8話 エレの答え
フォルと一緒がいい。諦めて欲しくない。大切な人達とまた一緒にいられる未来にしてあげたい。
その想いは本物だ。だが、それで説得できるならゼーシェリオンが既にしている。
なぜ、エレシェフィールである必要があるのか。その疑問には、誰も答えてくれない。
はずだった。
『……ねぇ、みんなをまとめて、誰かを助ける人は、誰を頼ればいいの? 強くあらないといけない人は、誰が支えるの? 誰が、支えてくれているの?』
『エレだよ。君が君らしくいてくれる。君が僕を受け入れてくれる。君を、愛している僕がいる。それが僕を僕でいさせてくれるんだ。僕を、強くいさせてくれる』
頭の中に思い浮かぶ言葉。エレシェフィールが最も避けていた事。そうすれば居場所をなくすかもしれないと。
エレシェフィールは、フォルと向き合う。
「エレは、フォルと一緒がいいの。フォルが笑って欲しい。あの時から見せてくれなくなった本当の笑顔を見たい。エレが……エレ達がみんなを探すから、絶対、絶対また会わせるから。だから、そんな嘘ばかりの場所じゃなくてエレを選んで! 」
それが彼の言っているエレシェフィールらしさなのかは彼にしかわからない事。
だが、少なくともこれは無意味ではない。わずかにフォルの表情が変わる。諦めたくないというのが表情に出ている。
エレシェフィールはフォルに触れるために近づく。
あと一歩で触れられる。エレシェフィールは、その一歩を踏み出す。
「ふきゃぁ⁉︎ 」
「エレ⁉︎ 」
あと一歩のところでエレシェフィールは落とし穴に落ちた。
「……ぷにゅぅ……足痛いの」
落ちた時に右足を挫いたようだ。
「エレー、大丈夫かー? 」
上からゼーシェリオンの声が聞こえた。エレシェフィールは「大丈夫ー」と返事をする。
落とし穴はエレシェフィールでは上がるのが困難な深さ。人は二人くらい入れる広さ。
「……ふぇ⁉︎ 」
大量の虫がエレシェフィールの身体にくっつく。エレシェフィールは声を出さないように両手で口を押さえた。
「エレー? 返事しろー」
ゼーシェリオンの声を聞くが返事はしない。返事をすればゼーシェリオンは迷わずくるからだ。
「動かないで」
その声と同時に虫がエレシェフィールの身体から落ちる。エレシェフィールは足に力が入らず尻餅をつきそうになる。だが、華奢な身体に支えられた。
「……フォル」
エレシェフィールを助けて支えてくれたのはフォル。意識的にしていたのか、無意識に動いていたのか。どちらにせよ、これがフォルの答えだろう。
「なんで何も言わなかったの? って言っても無駄か。今の君にはゼロが光だから、その光を守りたかったんでしょ? 」
エレシェフィールはこくりと頷いた。ゼーシェリオンが虫嫌いだから、助けを求めなかった。だが、もう一つ、理由はある。
「フィルはエレの事わかってくれるもん」
拗ね気味でエレシェフィールはそう言った。
「わかってくれるからって……はぁ。ほんと、なんでこんな姫を好きになったんだろ」
フォルの好きなタイプはエレシェフィールとは正反対。だが、それでもフォルはエレシェフィールを心のどこかで想っているのだろう。
「……ねぇ、なんでここを選んだと思う? 」
エレシェフィールの愚行はいつもの事と諦めたのか、フォルが話を切り替える。
落とし穴はフォルも知らなかったはずだ。ここを選んだのは、別の理由。
エレシェフィールは考えるよりも先に口を開いていた。
「記憶に残る場所だから」
ここでエレシェフィールは確かに彼と遊んでいた。何度か一緒に遊んでいて、フォルも一緒の時があったんだろう。エレシェフィールが覚えていないだけで。
フォルの手が、エレシェフィールの頭に触れる。
「少しだけ違うよ。僕はね、初めから止めて欲しかったんだ。彼だったら僕の事を受け入れてくれる。諦めないでいいんだって言ってくれる……そう思ったから。卑怯だよね。君にあんな事言っといて、ほんとは全く信じてなかったんだ。僕は、君を使って彼を呼ぼうとしていたんだ」
彼との繋がりはエレシェフィールだけ。僅かに残る記憶だけでもそれは明確だ。
エレシェフィールは左手でフォルの頬に触れた。
フォルは彼を求めてエレシェフィールをここへ連れてきただけ。彼にしかわからない事もあるのだろう。それをフォルはエレシェフィールには言わない。彼でなければいけない理由も。だから、エレシェフィールのこの言葉はフォルを救うものにはならないだろう。
「……エレはフォルを受け入れるの。ずっと一緒にいるの」
エレシェフィールはフォルに笑顔を見せた。彼の言葉でなければ意味はないが、少しでもフォルに届いてくれればと願って。
「ふぇ⁉︎ 」
フォルの唇がエレシェフィールの頬に触れた。エレシェフィールは何度も瞬きをする。右手で目を擦って、フォルを見つめる。
「今は、これ以上は考えられない。でも、いつか……君が大丈夫だという時が来たら、君の想いに応えたい。だから、それまで神聖以外の他の誰かを好きになっちゃだめだよ」
フォルが優しく微笑む。顔を真っ赤に染めたエレシェフィールは両手で顔を隠した。
指の間からちらっとフォルを見る。
「俺の事忘れんなーーー! 俺を一人にするなーー! エレは俺の相手しろーー! 」
穴の上からゼーシェリオンが駄々を捏ねているのが聞こえてくる。エレシェフィールは頬を膨らませる。
上を見るとゼーシェリオンがむすぅと不貞腐れている。
「……ゼロが寂しがるの。上に行ったらフォルにお話があるの。エレとゼロが知っているあの時の事」
エレシェフィールはフォルに穴から出してもらうとギュリエンの最後の日、自分が見た事を話した。
「……魔星が……エレ、魔星は僕ら以外の言葉を聞かないはず、だよね? 」
エレシェフィールは詳しく知らないが、魔星と神聖は星が生み出した存在。神聖が世界を守る存在だというのであれば、魔星は世界を見守る存在。
そして、これがエレシェフィール達にとって一番重要な部分。ある件がきっかけで魔星は神聖の言葉以外は聞き入れないと契約を交わした。
その契約の場にエレシェフィールがいたわけではなく、その辺の話はフォルの方が詳しいだろう。
「うん。そう聞いているよ。それに……あれは魔星の意思じゃないと思う。エルも知らないみたいだから」
「そういえばそうだな。あいつは何もしらねぇって言ってた」
エレシェフィールとゼーシェリオンは魔星の一人にギュリエンの件で話をした事がある。
だが、たいした情報は得られなかった。
「……魔星と言ってもエルとあの魔星達は全然違うからね。今の僕らには魔星達の意思を知る術がない。みんながいれば話は変わってくるけど……」
そのみんなが今どこにいるのか。エレシェフィール達はそれすら知らない。
今のままではエレシェフィール達は何もできないだろう。ゼーシェリオンがエレシェフィールに抱きついた。エレシェフィールは瞬きをしてゼーシェリオンの腕に触れた。
手袋越しにでも感じられる温もりにエレシェフィールは目を細めた。
ギュリエンを襲った魔星は本来は目に見えないもの。その性質は魔力に近い。人々から情報を得るのは不可能だ。
エレシェフィールは明るい声で右手を挙げた。
「それならみんなを探すのー」
「そうだな。けど、どうしたんだ? あんなに悩んでたのに」
ゼーシェリオンがエレシェフィールから離れる。エレシェフィールはゼーシェリオンに笑顔を見せた。
まだ迷いも不安もある。偽りの居場所に安心しているわけではない。複製品という事実になんとも思わなくなったわけでもない。だが、エレシェフィールはその不安を表には出さない。
「エレはエレらしくしていればいいの。そうすればきっと、また一緒にいてくれるから」
大切な人との再会のためにも、エレシェフィールは前を向く事を選んだ。そんなわけはないと分かりきっている不安ばかりを考えている事をやめた。
フォルのために。みんなのために。そして、自分のために。




