10話 おかえり
落ち着きのある紺色の家具。転移先はエクリシェのフォルの部屋のようだ。周囲にはフォル以外いない。他のみんなはまだジュンドの森の中だろう。
「……ふぇ」
まだ状況を理解していないエレシェフィールの身体が宙に浮いた。フォルに抱き上げられ、ベッドの上で寝かせられた。
身体を起こそうとすると、フォルがエレシェフィールの隣に座った。
「……フォルは大胆すぎるの」
ようやく状況を理解して一言。エレシェフィールはフォルに抱きついた。
状況理解にかなりの時間を要したが、行動理由だけはすぐに理解する。エレシェフィールと二人っきりになりたかったというのもあるのだろう。だが、それ以上の答えが存在する。
エレシェフィールは風邪ひかないようにフォルに布団をかけた。
「大丈夫だよ。このくらいで風邪ひかないから。それとあの子らの事も心配しなくていいよ。精霊達に導いてあげてほしいと頼んであるから。僕が頼まなくても導いてくれるみたいだけど」
エレシェフィールの事だろう。フォルが頼んでもいないのに精霊達はフォルのためにエレシェフィールをあそこへ導いたのだろう。そのおかげでエレシェフィールはフォルに会う事ができた。
「……ありがと、精霊さん達」
あの時は急いでいて感謝できなかった。エレシェフィールはその言葉が、遠い場所にいる恩人達に届きますようにと願いながら言った。
今ゼーシェリオンはどうしているんだろう。ふと出てきた疑問。エレシェフィールは連絡魔法具を取り出そうとする。だが、連絡魔法具は現在壊れてフォルに預かってもらっている。
エレシェフィールは瞳に涙を溜めてフォルを見た。
「フィルには今依頼中。その前に欲しいかもって一応神殿で使われている最新版のを買っておいたから、しばらくはこれ使ってくれる? 」
それはブレスレットのような形状をしている。エレシェフィールはフォルから連絡魔法具をもらった。
最新型は収納魔法やポケットにしまうという手間は必要としない。ポケットなどなくとも、腕に装着するだけでいいようだ。
エレシェフィールは早速もらった連絡魔法具を起動させた。
以前使っていた連絡魔法具よりも数段と便利になっている。連絡文字ツールを選択する。ゼーシェリオンの連絡先は覚えているため連絡先を入力する。
入力一つに置いても、操作性の向上が感じられる。誤操作は少ないというのに反応が早い。少し触れただけで反応する。
「頑丈さは難あり。でも、それ以外の項目はとってもいいの。とっても使いやすいの。でもでも、一番うれしいのはフォルがくれたって事なんだよ」
エレシェフィールはゼーシェリオンに千文字以上の連絡魔法具自慢文章の後に一言だけ、がんばって送った。
「喜んでもらえたなら良かったよ。フィルに頼まずに僕が作ればいいんだけど……何せ仕事が山積みでね。今回の件で余計に仕事が増えそうだから。それに、彼と会うためには今頑張る必要ある、でしょ? 」
エレシェフィールはこくりと頷いた。
エレシェフィールも同じようなものだ。今は愛の神聖の代理としての役割を果たす事を優先させる。それがエレシェフィールの選んだ道だ。
だが、そうして責任だけを一人抱え込んでいればいつかは崩壊する。それをエレシェフィールは誰よりも理解している。
その重みは大きければ大きいほど、その時に最悪をもたらしてしまうという事も。
エレシェフィールは右腕に連絡魔法具をつけた。空いた両手でフォルの右手を握る。
「エレの連絡魔法具は作らなくてもいいの。でも、一緒に遊ぶの。お話いっぱいするの。一緒じゃなくてもいいけど、たまにはお休みも大事なの。きっと誰かが代わりにしてくれる。だから、だから……がんばりすぎはやなの。みんなで一緒なの」
エレシェフィールはフォルの頬に唇を当てた。一瞬だけぽかんとした姿を見せたが、すぐに微笑むフォル。
エレシェフィールはほんのりと赤らんだ頬を膨らませた。
「……ふにゃ⁉︎ すきなフォルが一緒なのに、いっぱい動いて、瓦礫の山とかあったのにお風呂に入ってないの⁉︎ ゼロ……ゼロ……ゼロいない……仕方ないから一人で入ろ」
もうそろそろ発作の影響は完全にないと言っていいだろう。エレシェフィールが一人にならないようにとゼーシェリオンがエレシェフィールの世話を全てしてくれていた。だが、今はいない。
エレシェフィールは仕方なく、ベッドから降りようと動いた。
「僕でよければ、一緒に入ろうか? 君が変に意識するならやめるけど、僕はそもそも男じゃないんだから」
「ふぇ⁉︎ ……い、一緒に入るの」
耳まで赤くしながらエレシェフィールは答えた。やはりまだ、一人で何かあった時を気にしてしまう。
エレシェフィールはフォルと一緒に浴室まで移動した。
二人では広く感じる白い浴室。シャワーは最新式の魔法機械。手持ちと天井に設置されている。
床のタイルはエレシェフィールが怪我しないように色々と工夫されている。滑りにくいのもその工夫の一つだろう。
「エレ、たまには魔法の練習してみよっか。浴槽の中に水を貯めるだけだけど」
「うん」
エレシェフィールは両手を胸の前で組んだ。魔力を集めると、両手を前に突き出す。
「えぃ」
ちゃんと水魔法は発動した。大量の水が浴槽を満たす。浴槽に水が入り切らず大量に漏れ出る。漏れ出た水で床のタイルが見えなくなる。
「……またなの」
エレシェフィールはガックリと肩を落とした。
こういう事は一度や二度ではない。生活に使うような小規模の魔法を使う度に同じような結果となっている。
「慣れれば調整できるよ。それに、今は魔法杖である程度調整できるから」
「……でも」
励まされても何も成長しない自分に涙を溜める。
フォルがエレシェフィールの髪の毛に触れる。
「……ほんとに綺麗だよね」
「エレもすき。妹だって思えるから」
エレシェフィールとシェフィムとの繋がりが目に見える髪と瞳の色。エレシェフィールの宝。その髪を鏡越しで見て目を細める。
「あっ⁉︎ 言い忘れてたの⁉︎ おかえり、フォル」
「……うん。ただいま。僕のお姫様」
「……お姫様……偽物のエレにはもったいないよ。でも、うれしい」
エレシェフィールは自分の存在理由も生まれも知っている。そう自分では思っている。
世界の姫の代理であり星の姫と似た容姿を持つ存在。世界が代理の姫を選ぶために生まれた半端な存在。
どれだけ前を向こうとその事実だけは決して忘れない。忘れてはならない。
それがエレシェフィールを構成する全てだから。
「……が……な……のに」
小声の上、エレシェフィールにはあまり馴染みのない言語でほとんど聞き取れない。
「……僕のって部分はいいんだ……エレ、風呂入るから服脱いで」
エレシェフィールはシャワーだけでも、浴室へいるだけでのぼせる事があるため先に上がる。フォルが入っている間は、脱衣所で扉に寄りかかり待っている。
「……ねぇ、フォルは何をしたら恥ずかしいって表情見せるの? 」
「言うわけないじゃん。それより、リプセグから情報もらってくれる? 」
エレシェフィールは収納魔法から魔原書リプセグを取り出した。ページを開くと何も書かれていない。エレシェフィールの魔力に反応して初めて文字が浮かんだ。
【どうなされました? 】
「魔星とか、シェフィムの事とかギュリエンの事あたりで知ってたら教えてほしいの」
ページは再び白紙となる。しばらくすると、別の文字が浮かび上がる。
「……進む先、導きより、光、知る? 」
魔原書リプセグに書かれた文字を読む。だが、エレシェフィールでは理解できない。
魔原書リプセグは特殊な魔法具。エレシェフィールにヒントを与えるが答えは与えない場合が多い。これは何かのヒント。
フォルを待っている間一人でその答えを考えていたが、結局答えを見つけられはしなかった。
だが、エレシェフィールが進む先でその答えに気づかずとも、それが無慈悲なものだとしてもその時は必ず来る。最悪の形となして。




