6話 消えない後悔
闇色の空。ドドドドドドッと轟音が鳴り響く。
空を見ると黒い魔物が飛んでいる。
色とりどりの花が咲く花畑からエレシェフィールはその光景を眺めていた。魔法杖を左手で握りしめて。
俯いたエレシェフィールの頬に一筋の涙が溢れる。エレシェフィールの感情を感じ取るかのように魔法杖は淡く光を纏った。
「……いつになったら、このくだらない争いが終わるんだろう」
エレシェフィールは隣にいるゼーシェリオンに問いた。その問いに答えは返ってこない。無言の時間が続く。
耳障りな轟音だけが鳴り響いている。
「……どうして、こんな事ばかりなんだろうな。あいつが……なんでこんなもん見せられねぇといけねぇんだよ」
ゼーシェリオンの悲痛な声。自分の事ではなくフォルを心配する言葉。
ゼーシェリオンが今にも泣きそうな表情をしているのに決して涙を見せず、空を見ている。
空を見ながら、この場所を離れているフォルを想っているのだろう。
それはエレシェフィールも同じだ。
「わかんない、よ……フォルは……強くあろうとしているだけ。本当は、誰よりも優しくて……こんな現状を受け入れられるはずなくて……」
エレシェフィール達は比較的安全な場所でずっと音が止むのを待っている。だが、フォルは待っている事はできない。立場上、前線へ出なければいけない。
エレシェフィールとゼーシェリオンは古風な建物の中には入らず、毎日毎日ずっとこの花畑で音が鳴り響く中フォルの安全を祈っている。
毎日連絡を待っている。だが、一度も連絡はこない。
無通の時間が長くなっていくと、ただ信じて待つだけだったエレシェフィール達も、不安をこぼさずにはいられなくなっていた。
「……こんな立場なんて、なかったらよかった。そうすれば、エレ達はフォルの側にいれるのに。フォルの力になってあげられたのに……エレが星に生まれていれば……」
ぽたぽたと涙をこぼすエレシェフィールの左手にゼーシェリオンの右手が触れた。離す事のできない魔法杖をゼーシェリオンが一緒に握った。
「十分力になってるだろ。フォルがここから離れられるのはお前のおかげだからな」
この敷地内はエレシェフィールの結界魔法により守られている。そのおかげで今のギュリエンで唯一安全と言える場所となっている。
だが、エレシェフィール一人でずっと魔法を展開し続ける事はできない。いずれはここも安全ではなくなる。
「……っ⁉︎ ゼロ! 」
長く使い続けて弱まっていたところを狙われたのだろう。エレシェフィールの結果魔法が外部から干渉を受けて消滅した。左手で握る魔法杖からは光が消える。
「お前は結界の再発動を急げ! 」
「でも」
すでに大量の魔物が押し寄せている。エレシェフィールが結界を再度発動させても魔物を閉じ込めるだけだ。
エレシェフィールは魔法杖を両手で握ってゼーシェリオンを見つめる。
「俺がどうにかする。結界がない方が問題だ」
「う……うん! 」
一刻も早く結界魔法をかけなおす。エレシェフィールは魔法杖を胸の前で構える。瞳を閉じて、魔力を集める。
ゼーシェリオンは一人で大量の魔物を相手にしている。
「……できたの」
エレシェフィールは二分で結界魔法をかけ直した。今までよりも強固に。
エレシェフィールは魔法杖を左手で持ち直す。あたり一体の魔物は氷漬けになっている。
「ゼロ、双子宮の中の様子見に行こ」
「そうだな」
エレシェフィールとゼーシェリオンは、手を繋いで家内まで走った。
外の花畑は静かだ。だが、中は嵐のように荒れ狂っている。霧が視界を遮る。暴風で前に進むのも困難だ。
エレシェフィールはゼーシェリオンの眼を頼りに中の様子を探る。
「……なんで……なんで魔星達の怒りの現象が起きているの? 魔星達もエレ達の答えに納得していたじゃん! 」
世界を滅ぼす異常現象。エレシェフィール達は何度か目の当たりにしている。だが、最後にそれを目の当たりにした日にエレシェフィール達の意思なくしてその現象を起こさないと約束した。
目の前で起きているのはまさにその現象。
「ねぇ! 答えてよ! エレ達が望まない限りこれ以上暴れないって言ってたでしょ! 」
エレシェフィールの呼びかけに応じない。異常現象は収まらない。
「フュリねぇ! みんなも! エレ、急いで回復」
「わかってる! 」
エレシェフィールは倒れている仲間を見つけた。急いでそばに行き癒し魔法を使う。
「……やだ……約束したの……お願い……お願い……エレは世界のすきにしていい……役割を全うする。居場所もいらない。だから、だから……お願い。お願い、します。エレの大切な人達を……フォルに初めてをくれた人達を、助けて」
大粒の涙がこぼれ落ちる。エレシェフィールは癒し魔法をかけ続けるが効果はない。どれだけ願っても、世界がエレシェフィールの願いを聞いてくれる事はない。
ただ、残酷な事実だけを世界はエレシェフィールに与える。
扉が開く音。誰かの足音。ぴたりと止まり静かになる。
「……デューゼ? リーグ? 」
消えそうな声が聞こえる。フォルの声だ。
帰ってきて欲しいそう望んでいたエレシェフィールだが、今は逆だ。
「フォル……ごめんなさい……ごめんなさい」
「なんで……一緒にいるって、言ってくれたのに……ここでまた笑おうって、約束したのに」
充満している魔力。そして神聖力。あの結果となる条件が揃っていた。
エレシェフィールは倒れている仲間達を前に癒し魔法をやめて項垂れる。
ゼーシェリオンがエレシェフィールを抱きしめた。
エレシェフィールもゼーシェリオンも慰めの言葉など持っていなかった。その結末を止められる言葉など持っていなかった。
倒れて動かない仲間達を見たフォルが力の制御を失い暴走を始める。エレシェフィールとゼーシェリオンは呆然と全てが枯れるその光景を眺めている。心をどこかに置いてきているかのように。
――……申し訳ありません。こんな頼みすら聞く事ができなくて。
――フォル様、きっと帰ってきてくれますよね。その時、一緒にいれない部下を許してください。
――……姫様、どうか、フォル様をお願いします。
――フォル様、このくだらない争いを早く終わらせてくださいませ。
――……フォル、悪かった。全部背負わせて。せめて。オレ達の事だけは背負わないでくれよ。
どこからか聞こえてくる声。それは倒れている仲間達の想い。
『僕の愛しいエレシェフィール。もう二度とあんな後悔しないで。後悔するくらいなら、最後まで、自分の愛を信じて。僕はずっと、君を守ってあげるから』
仲間達の想いを届けてくれた人物だろう。最後に聞こえたその懐かしい声。エレシェフィールはその声を聞いて立ち上がった。
「……どうして、今までこれを思いつかなかったんだろ」
エレシェフィールは両手で魔法杖を握る。
「聖なる星の音伝わりて、世界に再び愛の祝福を」
エレシェフィールの呪言によりギュリエンがピンク色の光りに包み込まれる。温かいその光が全ての争いを浄化した。フォルの暴走も。
「……夢? ……そういえば、あの後の事覚えてないんだよね」
愛らしい部屋。ふかふかなベッドの上でエレシェフィールは上半身を起こした。
「どうしたんだ? 」
隣で寝ていたゼーシェリオンが目を擦っている。エレシェフィールは両手を胸に当てて瞳を閉じた。
「わかんない。でも、エレは誰かにずっと守られてるの。だから、エレはエレでいられる。そんな気がしたの」
エレシェフィールは窓の外を見た。眩しいほど明るい空が目に映る。
「もう、悲しむだけの後悔なんてしないよ」
自分を守る誰かに向けて、エレシェフィールはそう言った。
「ゼロ、ジュンドの森行くからエルグにぃのお部屋行くよ」




