4話 大切な人のために
エレシェフィールが目を覚ますとゼーシェリオンとフォルが隣で眠っている。エレシェフィールはゼーシェリオンの頬を突く。
「……何やってんだ? 」
「ぴぇ⁉︎ 」
エレシェフィールはわずかに宙に浮いた。ゼーシェリオンの不機嫌な表情を見て笑顔を作る。
エレシェフィールは笑顔のまま目を離さずにベッドから降りようとした。だが、
「……どこ行くの? ……僕、一緒にいたい」
フォルの声が聞こえて、エレシェフィールはフォルに抱きついた。
フォルの匂いを嗅いでいるとベッドに違和感を覚える。エレシェフィールは部屋をきょろきょろと見渡した。
紺色の家具。エレシェフィールの愛らしい部屋とは違い部屋全体の雰囲気が落ち着いている。
「……フォルの部屋なの。連絡魔法具の画像記録機能を使えれば……連絡魔法具ないからむりなの」
「どこに捨ててきたんだよ」
「捨てたんじゃない。壊れたの。寝ぼけて落としたから」
連絡コードさえ持っていればどこにいても連絡ができる魔法具。現在ではほとんどの人が持っている。エレシェフィールは収納魔法から連絡魔法具の残骸を出した。
連絡魔法具は基盤となる場所が割れて動かなくなっている。
「これは……ひどいね。フィルに頼んで直してもらう? 」
エレシェフィールは黙ってこくりと頷いた。
危ないからと連絡魔法具の残骸はフォルが保管している。
「魔法具設計士が魔法具をしょっちゅう壊すってなんなんだろうな」
「知らないの。それにエレは市販の魔法具をすぐ壊すだけだから。エレが設計した魔法具は壊れないから」
エレシェフィールは立ち上がってクローゼットを開ける。フォルが置いているエレシェフィールぬいぐるみを持ってベッドの方へ戻った。
「フォル、これ持って待ってて。エレはお着替えするから」
「うん」
少しでもエレシェフィールを感じられるようにとフォルにぬいぐるみを渡して、再度クローゼットを開けた。
クローゼットの中にはエレシェフィールとゼーシェリオンてフォルの服が入っている。エレシェフィールは自分の服を取ってゼーシェリオンに着替えさせてもらう。
「甘えっ子」
「ゼロだからなの。お着替え終わったらエレとお散歩するの」
エレシェフィールは薄ピンク色のワンピースを着てゼーシェリオンと手を繋いだ。
フォルにお散歩行くと伝えたエレシェフィールはゼーシェリオンと一緒に部屋の外へ出た。
薄桃色の壁の長い廊下を歩く。エレシェフィールは扉に主と書かれたプレートが吊るされている扉の前で立ち止まった。
エレシェフィールはコンコンと軽く扉を叩く。
「……エレか? 入っていい」
エレシェフィールは扉を開けた。白色を主色とした部屋。長髪の緑髪の青年が座って書類を見ている。
エレシェフィールはゼーシェリオンと一緒にベッドの上に座った。
「エルグにぃ、お話大丈夫? 」
エレシェフィールは大量の書類を見てそう言った。長髪の緑髪の青年が持っていた書類を置いた。
「大丈夫だ。何か用があるのか? 」
エレシェフィールはこくりと頷く。
「シュンドの森に行きたいの。それと森の中にある監視用の魔法具を全て破壊してほしいの」
エレシェフィールとゼーシェリオンだけでは行く事ができない。だが、フォルに頼る事はできない。
エレシェフィールは収納魔法から危険区域侵入許可証申請書を取り出した。
申請書を長髪の緑髪の青年に渡した。
「……エレ、全然書けてない。許可証は出すがそろそろ書類の書き方は覚えた方がいい」
エレシェフィールは真面目に書いているが、名前の部分すらまともに書けていない。だが、長髪の緑髪の青年がエレシェフィールとゼーシェリオンに危険区域侵入許可証を渡してくれる。
エレシェフィールはなくさないようにゼーシェリオンに渡した。
「……エルグにぃはあれからフォルとお話どのくらいしたの? 」
「仕事の話以外はしていない。最近だとこの書類を届けにきたくらいだ」
エレシェフィールが見せてもらった書類は経費申請書。申請者名に長髪の緑髪の青年の名前、ルーツエングと書かれている。
エレシェフィールはきょとんと首を傾げてルーツエングを見る。
「……当家の結界魔法具の修復。だからエルグにぃか。値段は……見なかった事にする」
フォルは少しでも申請許可の可能性を上げるために度々この手段を使用している。
「……エレもこういう書類作成できればフォルのお役に立てるのかな」
エレシェフィールは申請書類をじっと見つめている。
フォルはいつも簡単な仕事だけを部下に任せて後は全部自分でこなしている。そもそも、管理者にフォルの仕事を肩代わりできる人材はほとんどいない。
そんなフォルのためにエレシェフィールは現在管理者になるために勉強中。
「……まずは目先の事をどうにかしないとそんな道は閉ざされるんだけど。前回の事ってどのくらい記録に残ってる? 流石に禁呪を使った事とか書いてないかな? 」
エレシェフィールはだめ元でルーツエングに聞いた。ルーツエングが二十年前の報告書を取り出している。
二十年前はエレシェフィールが今回の転生をする前、最後の記憶がある年。
その年のフォルの報告書をエレシェフィールはもらった。
「俺は見ていない。これは、エレへの手紙でもあるだろう」
【御巫候補エレシェフィールの処分命令報告書。主様の命でないため無視する予定だけど、ギュリエンの事があって無視しづらい。できる限り穏便には不可能だから、ある程度情報をもらっておく。ジェンドの森の監視魔法具は全て把握済み。イールグと主様に破壊願い。
それと、エレ
僕はそこまで甘くないよ】
ほとんど仕事の内容だが、最後だけはエレシェフィールへのメッセージが書かれている。たった一文。エレシェフィールに都合の良いものではない。
だが、これはフォルの優しさだろう。
エレシェフィールはルーツエングに報告書を返した。
「……ありがと。エレはフォルはエレを裏切らないからって甘い事ばかり考えていたの。そんな事あるはずないのに」
エレシェフィールはゼーシェリオンの手を握った。
「エルグにぃ、監視を破壊した合図は魔法でお願い。合図がないとフォルはずっと演技を続けないといけないから」
エレシェフィールは「お願い」と言って頭を下げた。
「できるだけ大袈裟な魔法を使う。エレ、俺の義弟を頼む」
ルーツエングが巨大な本をエレシェフィールに渡した。エレシェフィールは巨大な本を大事に受け取る。
表紙にはリプセグと書かれている。エレシェフィールが持つ特別な古代魔法具魔原書リプセグ。世界でたった一つの特別な本だ。
「うん。フィルもここにいれば同じように言うんだろうね。義理っていうのがないだけで」
エレシェフィールは魔原書リプセグを抱きしめる。
「……良かった。フォルがこれを諦めないでいてくれて」
瞼を閉じたエレシェフィールの脳裏に浮かぶのは、選択一つで変わる未来。
フォルがルーツエング達といるのを諦めた未来。エレシェフィールが必死にフォルを説得している。
エレシェフィールは言葉にはせず、大っ嫌いな運命というものに感謝した。
「……エルグにぃ、ごめんね。お仕事の邪魔しちゃって。まだ少しだけ時間があるから、エレはゆっくり休んでおくよ。フォルの優しさにばかり甘えてられないから」
エレシェフィールはベッドから立ち上がった。部屋を出ようと扉を開ける。
「ありがとな。本当の兄弟じゃないのに俺らの大切な仲間をずっと想ってくれて」
神聖は他種族とは相容れない存在。誰にも理解される事はない。誰かと一緒にいる事はできない。エレシェフィールは何度も聞かされてきた言葉。
優しい声音で言ったゼーシェリオン。エレシェフィールは「エレもだよ」と誰にも聞き取れない声で言った。
記憶になくても大切な義兄。エレシェフィールはいつまでも彼と会える日を願っている。たとえ世界がそれを否定しても。




