3話 暗闇の中で見る世界
聞き馴染みのある声。振り向くと、聖衣を着たままのティアがいる。
もし、ここが聖星宮殿なら、鍵となるのは神魔聖の姫なんだろう。
ティアがエレに抱きついた。エレ以外は眼中にないよ。
「イシュ……じゃなくて」
「エレ、久しぶり。ずっと会いたかったよ」
「……うん。エレも、会いたかった」
再会を喜ぶ時間。それはすぐに終わった。今は優先すべき事がある。だから、先にそっちをどうにかする。ってとこかな。
二人の姫は手を繋ぐ。侵入を阻む結界に触れる。二人の指輪がピンク色の光を発する。
結界が消えた。これで、先に進める。どうしてティアがいるのか。それも気になるけど、フォルが一人で突っ走りそう。
どこを目指しているのかわからないけど。
「エル、フィル、ゼロを任せていいかな? 」
ゼロが逃げていると仮定するなら、多分、僕はゼロを見つけられない。フォルとエレをほっとけないから。
「……わかった」
「うん。うちの姫は連れてって」
二人とも、引き受けてくれた。エルがティアをこっちに渡す。
逸れないように、ティアの手を握って走る。ティアは方向音痴はないけど、時々逸れるんだ。それに、よそ見癖がある。
フォルもフォルで、エレというお荷物がいるから走るのが遅い。これなら、追いかけられる。エレがいなかったら、ティアを連れて走れば確実に見失うから。
二人を追いかけながら見ているけど、内装も変わらない。僕が知っている聖星宮殿そのまま。
どうしてこんな場所が再現されているんだろうか。あの種は一応知力がある。だったら、結界さえなければすぐに出られる場所を再現する意味がわからない。
「……フォル、まって」
「ごめん。もう少しだけ頑張って」
フォルがエレを気にしていない? そんな事、普段ならありえない。息を切らしてフォルについていくエレ。エレの手を離さない理由がどこかにあるんだろうか。
フォルが向かう先は、星祈りの間と呼ばれる場所。二十三の双子の光が輝く空間。全部で四十六か。神魔聖の数。姫を除いた。
「エレ? 」
「はじめまして、ですかな。神魔聖。愛の、姫君」
見た目は、間違いなく人の子だ。それが、僕らを、ううん、エレを見つめる。そこも重要なんだろう。でも、僕の、きっと僕だけじゃない。僕らの目に映るのは、邪悪な気配を宿す人の子じゃない。僕らの目に映るのは、エレと瓜二つの少女。
あの子のかけらは、もう全て集めたはずだ。想いは全て、届けられたはずなんだ。なら、彼女は一体誰。僕らが知らない、エレのかけら?
どうして、僕らは知らなかった? いつから、あの子は残していた?
なにも知らない。それは、神聖だけなのか。魔聖もおんなじなのか。エルとティアの表情を見ればわかる。
誰も知らない、最後のかけら?
「素晴らしいであろう。この少女の力は。創造の夢。そう名づけているのですがね」
創造。エレにそんな力は、あるにはあるのか。一度だけ、僕らはありえないほどの創造術を目にしている。それだけじゃないんだけど。
「ですが、まだ世界すら支配するに及ばないんですな。鍵は、なんでしょうな」
「ふぇ」
黒い霧がエレを取り込む。咄嗟にエレの手を握った。
真っ暗。真っ黒? 何もないんだ。あの黒い聖星宮殿はなんだったんだ。そう思いたくなるほどに。
「魔聖の姫君は、避ける方を選んだのですかな。懸命なご判断でしょうな。わざわざ、あの姫と運命を共にする事もないでしょうからな」
ああ、あの人の子の声か。声が聞こえるなら、あの時とおんなじ感じなのかな。魔聖の姫君。ティアが外にいるのか。まずは、ここから出る方法でも、の前に
「エレ、フォル。いるなら返事して」
返事が返ってこない。以前のここは毒だった。なら、もしかしたら——
「おや、愛の魔聖と生命の魔聖もおいでですか」
合流したのか。ゼロはどうしたんだろう。探していた先、別の道がここに辿り着く道だったのかな。
外ばかりに気を取られずに、僕は、僕のすべき事をしよう。
先に明かりが必要だ。光魔法を使ってあかりの確保。近くにはいなさそう。
そして、見えないんじゃなくて、ほんとに何もないという事が判明。そんな事が判明したとこで何かが変わるなんて事ないけど。
今はとにかく二人を探さないと。
「あの愛の姫にもう付き合う必要がない。魔聖のお二方と生命の神聖も喜ばしい事でしょうな。巻き添えとなられたお二方もいるようですが。ずっと、あんな出来損ないの姫に付き合わされて、煩わしかったのでしょうな」
「そんなわけないでしょ! 私は、私達は望んでエレと一緒にいるのよ! 」
「本当に、そう思っているんですかな? あの姫は、貴女には成せない事を成した。出来損ないだというのに。あの姫がいなければ、貴女はさぞかし神魔聖から愛されていた事でしょう。ですが、今の貴女はどうですかな? 神聖どころか、魔聖にも愛されず」
ああ、やっぱりそうか。ただ情報を並べている。あれは、理解なんてできてないのか。
「何言ってるの? そうよね。あなたは、人の子の姿を模した、ただの暗き澱み。私達の、人の心の事なんて、何も知らないのね」
「そういう事。ぼくら魔聖も、神聖も、エレだけを愛したわけじゃない。イシュ……ティアも愛してる。都合のいい情報だけを見ていたら、何も見えないだろうけど」
「……おれ達がエレだけを愛していた事、一度でもあった? 」
そうだ。三人の言う通り。エレは目が離せない子。だから、エレばかりになる。でもね、ティアの事だって愛してる。それこそ、エレと変わらないほどに。
そばにいない。その情報で、見えてはいないんだろうけど。
外は三人に任せるか。
「聞こえてる? そっちは任せるから! ティア、信じてるから」
「うん。任せて」
外への言葉は、もういらないか。ちゃんといる。絶対二人を見つけてくる。それさえ伝えとけばいい。
と言っても、どこへいけばいいんだろう。二人がどこにいるのかすらわからない状態で、どう探せばいいんだろう。とりあえず歩いてみる。そんな事で見つけられると思えない。
「エレ〜、フォル〜! 」
やっぱ、返事なんてない。大丈夫、なんだよね?
——あっち……あっちにいる……お願い……お願い
あの時とおんなじだ。これは、あの本の声じゃないのか。最後のかけら。信じて進むしかない。
声が教えてくれる場所へ、僕は進んでいく。ヴィーも、こんな感じだったのかな。終わりの見えない闇の中を歩くって。暇。もっと他の景色見せろ。走りたい。大人しく歩くのやだ。
うん。絶対違うか。
——……世界……こっち……星……お願い
うん。待ってて。助けるから。
暗い闇の中に、一つの光。ピンク色。あの子の色。あの子は、この先にいるのかな。
光を見つめて、その方向へ走る。走っていると、心地いい風がくればいい。でも、ここは無風。
「……えっ……ここって」
光の先は、見覚えのある場所だ。本物の、聖星宮殿に見える。でも
「……違う」
——うん。違う。記憶が見せる幻覚。本当は、闇の中。
どこか寂しいその場所は、僕の知ってる聖星宮殿じゃない。
——……この、さき
「そう。ありがと……ほんっと、趣味の悪い」
僕は収納魔法から魔法杖を取り出した。両手で魔法杖を持つ。ここは神聖力が溢れている。その神聖力を魔法杖に集める。
ピンクの光が溢れ、全てを包み込む。魔法杖を振り下ろすと、ピンクの光が視界に映る世界を壊す。
ここがある限り、僕はずっと、二人を認識なんてできないんだ。やがては、自らが創り出す都合のいい幻覚に迷ってしまう。
前にも経験した。あの時は、エルの声のおかげで、僕はその場所を認識できていた。今度は、最後のかけらの声。
聖星宮殿が消える。全てが闇に包まれる。これでいいんだ。これが、今見えているべきものなんだ。
「……ああ、そっか……君は……助けに行くよ。君も一緒に」




