8話 枯れた水
グリちゃんから降りた僕ら。地面は、水っぽいのかな。ぬかるんでいる、というわけじゃない。足から伝わるのが、以前体験した歩ける水なんだ。うっすい膜があった。その時はだけど。
今回も、似たような感じなんじゃないかな。
灰色で、水の地面のようには見えないけど。
「くさっ⁉︎ 」
「くさい」
グリちゃんに乗っていたからなのかな。匂いなんてしなかった。なのに、地面に降りたら伝わってくる激臭。枯れ音の匂いじゃない。
色んな臭いが入り混じっているかのよう。どう例えればいいのかな。何でもかんでも入れたゴミ袋の中みたい。
エレがヴィーの服の袖を引っ張る。ティアが左手で鼻と口を塞いでいる。これが普通の反応なのかな。臭いとは思うけど、平気。
臭いのせいなのかな。エレとティアの顔色が悪い。
白い光。浄化魔法を試してみる。淡い期待を込めて。でも、失敗。臭いは少しも消えていない。
「……ティア、なんか、風、お肌ぴりぴり」
「うん。お肌に悪そうだね」
目には見えないような物質が、風に吹かれているんだろう。肌が敏感なお姫様達だからこそ、ぴりぴりという形で感じられているんだろう。
「……ぴりぴり? ねぇ、なんで感覚」
「エレ、なんで花器なのに感覚あるのかな? それとおんなじだよ。今の僕らは、夢の中、精神だけの存在。とかって、言われているよね。でも、僕ら神魔聖は、ここで自由に動けるように器が」
「ふにゅぅ? もっと、わかりやすく言って欲しいの」
フォル、聖獣召喚問題初めっから推測は答えの域にあったでしょ。なんか、わかりません感出していたけど。
あれ、エレがわかるような説明わかりませんなでしょ。
そう言いたくなるけど、ここは黙っている。
「……シェフィ、説明するから、エレに理解できるよう頑張れ。僕が使う花器とおんなじ状態。そもそも、全ての情報は魂とでも呼ぶべき深い領域に刻まれてるんだ。聖獣だって、呼べるに決まってるんだよ」
うん。エレ以外は多分理解できてる。要は、情報を持ってきているだけって事か。神魔聖の中で、魂の解釈は、情報の器。今、こうして動いている。手がある。上にあげる。それらの命令も、魔法も全ては情報。
ただし、その情報はその魂にのみ。核となる部分にあるもの。記憶や人格は、決して離れない。眠る事はあっても、常に自分の中に存在する。
って、神聖になる前に教えられたんだ。覚えるのに苦労したよ。わけわかんなくて。
「ああいう、目に見えない、捉えられない部分の話。苦手なの僕だけ? 」
「僕は比較得意だったかな。だから、正直いうよ。さっきのあれも、シェフィが思った通り。わかっていて、エレへの説明に、その意味通りとなるか。そこがわからなかっただけだよ」
やっぱり。
でも、説明これだけだとつかなくないかな。自分の今の器から、魂が離れている状態。それは、その器がどうなるのか。その部分まで説明できてこそ、そうだと言えるんだと思う。
「フォル、僕らの現実の器は」
「夢って言ったよね? 魂は、器から離れないよ。壊れない限りは。壊れれば、次の器へいく。その際に浄化されるけど。で、今の僕らでしょ? 正確にいうと、全ての魂がここにあるわけじゃない。エレの現象に近いかな。別れているんだ。実体がないけど、感覚は感じていたはずだよ」
フォルがエレを見る。エレは、青ざめた顔で頷いた。臭いで今にも吐きそうにしている。ちなみに、話は理解してなさそう。
「だから、花器とおんなじって言うんだ。エレ以外は理解できた? 」
「うん。ありがと。なら、臭い消す方法って」
ティアには、それが一番重要だった。僕もそれが重要。エレのために。
「嗅覚無くせば? 」
フォルに優しさが消えていく。エレやティアみたいに体調に関わりはしなくても、臭いがかなりストレスになっているのかな。
「ねぇ、とりあえず、場所移動しない? ゼロも、喋るのすらやだになっているから。枯れた水を探しながら、臭いがない場所を探そうよ」
うん。そうだね。そういう意思表示なのかな。エレとティアが頷く。二人ともヴィーがすきなんだよね。他の選択肢があるのに、神聖達がいるのに。なんで、二人してヴィーと手を繋ぐんだろう。
仕方がないから、ゼロと手を繋ごうかな。今のフォルを刺激したくない。
「……」
「フォル? 」
「……」
自分から手を繋ぎにきた。
「……ねぇ、喋ってるとさ、なんか……変な感じが口に伝わるんだけど」
わからない。流石にそれは。喋っていたけど、そんなものは感じなかった。
ゼロがきた。エレじゃないのに。ほんとに気まぐれ。
右のゼロ、左のフォル。もう、不足なんてない。これでいいです。と少し思えてしまう。気まぐれ猫達が、自らこっちにくると。
僕らは、一緒に歩く。臭いのない場所を目指して。
そんな場所はあるのか。そう思っても、とにかく歩き続ける。ところで、いつになったら夜になるの? と思いながらも。
何時間、歩いているんだろう。何も変わらない。灰色の地面。水のような感触が足に伝わっているのも。全部、全部変わらない。
どこまでも、どこまでも続いているみたい。出口なんて存在しない。あの闇の中みたい。
今、現実では何日かかっているんだろう。ふと浮かんだ疑問。エレを巻き込めば、エルさえいてくれれば、それを確かめる事はできる。気乗りはしないんだけど。
「歩き疲れた」
エレにしてはかなり歩いている。疲れて当然かなってくらい。歩いているのに何もないのは流石におかしい。ここにきてから、こんなんばかり。
少し休む。そう言ってあげたい。でも、こんな場所で休んでも休めなさそう。
どこか、休めそうな場所があればいいんだけど。目につく範囲では見当たらない。
「誰か時計持ってない? 」
「……」
ゼロがフォルに時計を渡す。一言も喋らない。
「……」
「今? 自分で持ってたなら、自分で見ればいいじゃん。今はね……夕方くらい」
なぜか会話が成立する空間。夕方って、そんなに時間経ってなかったのかな。感覚的には、一日近く歩いていたんだけど。
「……ゼロ、屈折工事」
「エレはかわいいね」
ティアがエレを愛でている。愛でる前に言うべき事あるよ。こういう時にいつも、誰よりも輝く存在は今は無言を貫いている。
「エレ、掘削だ」
「ヴィー……ゼロ、掘削工事」
エレに言われて、ゼロが地面に向けて氷の術を使う。氷柱は地面に穴を開ける。どろりととける氷柱。氷柱の下から、氷が見える。枯れた水はこれの事だろう。
あとは夜まで待機。と言いたいけど、ここでは待機できない。
「……グリちゃん。グリちゃん! 」
エレにまで伝染した。グリちゃん呼び。
「ティア、ティアも一緒に」
「グリちゃん! グリちゃん、きなさい! 」
ティアにまで。グリちゃん、きてくれるかな。僕らはグリちゃんがくるのを待っている。
くぃくぃ——袖が引っ張られた。右から。
右を見る。ゼロが何か言いたげにしている。決して口は開かない。
何が言いたいのか。
「やわやわ? 地面の中の氷がやわやわだった? 」
氷なら、硬いと思うんだけど。固定概念かな。やわやわ氷も存在するのかもしれない。ちゃんと固まっているのに。
ゼロの言いたい事を当てられたからなんだろうか。ぱぁぁっと、輝く表情。キラッキラ。
どうしてそんなに機嫌がいいの? と言いたくなるくらい。きっと、この状況じゃなかったら、鼻歌歌うんじゃないかなってくらい。
「ヴィーも口数少ないよね」
「……口を開くと、口の中にじめっとした感じの悪い何かが入ってくる。そんな感覚がある」
「エレも。だから、必要以上にお話や」
フォルだけじゃなかったんだ。ティアはわかってなさそう。何か共通点でもあるのかな。
敏感だというなら、ティアも当てはまるはずなんだけど。ゼロが口を開けばどうなるのかが気になるよ。でも、絶対拒否しそう。どれだけ頼んでも。




