9話 自分らしく
目の前で見ると黄金の装飾がはっきりと見える。装飾はまるで文字のようだ。それが文字だとしてもエレシェフィールには解読できない。
「開けるの」
エレシェフィールは扉を両手で押した。グィィンという音を立てて開いた。
開いた扉から埃が風で舞い白混じりの景色になる。
「けほっ、けほっ」
エレシェフィールは埃を吸って咳き込んだ。フォルに支えられながら咽せている。
「……エレはエレだった」
ゼーシェリオンがそう言って浄化魔法を使っている。浄化魔法で洋館内の埃が一掃された。
はっきりと見える内部を見つめる。目の前にある階段。壁には絵画が飾られている。全て景色を描いた絵画だ。景色の中にさりげなくエレシェフィールが描かれているのは見なかった事にした方がいいんだろうか。
内部を見ても新たに思い出せない。だが、懐かしさは感じている。
エレシェフィールはまるで何かに導かれているかにように階段を登った。
等間隔である扉。エレシェフィールは右奥の扉を開けた。
「……ふぇ」
空色の壁紙に薄い桃色の床。玩具箱の代わりの魔法具箱。桃色のベッドの上には大量のぬいぐるみが置かれている。エレシェフィールが大好きなものだ。
「……エレのお部屋みたい。でも」
床に置かれている古い本。ぎっしりと詰まっている空色の本棚。その多くが歴史書だ。他にもエレシェフィールは使わなそうなものはいくつかある。
「……あっ」
空色の棚の端に目立たないように置かれている写真立て。エレシェフィールは手に取って飾られている写真を見た。
写真に映るのはこの洋館を背景に幼い子供が二人。一人は、髪の長い幼女。エレシェフィールで間違いない。もう一人は空色で毛先だけピンク色の髪の幼児。少し雰囲気がエレシェフィールに似ている。二人は幸せそうに笑っている。
写真を取り裏を見るとエレシェフィールとシェフィムと書かれている。
表に写る幼児がシェフィムだろう。
「……シェフィム……シェフィム……会いたい」
ようやく名前という手がかりを手に入れられた。エレシェフィール達が探している相手。愛に神聖の名前。エレシェフィールが思い出せなかった、エレシェフィールの双子の兄。
エレシェフィールは、忘れないように何度も名前を口に出す。
「……なんだろ。音聞こえる」
ようやく見つけた手がかりに想いを馳せていると、それを邪魔するかのように小さな音が聞こえてきた。
「音? どんな? 」
エレシェフィールは音魔法を利用して鮮明にその音を聴いた。
「チッチッチって、心地のいい音なの。眠くなって寝ちゃいそうな」
等間隔てゆったりと聴こえる。その音を瞼を閉じて聴いていた。どこかで聴いた事のある音だと思いながら。
「まるでエレが前に頼まれて作った爆発魔法具の音にそっくり」
リラックス状態のエレシェフィール。そのそばで何かを察したかのように突然慌て出すゼーシェリオン。
エレシェフィールはそれを雑音として気にせずに心地のいい音を聴いている。
「それ爆弾だろ! 早く逃げねぇと」
ゼーシェリオンが窓を開けようとしている。だが開かない。古くて開かなくなっているのだろう。
フォルがエレシェフィールのそばにくる。かなり落ち着いた様子だ。
ゼーシェリオンが出てきた扉を開けようとする。だが、素振りだけして開けていない。
「開かない」
「……用意周到だね。情報を漏らすような相手には話してない。そもそも、あの連中がこんな事するわけないか」
エレシェフィールはゼーシェリオンを見る。なぜ一人で慌てふためいているのか。その答えをようやく理解した。
「ぴにゃ⁉︎ ぴにゃ⁉︎ 」
エレシェフィールはぐるぐると回っている。事態を理解したがどうする事もできずにいる。だんだんと音の感覚が短くなってくる。それに合わせてエレシェフィールがあわあわと言い出した。
「エレ! 」
「ふぇ⁉︎ 」
エレシェフィールは右手を引っ張られてバランスを崩した。だが、転ぶ事はなく何かに支えられている。それがフォルだと理解するよりも先に轟音が鳴り響いた。
ゴォォォォ
鳴り響く轟音。洋館が崩れる。周囲を見るとゼーシェリオンが氷魔法で壁を創り身を守っている。一方、エレシェフィールはフォルと一緒に巨大な花に守られていた。
「……えっ? 」
フォルが目を見開いて巨大な花を見つめている。ピンク色の巨大な花。それは確かにフォルの魔法によるもの——のはずだ。
エレシェフィールもピンク色の巨大な花を見る。それはまるで優しげに咲く愛のようだ。
「……守って、くれたの? 」
その感覚が間違いではないのなら、エレシェフィールでないのであれば、相手は一人しかいない。
これはフォルにとって一番の誤解だろう。
彼はエレシェフィール以外は守ってくれない。そう思っているかのような行動は全て意味がなかった。それを全て否定するかのように咲くその花がピンク色の雪を降らせて消滅する。
エレシェフィールは無意識に左手を動かした。フォルの右手に触れる。
「……ゼロ、フォル、エクリシェに帰ろ。そこが今のエレの居場所で……いつか、シェフィと、みんなと一緒にいる居場所なんだから」
迷いが全て消えたわけではない。だが、不確かな不安に縛られるのをやめた。そんなエレシェフィールの笑顔は、転生後一番輝いていただろう。
そうさせてくれた全ての人物に声には出さず感謝を伝える。エレシェフィールは右手を天に向かってあげた。温かく全てを包み込むような光が彩雲のように空を駆ける。
「……うん。そうだね。帰ろっか」
「って、当然のように言ってるがどうやって帰るんだ? 俺きた道知らない。方向音痴じゃないけど。エレじゃないけど」
エレシェフィールは両手を上げる。口を開ける。無言で威嚇を始める。その対象であるゼーシェリオンも威嚇のポーズをとった。
「無言で喧嘩しない。僕が転移魔法使うよ」
喧嘩する二人を呆れ顔でフォルが仲裁に入る。
「仲直りしたようだな」
「……」
フォルが俯く。
エレシェフィールは何かを思いつきイールグの方へ向かおうとした。
「……ねぇ、注意力ないって言い訳がいつまでも通用すると思ってる? 」
フォルが瓦礫でつまづいて転びかけたエレシェフィールの左腕を掴んだ。エレシェフィールは瞳に涙を溜めてぷるぷると震えてフォルの方を見る。
フォルは穏やかな笑顔を見せている。
「……結局こうなるか。エレのドジで全部どうでも良くなる。まぁ、それが俺らにはお似合いか」
「お似合い……そうだね」
エレシェフィールはゼーシェリオンに手伝ってもらい瓦礫のない場所に移動する。安全な場所で二人を見つめる。
「そうなの。エレらしく、楽観的でかわいらしく、愛情いっぱいわいわい平和的にお騒がせ。お悩み解決後はそれがエレ達にお似合いなの」
『暗い時間はおしまい。そんなの僕ららしくないんだから。僕は……僕らは僕ららしく、楽観的でかわいいエレにらぶを与える存在として、愛情いっぱいわいわい平和的に一緒にいるんだよ。それが、僕らにお似合いの振る舞いかただから』
かつてシェフィムに言われた言葉。それを真似てエレシェフィールは言った。
その時の表情も場所も思い出す事はできない。それでも、エレシェフィールの中に残っている言葉。
「なら、僕も僕らしくしよっかな。エレ、一緒に帰ろっか」
「ふぇ? 」
「エルグにぃさ……主様、ルー、保護建造物の破壊の後始末よろしくー」
エレシェフィールはわけがわからないまま、されるがままにされる。フォルがエレシェフィールの腰に手を回して転移魔法を使った。




