3,5話 フォルの仕事1
フォルの腕の中でぐっすりと眠るエレシェフィール。睡眠魔法で眠っている彼女は暫く起きる事はないだろう。
フォルは少しでも力を加えたらすぐに壊れてしまう割れ物を扱うかのようにエレシェフィールをそっと抱き上げる。
愛おしそうな眼差しをエレシェフィールに向けたのを最後に、彼女に見せていたフォルの姿は消える。
「さて、お姫様も眠った事だ。そろそろ僕の仕事を始めるか」
穏やかな表情などそこにはない。翡翠のような瞳は黄金に変わる。
「まずはリブスの件からにするか」
感情がこもらない声。フォルの視線の先にいるのは、王冠をこれ見よがしにかぶる男。大量の宝石をあしらった衣装がこの場にいる誰よりも金持ちだと主張したいようだ。
「何度か会った事があるな。元リブス王国宰相」
「……黄金……ま、まさか……お、黄金蝶……様」
王冠をかぶる男の声が震えている。青ざめた顔で尻餅をついている。立ち上がらず、這いつくばって会場を出ようとしている。他の貴族達も何かを察したかのようにこの会場から逃げようとしていた。
我先にと逃げようとする貴族達の声が響き渡る。だが、すぐに気づく事になる。
この会場から逃げる事など不可能だと。
エレシェフィール達に注目が集まっている中、ゼーシェリオンが全ての出入り口を氷で塞いで回った。
その役割を終えてフォルの元へくるゼーシェリオン。フォルは、大事に抱いているエレシェフィールをゼーシェリオンに預ける。
「大事にしてよ」
「わかってる」
「それならいいよ。もしこの子を落としでもしたら、あとでどうなるんだろうね」
エレシェフィールに対してはずっと愛おしそうな眼差しを向ける。だが、エレシェフィールから視線を離すと彼女に向けるものは全て消える。
「リブス国王がいない間に随分と好き勝手やってくれたのはたっぷりと主様に話すといいよ。それと、今件にはあの禁書が関わっているとはいえ、これは流石に看過できないな」
突然、貴族達がブルブルと震え出す。真っ青な顔で白い息を吐いている。
「禁止指定魔法の使用と管理者管轄の書庫から盗んだ本の件はお優しいギュシェルの方に任せてあげるよ。もう一個の件については僕が直接罰してあげる」
青い唇で震える身体を両手で抱く貴族。恐怖のあまり涙を流す貴族も見られる。
エレシェフィールにはあれだけ威勢の良かった女も、強張った顔で震えている。
その光景をフォルは無表情で見ていた。
「魔力異常体質による発作。あれはちゃんとした治療を受けないと十歳前後でまともに動く事すらできなくなる。その状態を放置していれば危険な状態に陥る。そのくらいの知識はあったはずだ。あの子がその症状に苦しめられていた事も」
エレシェフィールは生まれつき魔力疾患と呼ばれる異常体質。フォルが助けた状態であそこまで動けていたが、本来あり得ない事だ。
わずかな怒りすら感じさせない表情の奥に隠れているのは幾重にも重なる感情。
その感情に反応するかの如く、貴族達に更なる悲劇が訪れる。
身体の一部が消えたかのように叫び出す貴族達。だが、誰一人として身体に何の異常も見られない。
「気づいていながらも、全く効かない薬をあの子に与え、牢獄で飼い慣らそうとした。その報いはしっかりと受けてもらう」
会場が静まり返る。貴族達の声が消える。どれだけ叫ぼうと、空気は振動しない。声は誰にも届かない。
「そうだな……貴族身分の剥奪。全財産没収。国事態はエクランダ帝国の統治下においてもらう。可愛そうだから、これ以上は勘弁してやるか。ついでに、王権はリブス国王発見次第返してもらう」
淡々と告げられる言葉。貴族達には残酷なものだろう。当然反対する貴族達だが、音はまだ戻らない。
「ゼロ、帰るよ」
「あ……ああ」
ゼーシェリオンが何か言いたげにしている。
静まり返った会場の始末をつけず、フォルは転移魔法を使った。
紺色を基調とした落ち着いた部屋。仕事の書類と資料で机の上が散らかっている。転移先はフォルの部屋。
ゼーシェリオンがエレシェフィールをベッドの上に寝かせている。エレシェフィールのためにとこだわり抜いているベッドだ。悪い寝心地ではないだろう。
フォルは棚の上にあるエレシェフィールのぬいぐるみを手に持つ。わずかに黄金の装飾がされているクローゼットを開けてぬいぐるみを中に入れる。
「なぁ、本回収しなくて良かったのか? 」
「僕の領分じゃない。僕の役目はリブイン王国を実質的解体に陥れる事だけだ」
机の上にある特徴的な表紙の本。ピンク髪の愛らしい姿の少女が描かれている。題名は【私が主人公】
フォルは本を手に取りゼーシェリオンに渡す。
「一冊は持っているんだ。読んでいいよ」
「読んでいいって、お前これ危険だって言わなかったか? 俺はお前と違って精神異常耐性なんてねぇんだよ」
本を受け取りはしたが、開こうとしていないゼーシェリオン。何なら返そうとしている。
フォルは笑顔を向ける。
「大丈夫だよ。僕、フィルほどじゃないけど解呪魔法も扱えるから」
「……説得力皆無なんだが? つぅか、早く戻れ。今のエレにその状態見せてたら引くぞ」
「安心して。あの子が起きる前に戻るから。それより早く読みなよ」
拒否権がない。そんな単純な事にようやく気付いたようだ。ゼーシェリオンが渋々と本を開いた。
フォルも一度読んだ事がある。内容はなんて事ないよくある愛らしい令嬢と王子様の恋愛小説だ。内容に不審な点は見られない。
「何の影響も受けて、ねぇ、のか? 」
ゼーシェリオンが本を返す。笑顔を崩さずにフォルは本を受け取った。
「初めに読んだ時以外は影響を受けないみたいなんだ。ギュシェルの方で何人か読んでいたけど、全員無事だった。今は禁呪が関係しているんじゃないかって回収研究。まぁ、使用前がないせいか何の成果も出ていないんだけど。ていうか、ほんとに危険なら渡してない。あの場も即回収だ」
本を棚の中に入れる。他の本に隠すように机の上の書類も棚の中に入れている。棚に入らない分は全て机の下に隠す。
「……それ見えるだろ」
「あの子は僕らが教育したんだ。机の下には見てはいけないものがある。それを馬鹿正直に信じているから見ない」
机の上の書類を全て隠すとフォルはエレシェフィールのそばで座った。
左手でエレシェフィールの額に触れる。触れた手にはいつも以上の熱を感じる。
「むりさせすぎたか。しばらくはゆっくりさせておきたいけど……」
フォルは収納箱から冷えたタオルを取り出す。冷えたタオルをエレシェフィールの額の上に乗せる。
「んーみゅー」と声を出したエレシェフィールが身じろぎをした。
「あっ、落ちた」
フォルはエレシェフィールの額に冷えたタオルを置き直す。フォルの瞳が翡翠色に戻った。
「……ほんとかわいい」
くすりと笑うフォル。その姿は、リブイン王国で処罰を言い与えていた時とは別人のようだ。
「そんなに大事ならより戻せよ」
ゼーシェリオンがフォルの隣に座る。フォルは拳を握り俯いた。
「……できるわけないよ。エレのために、僕はエレを愛しちゃいけないんだ。僕がエレを愛したから……エレは」
今にも泣きそうな表情を見せるが涙は見せない。フォルが最初の世界でエレシェフィールを愛した結果。それは一つの悲劇だった。
「そう言って諦められたら、どれだけ楽なんだろ。わかってるんだ。諦めればいいって。でも……できなくて……どれだけ諦めようとしても、自分に嘘をついても……おかしいよね。失う事を知っているのに諦められないなんて」
「おかしくねぇよ。それで諦めんなら俺らはお前についていかねぇよ。傷つく結果になるのをわかってながら、呆れるほどまっすぐその道を進むお前だから信じられるんだ」
ゼーシェリオンがエレシェフィールの手に触れる。
「少しだけ、神聖力を与えとくか。悪かったな」
ゼーシェリオンの右手が空色に光る。光はエレシェフィールに吸収される。
「……ありがと、ゼロ」




