7話 対立
エレシェフィール達はジュンドの森へ行くため、ルーツエングの部屋を訪れた。ルーツエングの隣に気難しそうな緑髪の青年がいる。
エレシェフィール達が協力を頼んだもう一人の人物、イールグだ。
「エルグにぃ、ルーにぃ、改めてお願いなの。エレ達のために、力を貸してください」
エレシェフィールは深々と頭を下げた。身体の前で握る手に力が入る。
いつかは知られる事。そう理解していても、いざその時になると躊躇いが生まれる。そこにはフォルが好意的に思っている相手である二人だからというのもあるのだろう。
ルーツエングがあの日の真実を知ってしまえば、フォルの立場が危うくなる可能性がある。あの手紙を書いた時点でさえかなり揺らいでいる。エレシェフィールが内容を見て気づくほどに。
それだけならまだ良かったのだろう。一番の懸念は別の事。
「……お願い、フォルの事きらいにならないで。フォルは、あの日以降一度もちゃんと笑ってくれていないんだよ。本気で誰かを頼ろうとすらしていないんだよ……一人だけ、例外みたいだけど。でも……でも……お願い、フォルの居場所を奪わないで」
涙ぐみながら出る言葉はエレシェフィールの恐怖そのもの。
ギュリエンの最後の真実を知った時、今の関係が拗れてしまうのではないか。
フォルが神聖以外で初めて友と認めたイールグが離れていくかもしれない。
エレシェフィールは恐る恐るルーツエングとイールグを見る。
「今回の件がどうなろうと初めから全てもみ消すつもりだ。心配しなくても、普段のやりすぎに比べれば、可愛いものだ。あれはいつもと違い本人の意思ですらないんだから」
「その通りだ。そもそもその後を知っているんだ。この関係になんの問題もないから安心しろ」
表情の変化が見られないイールグと笑みを浮かべているルーツエング。
エレシェフィールは顔を上げた。
「エレの不安も取れたようだから、今件の話をしよう。転移魔法でジュンドの森の入り口へ向かう。そこからは歩いていく。迷いやすいから二人は手を繋いでおくのを勧める」
「わかったの」
準備はもう済んでいる。フォルに会いにいくためにルーツエングが転移魔法を使った。
木々が生い茂る。その葉が空からの光を遮っている。どこまでも同じような景色が続く。まるで人工的に植えられているかのように一列に並ぶ木。全ての植物が等間隔に生えている。
「これが一度入れば二度と外へは出られないという……噂は本当だったのかも。前回の時はそんな事考える余裕なんてなかったけど。なんだか不気味」
「等間隔って見てて気持ちよくねぇか? 俺だけ? 」
「少なくとも森では気持ちいいという感情はないだろう。しかも、ここは主様の持つ地図すら使えん。通行証がないと感知できない結界で入れない。不気味以外の言葉はないだろう」
ルーツエングがジュンドの森の地図を見ている。エレシェフィールは隣からちらっと見るが、真っ白い紙だ。
エレシェフィールは無言で前を向いた。
「……あっちかも。フォルがいるの」
エレシェフィールは左手をあげ西側を指差す。精霊の仕業なのだろうか。エレシェフィールの眼には一本の道を示すかのように光の粒が続いている。
飽きないようにか時間と共に色が変わる光。エレシェフィールを招いているかのようだ。
「……エレ、ゼロ、ここからは別行動だ。俺とルーは魔法具の破壊へ行く」
「うん。お願い、エルグにぃ。ルーにぃも」
エレシェフィールはゼーシェリオンの背に隠れるように下がる。魔物地帯暗き緑空間と称されるほど、光が遮られるほどの木々が生い茂る森は危険とされている。
「ゼロ、こっち……こっちで……ふぇ? エレはここで遊んでいたの? 」
エレシェフィールと靄がかかって思い出せない誰か。エレシェフィールはよくその誰かと一緒にここらへんで遊んでいた。いつも、帰ろうと言って向かう場所は同じ。エレシェフィールとその誰かの家。別荘の可能性もあるが。
そしていつも彼はこう言っていた。
『怖がらないで。ここは魔物が来ない場所だから』
その言葉が確かなら、今まで偶然魔物に出会わないのではなくそもそも存在しない。エレシェフィールはゼーシェリオンの前に出て走り出した。右手を繋いだまま。
変わらない景色。その中をひたすら走り続ける。光と記憶の導きを頼りに。
信じ続けると、景色が変わった。ここがエレシェフィール達の目的地。
今自分達は森の中にいる。そう言われて信じる者はいないだろう。その場所は木々がない。新緑が彩る地面。その中心にある古びた洋館。
記憶の断片のエレシェフィールが彼と一緒に帰る場所。
「……意外と早かったね」
古びた洋館の前でフォルが待っている。エレシェフィールはゼーシェリオンから手を離した。
「……ねぇ、君はここにきた事がある? 前回、僕がここへ君を招くよりも以前、僕以外と」
「うん。あると思う。ずっと昔、誰かと一緒にここで過ごしていた気がする」
「……そっか。やっぱりここはあの子の……なら、君がここで危険な目に遭えば、どうなるんだろうね? そこまで記憶が戻っているなら、どうするんだろうね? 」
エレシェフィールの足に蔓が巻き付く。本気で危害を加えるつもりなどないからだろう。そこから敵意は感じない。魔力もわずかなもの。まるでエレシェフィールの発作を気にしているかのように。
「来てくれるなら、あの時に助けに来ているよ。エレからも聞いていい? 」
「……なに? 」
エレシェフィールは視線を落とす。一度口を開いたが閉じた。それでも、言わなければいけない事。他でもないエレシェフィールが。かつてその答えを聞かれた時、全ての可能性を知っていながらもフォルを気遣って真逆の事を言ったエレシェフィールが。
「ごめんね。でも、今度こそちゃんと言わせて。あれは、あの結末は……被害を最小限に抑えるという事なら最善だった。あのおかげで、フォルが戦ってくれたおかげで、被害が最小限に抑えられていたの」
拳を握る。涙を堪えてフォルを見る。
「……最小限……そんなわけないだろ! あれが最小限なら、世界が滅んでいたっておかしくないんだ! 」
「……」
「そもそも、僕がいなければ……僕があの時もっと他の方法を考えていれば……みんなの事を見捨てられていたら……ギュリエンは無事だったんだ。ギュリエンなんてつくらなければ、みんな無事だったんだ」
それはあげればキリがない話。それでも言わずにはいられないんだろう。
「わかってるよ。そんな事を考えても意味ないって。でも、失いたくなんてないんだ。それなら、僕のせいでこれ以上何かを失うくらいなら、逃げだとしても、全部諦めて進む方がいい。そう思ってしまうんだよ」
全てを諦め続ける。それができればどれだけ良かったか。迎合し続ければ、無駄に傷つく必要などないのだから。
それはエレシェフィールだってよくわかっている。
「それで諦めた先にあったのはなんなんだ? 」
言葉が詰まるエレシェフィールに変わってゼーシェリオンが返した。エレシェフィールは左手で拳を作り胸に当ててゼーシェリオンを見つめた。
「失いたくなんてねぇよ。誰だってそうだ。けど、そうして失わねぇのか? 救いが待ってんのか? そうじゃねぇだろ。だから、失わないように、誰も争わない世界を作ろうとしたんだろ。これ以上くだらない争いで誰かが犠牲になる必要のない世界を」
「そんなのただの理想論だ。それが不可能だって知ってるんじゃないの? 」
「そうだな。ただの理想論だ。だが、そんな理想でも変えられるもんがあるだろ。な、エレ」
突然振られたエレシェフィールは肩をぴくりと震わせた。きょとんとした瞳でゼーシェリオンを見つめる。
なぜ突然エレシェフィールに振ったのか。その理由の理解ができないまま時間だけが過ぎていく。




