8話 エレの答え
エレシェフィールである意味。
フォルと一緒がいい。諦めてなんてほしくない。大切な人とまた一緒にいられる。そんな未来を見せてあげたい。
全てが偽るなき願い。だが、それで説得できるのであればすでにゼーシェリオンが説得している。そうではない。そうではないんだ。
エレシェフィールでなければならない理由がどこかに存在する。
それがなぜか。そんな事は誰も答えてなどくれない。
そう。そのはずだった。
『……ねぇ——は……みんなをまとめて、誰かを助ける人は、誰に頼ればいいの? 強くあらないといけない人は、誰が支えてくれるの? 誰にも支えられず、強くなければいけないの? 』
いつかのエレシェフィールが大切な人に投げかけた疑問。彼はその疑問に
『エレだよ。僕が僕らしくいられるのは、折れないのはエレがいてくれるから。君が君らしくいてくれる。君が僕を受け入れてくれる。君を愛している僕がいる。だから僕は強くいられるんだ。前を向いて、立っていられる』
そう答えた。
いつからだろうか。居場所を失う恐怖心から、向き合う事を捨てたのは。それが、エレシェフィールがゼーシェリオン達を心の底から信じられなくなっていた原因だろう。
エレシェフィールはまっすぐとフォルを見つめる。今にも泣きそうな顔を見せながら全てを諦める事ができないフォルに、エレシェフィールなりの言葉を見せる。
「エレはフォルと一緒がいいの。フォルに笑って欲しい。あの時からずっと……エレ達に見せてくれなくなった本当の笑顔を見たい。いつもの作り笑顔じゃなくて。心の底から楽しそうなフォルの笑顔が見たい。そんな悲しい顔なんて見たくない。エレが……エレ達が絶対にみんなを見つけるから。諦めないで。エレを選んで! 」
それが彼の望んでいたエレシェフィールらしさなのか。それは彼にしかわからない事。だが、エレシェフィールの思うエレシェフィールらしさなら、自分が一番よく理解している。
エレシェフィールの足を拘束する蔓が消える。解放された足でフォルに近づこうと歩く。
あと一歩。あと一歩で触れる事ができる。エレシェフィールはその一歩を踏み出そうとした。
「ふきゃん⁉︎ 」
足を置いた場所が草で隠れた穴だった。
「エレ⁉︎ 」
穴に落ちる前に聞こえたのは、低い声ではない。中性的な声。
「……ぷにゅぅ。足痛いの」
落ちて右足首を捻挫したようだ。だが、立てないほどの痛みではない。
エレシェフィールは立ち上がって穴の広さを確認する。人が三人入れる広さだ。上は人一人通れる広さ。下に行くに連れて広くなっている。
「エレー、大丈夫かー? 」
上からゼーシェリオンの声が聞こえる。エレシェフィールは「大丈夫ー」と返事すると穴から出る方法を探す。魔法は使えるが、穴から出られる魔法はエレシェフィールには扱えない。
エレシェフィールの嫌いな暗く狭い場所だ。冷静に考えるだけの余裕はない。氷で足場を作るなどという考えは浮かんでいない。
「……ふぇ⁉︎ 」
大量の虫がエレシェフィールの身体にくっつく。脚が、触手がエレシェフィールの身体に食い込む。
エレシェフィールは咄嗟に両手で口を押さえた。痛みで声が出ないように。
「エレー、返事しろー? 」
ゼーシェリオンの声に何も答えない。
「動かないで」
その声が聞こえたのと同時にエレシェフィールの身体にくっついていた虫が全て地面に落ちる。
気が抜けたからか、足の力が抜ける。立てずにその場で座り込みそうになるエレシェフィールを華奢な身体に支えられた。
「……フォル」
エレシェフィールを助けて支えてくれたのはフォル。それが意識してか無意識か。どちらにしても、これがフォルの答えなのだろう。
「なんで助けを求めなかったの? 君が言えばゼロは応えた……って言っても無駄か。あの虫嫌いを知っていながら助けてなんて言えないか。後でこんな狭い空間で騒がれると耳いかれそう」
エレシェフィールはこくりと頷いた。全てに同意したわけではない。前半部分だけだ。後半部分は聞かなかった事にしている。
だが、何も言わなかった理由はそれだけではない。
「エレのだいすきなフォルならわかってくれるもん」
拗ね気味で答える。
「わかってくれるって……はぁ……なんでこんな子を好きになったんだろう。永遠の謎だよ」
「フォルのすきなタイプはエレの真逆だもんねー」
エレシェフィールも理解している。フォルがエレシェフィールとは正反対。落ち着きと理解力があり、思考的で知識が豊富な人だと。
それでも、好きになったのはエレシェフィールのようだが。
「……ねぇ、なんでここを選んだと思う? 」
エレシェフィールの愚行はいつもの事と諦めたんだろうか。フォルが話を変えた。
その質問の答えはすでに出ている。ここへ来る前から、ずっとフォルはその答えを教えていた。
「……ここが記憶に残る場所だから。会いたかったから。初めから、エレの言葉なんて聞く気がなかったから」
「……聞く気はあったよ。ただ、それで諦めがつくと思わなかっただけで。僕と肩を並べて戦ってきた……僕が唯一頼ってきた彼の言葉ならと思っただけで」
「それは聞く気なかったの……フォルの事をエレはわかってあげられない。そんな事、わかってる。フォルの事を理解してくれるのはきっと、同じ境遇で育って、同じような立場を持った相手だって事も。それでエレを使った事も」
唯一繋がりのあるエレシェフィールを使う。そうでなければ呼ぶ事などできないだろう。そうであったとしても、きてはくれなかったが。
それは、何も知らないからかそれとも知っていて会えてこなかったのか。それこそ、エレシェフィールの知らない事だ。
それを知るのは彼だけ。どちらにしてもエレシェフィールは
「こなかったからって失望しないでね? フォルの事をどうでもいいなんてぜったいに思ってないんだから。エレがそう信じたいだけかもしれないけど……エレのだいすきなおにぃちゃんは誰かを見捨てる人じゃないって思うの」
「……ほんとに、成長したんだね。記憶も何もなくて沈んでた時が嘘みたいだ」
思えば、ゼーシェリオンとフォルはずっとエレシェフィールのそばにいてくれた。彼がいなくなった後、ずっと二人が支えてくれた。他の神聖達がそれぞれの事情で離れようと二人だけは離れなかった。何があっても必ずエレシェフィールの元へ帰ってきてくれた。
離れていた時間の記憶はほとんど存在しない。それは消されているからだろう。
そんなフォルだからこそ、その言葉が出てエレシェフィールを子供のように見ているのだろう。
「……ふぇ⁉︎ 」
「……今はこれ以上は考えられない。でも、君の想いに応えられる日がこれたらとは思ってる」
「今までもフォルがほっぺにちゅってしてそんな遊びじゃないような顔してなかったのーーーー‼︎ 」
かつても恋人というよりはどこか兄妹を思わせるような付き合いだった。互いに愛していたとしても、頬への口付けをしてエレシェフィールの反応を楽しむフォル。毎回翻弄されるエレシェフィール。それが二人の関係。
茹蛸のように真っ赤な顔を両手で隠す。
「俺の事忘れんなーー! 俺を一人にするなー! エレは俺の相手しろー! 」
穴の上から聞こえてくる声。普段であればフォルと二人っきりにしろとでも言うんだろう。だが、今回に限ってはナイスタイミングとしか思えない。
「ゼロが寂しがるの。上に行ったら、お話がある。フォルが知らない双子宮で起きた事」
「……ありがと。あの後、調べるべきなのに、何も調べられてなかったんだ。だから助かるよ」
背に触れられる手が震えている。エレシェフィールはフォルの胸に両手を当てた。
「大丈夫だよ」
「……うん」
エレシェフィールはフォルに抱き上げられた。フォルが魔法で創った氷の足場を頼りに地上に戻った。
地上でフィルが右耳のイヤリングに触れるとエレシェフィールとゼーシェリオンは双子宮で起きた事を話した。
「……偶然なわけないか。ごめん、仮定は立てられるけど確定はできない」
「ふにゅ。情報、情報。みんないればいっぱい。みんな探して一緒にどうにかするのー。困ったら助けなのー」
エレシェフィールは左拳を挙げた。「おー」と一人で言っている。
「少しは戻ってきたか」
「うん。エレはエレらしくいればいいの。エレらしく、みんなと一緒がいいって願い叶えるの。って事で、ずっと気になってる建物の中にしゅっぱーつ! 」
みんなのために。そして自分のために。エレシェフィールは、希望を信じる道を選んだ。
その道のために、エレシェフィールは前を向いて古びた洋館を目指す。
今度は落とし穴に気をつけて。




