プロローグ 一人の少女へ
【二人の少女。一人の少女に、敬意を込めて、この記述を残す。
花器ではない、少女は長く彷徨っていた。花器のゆかりのある場所。縁が呼んでいたのだろう。少女のかけらは、花器の縁のある場所で、愛を求めていた。
ジュンドの森の集落。見守り続ける少女。少女の願いは、ずっと彼らを守っていた。危険な森の中、彼らが何事もなく暮らせるように。
だが、その願いは虚しく、邪な願いに侵された。
願いと真逆な事を、ずっとしていた。そこに少女の意思はない。
小さな集落。テントが並ぶ場所とは少し離れた場所。祭事に使われる広場。少女はそこで、集落に住む彼らを惑わせていた。少女の自我が戻ったのは、少女の双子の兄の言葉。
そこから、少女の新たな日々が始まった。
白い空間の中で。
白い空間は何もない。ただ、白い地面と崩壊された世界が浮かぶ空。何もする事がない。少女は、そこで世界を視ていた。
兄を通して。
兄の見ている世界は、残酷でありながらも、どこか美しい。
かけらが集まり、啓示を受け、少女はそれでも、白い空間の中。だが、するべき事ができた。今までのような暇はなかった。
情報だけだが、滅んだ世界を通して得られる。それに気づいた。そしてもう一つ。変わった事がある。
「エレ〜。俺のエレ〜。エレの俺がきてやったぞ〜」
上機嫌で浮かれた声。そう。これが、もう一つの変わった事。たまにだが、氷の弟神聖が来るようになった。
氷の弟神聖が、少女に抱きつく。少女に頬擦りをする。多くの、神聖術を見せてくれる。
「へぇ、そうなんだ。フォルが元気そうで安心」
「……俺の事はどうだっていいんだ。俺の事はいいんだ」
湿度が高い。湿度など感じない、この空間。だというのに、高い湿度。それは、少女の周辺だけ。
「ゼロの事がどうでもいいわけじゃないよ。ゼロも大事。だいすき。らぶ」
「……本当に? ゼロの方がすき。ゼロが一番すき。エレは、ゼロを愛しています。って言ったら信じるかも」
少女が、言葉の代わりに送るのはジト目。ジト目で氷の弟神聖を見つめている。
氷の弟神聖が、頬を膨らませる。少女が膨らんだ頬を、左手の人差し指でつんつんとつついている。その姿は、姫と騎士。ではない。同年代の友人と遊んでいるかのようだ。
神聖姫と呼ばれていた時。ずっと、彼女と対等のように過ごしてきた。そんな彼相手だからこそ、こんな雰囲気が出ているのだろう。
それ自体が、すでに特別。氷の弟神聖は、それに気づいているんだろうか。
「もう、起きないとだね……今度はいつきてくれる? 」
「暇になればいつでもきてやる。だから、その時はちゃんと遊べ。俺と遊べ」
「うん。遊ぶ」
そう約束して、二人は別れた。
そして、次に氷の弟神聖が来る前。謎の情報が、少女に届けられた。
「……神聖術を使え? 」
少女は、生活の中でも使うような、水の神聖術を使う。両手を前に突き出して
「えい」
水色の光。地面がわずかに濡れている。だが、何も起こらない。もう一度、もう一度、もう一度
地面が水没している。だが、何も起こらない。それでも、めげずに神聖術を使い続けている。そんな少女は、ある考えが浮かんだ。
「あっ⁉︎ いい事思いついた」
少女の兄。彼を頼る。少女は、彼が来るまでの間も、水の神聖術を使い続ける。
「……そのうち、泳げるようになりそう……エレは泳げないけど」
いつ、水が泳げるまで貯まるか。兄が来るのが先か。少女は、水の神聖術を使うペースを上げた。
「えい」
集中して、周りは見えていない。それをいいように、兄が少女を驚かせた。少女は、自分で呼んだ事も忘れていた。
そして、話ているうちに、生命の弟神聖と花器の少女が現れた。
気まずい雰囲気。初めは、花器のおかげで、どうにかなっていた。だが、もう一度訪れた、空気を救ったのは別人だ。
知りたくもない真実を知り、どんよりと重い空気になる。そこに、救世主現る。
約束を盾に、少女は花器の少女を連れて、彼の元へ行った。
花器の少女も、少女である事には変わらない。氷の弟神聖が、二人の少女を手に入れてご機嫌中。
「ゼロ、お花」
「エレもお花見たい」
少女と花器の少女は、氷の弟神聖に、氷の花を要求する。ご機嫌中の氷の弟神聖は、大喜びで要望に応えた。
空色の光りと共に、舞う空色の冷たい花。その冷気は、少女達にも伝わっている。
少女達は、暖をとるように抱きつき合う。そこに、氷の弟神聖まで混ざる。
「ゼロ、冷たい」
「ちゅめたい」
「神聖術、纏うのだめ」
少女達といられればいいのか。そう思うほど、彼の行動は早かった。考えている時間はない。すぐに、彼は神聖術を身体に纏うのをやめる。人肌体温に戻る。
「……なんでいつも、神聖術纏ってるの? 」
「暑いから。俺らは、普通の環境でも暑いんだ。ロストとか氷の星はちょうどいいな。環境慣れも、できなくて。俺もゼムもずっと、こうして体温を調整してるんだ」
少女の疑問に、氷の弟神聖は、親切に答える。機嫌がいいからだろう。
「……エレが行くと凍る? 」
「凍りかけた。覚えてないよね? おもしろがって行ったら、手も足も感覚なくなったの」
「行かない方がいいねー」
「ねー」っと、少女達は顔を見合わせる。そして、二人で一緒に笑った。
「なんか楽しいね」
「うん。こんなにお話合うの楽しい」
同一人物だから。感覚も思考も、ほとんど変わらない。話が合うのは当然。
少女がかけらとなって、一番楽しかったひととき。それは、間違いなくこの時だったんだろう。
兄と出会い、氷の弟神聖と出会い、自分の写し身と出会った。この短い時間が、少女に決断をさせた。大切な思い出であり、花器の少女に、渡す贈り物だったんだろう。
もっと長く、こうしていたい。もっと、兄のそばについていたい。一緒に笑いたい。そんな想いは、間違いなく存在していた。
だが、それは許されない。決断の時は、無慈悲にも訪れた。氷の弟神聖の失踪という形で。
準備をしてから、また集まる。そう決めて別れた後。
花器の少女は、少女とは違う。器を持ち、外へ出る事ができる。もし、氷の弟神聖が外にいた時。少女ではどうする事もできない。ただ、兄の中で、この白い空間で見ているだけ。
最後のひととき。わずかな時間は、大切な写し身、花器の少女と過ごした。机と椅子。用意したのは、ここで二人でお茶会をしたい。そんな、淡い願いからだろう。
花器の少女には黙ったまま。少女は消えた。花器の少女と同化した。
——ねぇ、聞こえている?
——ええ。聞こえております。
記述者としての能力。その能力のおかげで、わずかにだが、彼女との対話が叶った。
——お願いがあるの。わたしの代わりに、お礼を伝えて。一緒に、遊んでくれて、笑ってくれてありがとって。楽しかったの。
——ええ。伝えておきます。
——それと、エレの事……わたしの事お願い。遠くからでもいいから、見守ってあげて。ユグベーズであって、おともだちのあなただからこそできる関わり方があると思うの。だから、お願い。もう悩みを一緒に抱えて、相談に乗る。そんな事すらできないわたしのために
——わかりました。ぼくに、何ができるのか。どう関わればいいか。まだわかりませんが。その願いは、叶えられるよう善処します。
——うん。ありがと。それと、さような……これからもよろしくね。
——ええ。こちらこそ、よろしくお願いします。また、近いうちに会いましょう。エレ様
——うん。
最後に、もう一人の少女へ、言葉を残しておく。
彼女はきっと、後悔していない。これでよかった。そう思っているはずだ。
かけらは全て本物の少女。それを集めたのなら、かけらの時に見てきたもの。願ったものを忘れずに、未来へ向かってほしい。
決して、檻の中に囚われず、自らの羽根で羽ばたいてほしい】




