7話 対立
ゼーシェリオンと一緒にルーツエングの部屋を訪れたエレシェフィール。
ルーツエングの隣に気難しそうな緑髪の青年がいる。
緑髪の青年はエレシェフィールがルーツエング伝で頼んだもう一人の助っ人、イールグ。
「エルグにぃ、ルーにぃ、改めてお願いなの。エレ達のために、力を貸して。それと……あの日の真実を、知って」
エレシェフィールは深々と頭を下げた。身体の前で握る手に力が入る。
ギュリエンが滅んだその日、エレシェフィールとゼーシェリオンだけが知る真実。今まで誰にも言わずにいた事を今回の件で知られてしまう。それでも、エレシェフィールとゼーシェリオンは自分達だけでの解決という選択はとらなかった。
「本来、頼むのは俺達の方だ。争いの兆候は確かに存在していた。それに気づいていて事前に止められず、フォル一人に全てを背負わせた。どうか、フォルをあの時から解放して欲しい」
ルーツエングがエレシェフィールに木の葉が付けられているペンダントをかけた。
わずかにだがペンダントからは魔力を感じ取れる。
エレシェフィールは頭を上げてルーツエングとイールグを見た。
「……エレ、後悔はいくらでも聞く。だから、遠慮などせず話せ。それで俺は離れないからと伝えてくれないか? きっと、今のフォルには、あの時のフォルにはその言葉が必要だ」
イールグはフォルの初めての神聖以外の友人。エレシェフィールはそう認識している。エレシェフィール達ではむりでも、友人であるイールグだからこそ伝えられる事があるだろう。
エレシェフィールはこくりと頷いた。
「早速だが、転移魔法でジュンドの森の入り口へ行く。その後は別行動だ。そのペンダントを頼りに途中までは進めるだろう」
ルーツエングがそう言うと転移魔法を使った。
薄暗い森。木の葉で空からの光は遮られている。どこまでも同じ景色が広がるジュンドの森では、一度道を間違えれば抜け出す事は難しい。慣れていない限りは不可能と言ってもいいくらいだ。
ルーツエングが調整したんだろう。転移先にはエレシェフィールとゼーシェリオンしかいない。
入り口へついてからエレシェフィールとゼーシェリオンは、ペンダントから出る光を頼りに歩いている。
だが、変わらない景色に飽き飽きしながらも、歩く事三十分。突然ペンダントの光が消えた。
「……エレ、なんとなくわかるかも」
エレシェフィールのわずかに残る大切な人との記憶。その記憶とジュンドの森の景色が重なる。
エレシェフィールは、右手でゼーシェリオンの手を握ると走り出した。わずかに残っていた記憶を頼りに。
「どうしてわかるんだよ」
「わかんない。でも、フォルじゃない誰かと来てたの。エレの大切な人と一緒に遊んだ記憶があるの……もしかして、フォルは……」
変わらない景色の中をただひたすらと走りつづける。やがて、景色が変わる。
森とは思えない開けた場所。ぽつんと古びた洋館が建てられている。それも、エレシェフィールの記憶にある。
「……意外と早かったね」
洋館の前でフォルがエレシェフィールが来るのを待っていた。エレシェフィールは、ゼーシェリオンの手を離した。
エレシェフィールは一度ゼーシェリオンに笑顔を見せると、フォルの方を見た。
「……ねぇ、君はここを見た事ある? 僕と一緒に来る前に」
「うん」
「そっか。ならさ、今ここで君が危険な状態に陥れば、どうなるんだろうね? そこまで記憶が戻っている状態ならどうするんだろうね? 」
エレシェフィールの足を植物の蔓が巻き付く。エレシェフィールは足元の蔓を触る。
本気ではないからだろう。ほとんど魔力が感じられない。おかげでエレシェフィールが魔力の影響を受けずに済んでいる。
「……きてくれるなら、もうとっくに来てるよ。エレからもいい? 」
「……なに? 」
「ごめんね。でも、言わせて。あの時のあの結末。あれは被害を最小限に抑えていたの」
エレシェフィールは蔓を見たまま言った。今にも泣きそうな顔をフォルには隠して。
「……最小限……そんなわけないだろ! あれが最小限なら、あの世界は滅んでいてもおかしくないんだ! 」
エレシェフィールの言葉は嘘ではない。だからこそ、フォルが感情を表に出している。
エレシェフィールは涙を堪えて、フォルの顔を見る。エレシェフィール以上に泣きそうな表情を見せているフォルにエレシェフィールは言葉が出なかった。
「そもそも、僕がいなければ……僕が余計な事をしなければ、みんなもギュリエンも、無事だったんだ」
かつて存在したヴィンジェグァと呼ばれる種族の逸れもの居場所ギュリエンを滅ぼしたのはフォル。それは変えようのない事実。だが、フォルがいなければ多くのヴィンジェグァを救う事はできなかった。それも変えようのない事実だ。
「……エレ、僕がなんでこんな命令に応じてるか教えてあげるよ。この命令を遂行できれば、みんなと会えるんだって。ギュリエンの存在を認めて、干渉しないんだって」
エレシェフィールは今のフォルの表情に見覚えがある。何かに縋っている表情ではない。これは、エレシェフィールが今回フォルに出会う前、リブイン王国にいた時のエレシェフィール自身の見せていた表情だ。
「期待させるような事を言っていたのは謝るよ。初めからその気なんてないのに、君をここに来させるために適当に言葉を並べていたから」
「……エレは人の感情をすぐに気づく事なんてできない。でもね、それが嘘だって言う事くらいわかるよ。全部、嘘ってわかっていてもフォルがそれを選んだのはただ逃げたかったからなんでしょ」
エレシェフィールは両手をぎゅっと握る。フォルの言葉の意味を全て理解しているわけではない。だが、理解できている事もある。
それは今のエレシェフィールではどうする事もできない事だ。猛勉強すれば可能性はなくはないだろう。だが、エレシェフィールにそれだけの勉強をする気力がない。
だが、全てでなくともできる部分はあるだろう。
エレシェフィールはわずかな時間でそれを探す。
エレシェフィールは両手を胸にあてて俯いた。
「だったらなんなの。それが逃げだとしても、これ以上僕のせいで失いたくない。そう思うのは悪い事なの? 君だって、そうだったんじゃないの? 」
失いたくなければ、迎合していれば良い。余計な反抗などしなければ良い。全てを諦め続ければ良い。
居場所を求め続けたエレシェフィールだからこそ、それを深く理解してしまう。
エレシェフィールは瞳に涙を溜める。
「それで全部諦めた先に何があったんだ? 」
言葉を詰まらせるエレシェフィールの背後からゼーシェリオンが問いかけた。ゼーシェリオンがエレシェフィールの隣に立つ。
「失いたくなんてねぇよ。けど、全てを諦めた先にあるのは救いなんかじゃねぇだろ。失いたくないなら、そうならない世界を作れば良いんだ。争いのない世界を作れば良いんだ。そうすれば、あんなくだらない争いで犠牲になる人なんていなくなる」
エレシェフィールはまっすぐとフォルを見つめるゼーシェリオンを見る。
エレシェフィールに視線を向けたゼーシェリオンの右手がエレシェフィールの左手に触れる。
「そんなの、ただの理想論だ。それが不可能だってもう気づいているんじゃないの」
ゼーシェリオンの夢。だが、どれだけの時が経とうとそれは実現していない。
それを見てきているからこそ、今はもう理想論だけで救われる事はない。
それでもゼーシェリオンは言葉を並べる。
「そうだな。そんなの理想論だ。だが、そんな理想論でも、変えられるもんはあるだろ。エレ」
「ふぇ⁉︎ 」
突然振られたエレシェフィールは、ぴくりと肩を上げた。
なぜ自分に振られたのか。理解できないまま時は経つ。




