4話 大切な人のために
目を覚ましたエレシェフィールは、周囲を確認する。エレシェフィールの部屋ではないが、寝心地のいいベッド。両隣に寝ているゼーシェリオンとフォル。
どちらにいたずらするか。
エレシェフィールが選んだのは
「……」
つんつんと左手の人差し指でゼーシェリオンの頬を突く。
「……何やってんだ? 」
「ぴぇ⁉︎ 」
突然の声。目を開けたゼーシェリオン。エレシェフィールはベッドの弾力で宙に浮いた。寝起きだからか不機嫌顔のゼーシェリオン。エレシェフィールは笑顔を作る。
笑顔のまま目を離さずに、ゆっくりとベッドから降りようと動く。
「……どこ行くの? 僕一緒にいたい」
フォルの声を聞いた瞬間、エレシェフィールはフォルに抱きつく。
フォルの匂いを嗅いでいるとある疑問が浮かんだ。
ここは誰の部屋なんだろう。という疑問が。
エレシェフィールはそれを確認するべく部屋の家具を見る。
落ち着きのある紺色の家具に黄金の装飾。それが誰の部屋なのか。気づくまでに一秒も使わなかった。
「フォルのお部屋⁉︎ 連絡魔法具の画像保存機能を使えば……ふにゃ⁉︎ 連絡魔法具がないからむりなのー⁉︎ 」
一人で騒ぐエレシェフィール。そこに冷静なツッコミが入る。
「どこで捨ててきたんだよ」
「捨てたんじゃないの。ゼロと違って捨てないの。壊れたの。寝ぼけておっことしちゃって」
エレシェフィールは連絡魔法具の残骸を収納魔法から取り出した。連絡魔法具の基盤となる魔法石が割れている。それを繋ぎ機能させる装置や回路も修復不可能だ。
「……これはひどいね。フィルに頼んで直してもらおうか? 」
エレシェフィールはこくりと頷いた。
「破片で怪我すると危ないから預かっておくよ」
エレシェフィールはフォルに連絡魔法具の残骸を渡す。フォルがそれを棚の中にしまった。
「魔法具設計師がしょっちゅう魔法具を壊すってなんなんだろうな」
「知らないの。エレが設計した魔法具は壊れないから毎回壊しているわけじゃないの」
エレシェフィールはゼーシェリオンに「しゃぁー」と威嚇してから立ち上がった。クローゼットの方に行くと、エレシェフィールのぬいぐるみを持ってベッドに戻った。
「フォル、これ持ってて。エレはお着替えしないといけないの。いつまでもドレス姿は落ち着かない」
エレシェフィールぬいぐるみをフォルに渡す。エレシェフィールの代わりがいるからいいという言い分で、再びクローゼットの方へ向かった。
普段から入り浸っていた甲斐があるというものだろう。フォルの部屋だというのにエレシェフィールの服が入っている。全てエレシェフィールが買った記憶がないものだが。
明らかにフォルの趣味であろう丈の短い薄紫色のワンピースに穴あきタイツを取り出した。服を選ぶとゼーシェリオンの方へ戻る。
「甘えっ子」
「ゼロ相手だからなの。お着替え終わったらエレと一緒にお散歩するの。フォルも一緒に行く? 」
「遠慮するよ。そろそろ本気で仕事やばいから」
今回は嘘ではないのだろう。エレシェフィールぬいぐるみを肌身離さずに持って、エレシェフィールには寂しそうな瞳を向けている。
エレシェフィールはフォルの頬に口付けをしてから部屋を出る。
薄桃色の長い廊下をゼーシェリオンと一緒に歩く。銀色の扉に白色のプレート。プレートにルーツエングと書かれている。エレシェフィールは扉の前で立ち止まった。
コンコン
軽く扉を叩くと、奥から声が聞こえてくる。
「エレか。入っていい」
エレシェフィールは両手でゆっくりと扉を開ける。白く清潔感のある部屋。ベッドに来客用のソファ。机と椅子。最低限必要な家具と三個もある本棚。
長い緑髪の青年が椅子に座って書類とにらめっこしている。
エレシェフィールはゼーシェリオンとベッドの上に座った。
「エルグにぃ、少しお話大丈夫? 」
話に気を取られてはいけないのではと思われるほどの大量の書類が机の上で綺麗に積み重なっている。手に持っている書類も数十枚はありそうな分厚さだ。エレシェフィールがきたからだろう。その手に持つ書類を机の上に積み上げている。
「大丈夫だ。何か用か? 」
「ジュンドの森に行きたいの。それと、森の中にある監視魔法具を全て破壊してほしい」
エレシェフィールは収納魔法から禁止区域侵入許可証申請書と書かれた紙を取り出した。エレシェフィールのぎりぎり読める字で申請理由と名前が書かれている。
申請書を長い緑髪の青年に渡す。
「……エレ、全然書けてない。許可証を出すのは俺だからいいけど、そろそろこのくらいは一人でできるようになった方がいい。暇を作って教えようか? 」
「……お前さ、自分の名前くらい書けるようになれよ」
エレシェフィールは自分の名前すら間違っている。だが、フォルのためにと一人で懸命に書いたその努力を讃えてくれたのだろうか。長い緑髪の青年が禁止区域侵入許可証をくれた。
許可証にはエレシェフィールとゼーシェリオンの名前が書かれている。エレシェフィールはゼーシェリオンに許可証を預ける。
「……エルグにぃはあれ以降フォルとお話した? 」
「仕事の話だけ。最近だと、この書類を届けに来ただけ」
見ていいのだろうか。若干気が引けるが、それを決めるべき相手が見せている。エレシェフィールは長い緑髪の青年が見せる書類に視線を移動する。
経費申請書。申請者名ルーツエング。長い緑髪の青年の名が書かれている。
「それと、少し前にはこれも。エレへの手紙のようだから俺は見ていない」
エレシェフィールは、ルーツエングから白い封筒をもらった。宛名は書かれていない。だが、宛名の代わりにハートマークが描かれている。
封筒を開けると、丁寧で読みやすい文字が書かれていた。
【聖星の御巫候補エレシェフィールの処分命令が下った。主様の命でないから無視していいよ。そのつもり、そのつもりだけど、ギュリエンの事があって無視できない。
ねぇ、今どこにいるの?
きっと会えない事情があるんだよね。
君がどこかで一人で頑張っているんだ。僕も、一人でも頑張るよ。
エレの事は任せて。君がいない分、僕が守るから。
でも、少しだけ弱音を吐いていいよね?
助けてよ。あの時から。君の言葉があれば、僕は前を向けるから】
これはエレシェフィールへの手紙ではない。ハートのマークは愛の神聖の証。だとすれば、この手紙の宛先は——
「もう一枚ある」
封筒に入っていたのは二枚。エレシェフィールはもう一枚の手紙を見る。
【何も考えずに君と一緒にいられればいいのに。君にどう思われようと僕はずっと君を愛しているよ。もし、想いを伝えられる状態になった時って告白からなのかな。どこがいい? 花畑? 水? 見たい景色教えて。
それと、本気で僕を想ってくれるなら——】
こっちはエレシェフィールに当てたものだ。最後は黒く塗りつぶされていて読めない。少しでもエレシェフィールの言葉を聞く気があるんだろうか。今はそれを信じるしかないだろう。
「……ありがと」
「……エレ、これも渡しておく」
エレシェフィールが転生前に持っていた巨大な本。古代魔法具魔原書リプセグ。世界でたった一つの本だ。
エレシェフィールはルーツエングから魔原書リプセグを受け取り、収納魔法にしまう。
「……エレシェフィール姫、俺の義弟を頼む」
ルーツエングがエレシェフィールに頭を下げる。
「うん。ありがと、エルグにぃ。エレのだいすきな人を大切に想ってくれて」
「ありがとな。本当の兄弟じゃねぇのに俺らの大事な仲間をそこまで想ってくれて」
「エレ達、エルグにぃの邪魔しちゃ悪いからもう行くね」
エレシェフィールはルーツエングに笑顔を見せた。扉を開けて部屋を出る。そして、ゼーシェリオンとともに次に行きたい場所へ向かった。




