握る。
「それはね、生命の神聖。その弟から貰ったものなんだ。とても古い時代のものらしい」
「……星に、初めて生まれた場所」
愛の神聖の説明に、神聖姫がぽつりとこぼす。
「うん。そう。ここにある絵画は全て、星に初めて生まれた場所。その場所の絵なんだ。複製品なんだけど、友好の証として」
「……きれい。なんだか、不思議な感じがする」
「そうだね。不思議だよね。あっ、僕らの星の原初の……星に初めて生まれた場所ってわかる? 行ったことある? 」
神聖姫は首を横に振る。
「そういえば、私も行った事ない。噂では、度々聞くけど……どういう場所なのか、お兄様達は知っているの? 」
「うん。行った事あるよ。それに、儀式殿は、神魔聖どちらもそこに近いんだ」
「儀式の時、必ず通る。そこを見る事も、儀式の一つらしいから」
「へぇー。」とそっけない感じを見せている神聖姫。だが、その目は、明らかに行ってみたいと言っている。魔聖姫も、顔を合わせないようにしている。だが、そわそわしているのが、見て取れる。
愛の神聖と愛の魔聖は、顔を見合わせる。姫達の様子にくすりと笑う。
「今回は特別だよ。僕らの側から絶対に離れないって条件で」
「うん」
「ありがと」
姫である以上、あまり感情を見せるべきではない。そんなふうに学んでいる二人。そっけないように答えてはいるが、全て顔に出ている。
「……その前に、ジュース……なんでもない」
「そうだね。ここまでがんばって歩いてきたんだから、一休みは必要だよね」
「……うん」
神聖姫がはっきりと自己主張できない。それは彼らに対してだからか、神聖姫に選ばれてしまったからか。彼女以外は知らないだろう。
そんな彼女に愛の神聖は笑顔を見せる。
「……ジュース……やっぱりいらない。お水がいい。ジュースは、まだだめなの。お約束だから」
「そっか。なら、この星特有の水を飲ませてあげる。ある場所でしか取れない、他と比べて甘い水なんだ。それならいいでしょ? 」
「うん」
愛の神聖に連れられて、廊下を歩いた先。神聖姫はある部屋を訪れる。
その部屋は、応接室とは違う。見るからに高級なベッド。多くの本が収納されている本棚。二人用のソファが向かい合わせに二つ。
「座って。魔聖姫様も」
「ありがと」
神聖姫と魔聖姫が隣同士で座る。
愛の魔聖が、姫達の向かいに座った。愛の神聖は、一人で水と紅茶の準備をしている。
「……失礼ながら、神聖姫様は、能力が低いと聞き及んでおりますが……あれは真実ですか? 」
「うん……」
「そうは見えないんですが……むしろ、歴代を見ても相当な……歴代最強クラスの能力の持ち主にしか見えませんが」
魔聖だからだろう。その見方ができるのは。魔聖姫が、こくこくと頷いている。
コトン——カップが四つ。机に置かれる。
愛の神聖が、愛の魔聖の隣に腰を下ろした。
「その子は間違いなく能力が高いよ。自覚はしていなさそうだけど。歴代の姫の記録。それを見る限り、この子は非にならない能力を眠らせているんじゃないかな。さすがは僕の妹だよね。僕の妹はかわいい。すごい。愛らしい。ふわふわ」
「ぼくの妹もすごいかわいくて、愛らしいよ。それに、しっかりしてそう。美人。一途そう。こんなかわいい妹に選ばれた相手なんて」
「うらやましすぎるよねー。僕らが代わってやりたいくらいだよ。いっその事、僕が魔聖姫様と、ミドゥがエレと婚約すれば、ずっと一緒にいられる? 」
「いられるかも。二人がすきって言ってくれればいいんだけど」
姫達の向かいで話されている内容。神聖姫は理解できないが、魔聖姫は理解できている。神聖姫が「ねぇ、どういう意味? 」と聞いても、「知らなくていいよ。」とはぐらかしている。
「……あっ⁉︎ 忘れてたの。あのね……エレは守らなくていいから。今日は、これ言うために来たのに、忘れてたの」
「エレ」
「……守らなくていいの。だから、ずっと一緒にいて」
お願い。神聖姫は、命令とは言わない。これはただのお願い。
「なら、勝手に守らせてもらうよ。一緒にいるために。それが、僕らの姫の願いであれば」




