6話 消えない後悔
暗い闇色の空からドドドドドドッと轟音が鳴り響く。空にあるのは大量の黒い影。
地面に咲く色とりどりの花々。エレシェフィールは花畑の中で空を見上げていた。魔法杖を左手に握りしめて。
毎日毎日変わらぬ空。俯いたエレシェフィールの頬に伝う一筋の涙。
「……いつになったら、このくだらない争いが終わってくれるんだろう」
ふと溢した言葉。それは、ここギュリエンで暮らす全ての者達が思っている事だろう。
その問いを聞いているはずのゼーシェリオンからは何も返ってこない。無言の時間は静かな時を刻まない。
耳障りない轟音がずっと鳴り響く。
誰も救われない。全てを終わらせるような音はどれだけ願おうと消える事はない。
「……どうして、こうなるんだよ。ここは平和を望んだからできたんだろ。だったら静かに暮らさせてやれよ。どうして、そうさせてくれねぇんだ……どうして……あいつがこんな光景を見ないといけねぇんだよ」
エレシェフィールはその言葉を聞き、隣にいるゼーシェリオンを見た。今にも泣きそうな表情をして拳を握っている。それでも涙は見せず、空を見上げている。
エレシェフィールと同じ。この状況を終わらせようと一人で戦いながら同じ空を見ているはずのフォルの事を心配しながら。
「……わかんないよ。フォルは……強くなろうとしているだけで、本当は、誰よりも優しくて……こんな状況受け入れられるはずないのに。それでも、弱音は言わずに、ずっとみんなのために戦って……エレ達を守ってくれて……」
薄っすらとだが、エレシェフィールのいる双子宮を包む薄桃色の壁が見える。エレシェフィールが使っている結界魔法。そのおかげでここは比較安全地帯となっている。
その安全地帯でエレシェフィールとゼーシェリオンは毎日毎日、フォルの帰りを待っていた。
一日目はすぐに終わると思いながら。三日目は外にいる人達を心配して。十日目はもうすぐ終わると思おうとした。二十日目は終わる事がないんじゃないかと思い始めた。三十日目は連絡がないフォルを心配した。
今は、信じて待つ事ができず不安が大きくなっていき、それをこぼさずにはいられなくなった。
「……こんな立場なんて、なかったらよかった。そうしたら、エレも、フォルと一緒に戦えたのに。少しだけだけど、フォルの力になってあげられるのに……」
ぽたぽたと溢れる涙。エレシェフィールの左手に触れる冷気。冷気はエレシェフィールの左手を守るかのように包む。
冷気を帯びたゼーシェリオンの右手がエレシェフィールが離す事のできない魔法杖を一緒に握る。
言葉にはしないが、その右手に込められた想いは伝わる。不器用な優しさが繋がりを教える。
「お前は十分力になってんだろ。あいつがここを離れられてんのだって、お前のおかげだ」
結界がなければフォルは離れられなかっただろう。魔法杖の光が僅かに弱まる。
エレシェフィールはゼーシェリオンに寄りかかった。
「エレは何もできてないよ。消費より吸収の方が多いからどうにか維持できているけど……体力がない分、ずっとはできないから。お部屋で休んでいればいいけど、籠っていると余計な事ばっかり考えちゃうから」
「魔法も神聖術も、感情の影響が大きいんだ。俺らみたいに切り離しの訓練も受けてねぇんだ。だから、少しでも気晴らしになんなら外に出といた方がいいだろ」
今もエレシェフィールの感情に反応して魔法杖の光は強弱が出ている。エレシェフィールは視界を下げ、魔法杖を見つめた。今にも消えそうな光がかろうじて結界の維持をしている。
「……っ⁉︎ ゼロ! 」
突然消える光。結界が消滅する。エレシェフィールは即座に魔法杖を両手で持ち直す。
周囲の確認。大量の魔物の侵入を許してしまっている。
「お前は結界の再発動を急げ! 」
「でも」
迷う時間が長いほど魔物は押し寄せてくる。だが、この状況で結界を張る事が好手になるとは限らない。悪手になる可能性の方が高い。
エレシェフィールのその判断自体は間違っていないのだろう。
ほとんどの場合においては。
「俺がどうにかする! 魔物が入ってくる今の方が問題だ! 」
「う……うん! 」
魔物を閉じ込めるのか、キリのない魔物の軍勢を一通り相手にするか。エレシェフィールが結界に集中する分、前者の方が悪手となる。相手がゼーシェリオンでなければ。
今一緒にいるのはゼーシェリオンだ。心配は必要ない。心を強く保つため、何度もそう唱える。
胸の前で構えた魔法杖。瞼を閉じる。深呼吸して魔力を集める。
「……聖なる星に愛されしもの達を守護する音色響け。浄化の光よ歌を奏でろ! 」
広範囲に及ぶ結界魔法を二分で完成させる。もう一つの効果で結界内のゼーシェリオンが浄化しきれず、凍ったままの魔物を全て浄化する。
「ゼロ、双子宮の様子を見に行こ」
「ああ」
エレシェフィールは左手に魔法杖を持ち直す。ゼーシェリオンと手を繋いで双子宮の中に入った。
結界が発動したおかげで外の花畑は穏やかだ。だが、双子宮の中は嵐のように荒れ狂っている。視界を遮る霧。暴風雨が先へ進む事を阻んでいる。
エレシェフィールはゼーシェリオンの眼を頼りに、中の様子を探る。
暴風で飛ばされそうなになるが必死にゼーシェリオンにしがみついて阻止している。
「……ぇ……なん、で……」
嵐の中で倒れている五人の男女が視界に映る。エレシェフィールは無意識に防御魔法を己にかけ、五人の男女の方へ駆け寄った。
結界魔法の維持に再度発動からの維持、防御魔法の発動と維持。すでにエレシェフィールの身体は限界に近い。それでも必死に回復魔法を使う。
「……やだ……やだよ……約束、したの……約束、したでしょ……お願い……お願い……エレは世界様のすきにしていいから、役割を全うし続けるから。もう、居場所もいらない。一人になったっていいから。これ以上何も望まないから。だから、だから……お願い……お願い、します。フォルの、大切な人達を、いっぱい初めてをくれた人達を、助けて」
大粒の涙がこぼれ落ちる。エレシェフィールは、自らに役割を与えた世界に祈る。自分の身体は無視して回復魔法をかけ続ける。
世界は残酷だ。いつか誰かが言った言葉。それは、その通りだったんだろう。
どれだけエレシェフィールが願えど何も変わらない。誰一人として目覚めない。
オリジナルではないから。世界が選んだ本物の姫ではないから。エレシェフィールの言葉には耳を貸さない。
ただただ、残酷な事実だけを世界はエレシェフィールに与える。
与え続ける。
扉が開く音、誰かの足音。結界がある以上、来れる人物は限られている。
足音がぴたりと止まる。
「……デューゼ? リーグ? 」
今にも消えてしまいそうなフォルの声が聞こえてくる。
どれだけ会いたいと望んだんだろうか。その願いを最悪な形で叶えられた。
「……一緒にいるって、約束しただろ……ここでまた笑おうって、約束してくれたのに」
それが全ての条件を整えてしまった。あの結果へと繋がる条件を。
止める事はできなかった。希望を失い止めようとすら思えなくなっていた。それはゼーシェリオンも同じだったのだろう。誰も止められずに暴走が起きてしまった。
力の制御を失ったフォルの周囲から全てが枯れる。それは瞬く間に広がりギュリエン全土を飲み込む事態となった。
『僕の愛しいエレシェフィール。もう後悔しないで。こんな悲しい後悔するくらいなら、あれを使って。大丈夫。僕が守るから……これ以上、悲しみを増やさないで。愛を、消させないで』
誰かの声が聞こえた。エレシェフィールの中に多くの想いが流れ込む。その想いはフォルへ向けたもの。
僅かな光を胸に立ち上がる。
魔法杖を持つ両手が震える。
「……聖なる星の音伝わりて、世界に再び愛の祝福を」
ギュリエン全土を包み込む桃色の光。その光は全てを浄化する。
「……夢? ……あの声って」
「どうしたんだ? 」
温室からゼーシェリオンの部屋に向かったエレシェフィール達は、準備をするとすぐに眠っていた。その眠りの中で、後悔の日の夢を見ていたようだ。
「……なんでもない」
エレシェフィールはカーテンを開けて窓を見た。眩しいほどの光が差し込んでいる。
「エレが守るよ。愛を消させないために」
その言葉はあの時助けてくれた誰かに向けて。




