2話 同じ少女を守る二人
いつぶりなんだろう。滅んだ世界が記録される、白い空間。今日は彼女の方から呼び出されている。なのに、いない。彼女がどこにいるのか、まずは探さないと。
左足を持ち上げる。前へと動かす。ぽちゃん——地面から聞こえてくる、小さな音。ここは、天候なんてない。雨も雪も降らない。だから、その音はあり得ないものなんだ。
この音の正体は? どうして足を動かすたびに、ぽちゃん、ぽちゃんと音がするんだろうか。浸水でも起きているかのような状態になっているんだろうか。
地面を見る。何も変わったとこはない。強いて言えば、白い地面に、透明な液体がいる。
この謎の解明と、彼女の捜索。それは、同時に見つかった。
「……えい」
高く愛らしい声。その小さな両手を前に突き出して、一生懸命水の神聖術を使用している。あの音の正体が分かったけど、なんでそんな事をしているのか。更なる疑問が生まれてしまう。
まだ彼女は僕に気づいていない。一度集中すれば、しばらくは音を立てても気づかない子だ。
僕は、彼女にゆっくりと近づいた。正面には向かわない。向かうのは、彼女の背後。
ゆっくり、ゆっくり——
「ぎゅぅ」
彼女の背後に回ると、ぎゅって抱きついた。
「ぴぇ⁉︎ ……あっ⁉︎ シェフィ? どうしたの? 」
一旦、離してあげる。振り返った彼女は、何かを隠している時の笑顔を僕に向けた。
どうしたの? それは僕の方が聞きたいよ。こっちは呼び出されてきてるんだから。
しかも、きたらきたでいない。探してみれば、苦手な水の神聖術を使っている。
僕が彼女を見つめていると、きょろきょろ、挙動不審になってる。
「……えっと……えっと……えっと……エレは用事があるからー」
「用事があるから僕を呼んだんでしょ」
やばっ⁉︎ 彼女に対しては、こんな冷静なツッコミとかせず、そうなんだねーって言うのに。
これ以上の失言はしないようにしないと。昔のようにエレって言ってるとか、ツッコまない。
両手で口を塞いで、恐る恐る彼女を見る。
彼女は、何も気にしていないのか、術を使い続けてる。というか、ほんとに何がしたいの?
「エレ? 」
「……そのぉ、調べてたら神聖術が鍵らしいから。それと、なんだか外の様子が大変なの。シェフィ、何か知らない? 龍族の国とかで謎の人? が国の人達を襲っているみたいで」
花器の方を利用して世界を視たのかな。流石に、そんな情報知らない。今度聞いてみようかな。
「ふにゃ⁉︎ 」
何も知らない愛らしい声。色違いの彼女のような少女が突然現れた。花器、最後のかけら。わずかに、かけらが目覚めたからかな。一つじゃないのを確認できる。
かけら同士のつながりが、ここへ呼んだんだろう。それともう一人。
「エレ、二十センチ大きくなって」
むちゃくちゃ言ってる。それはわかってる。僕は彼女の背に隠れる。
「あっ、ゼロじゃない。ゼロならよくきて遊んでくれるんだけど……シェフィ、わたしで隠れようとしてもむりだよ」
それはそうだけど。僕の愛しい青緑色。一番、会いたくなかった人。
「……久しぶり、フォル。それに」
彼女が花器のエレを抱きしめた。花器のエレの瞳から、ぽたりぽたりと水が落ちる。
花器の事を、何も考えてなかった。自分の事ばかりに気を取られて。
僕は、彼女から離れる。花器のエレの頭を撫でる。
「本当に、エレなの? エレは……エレは本物じゃ」
「本物だよ。わたし達は。だから、そんなふうに、言わないで? わたし達は、離れていても一つなんだよ」
彼女が大人っぽい。おねぇちゃんしてる。というか、今この空間で一番落ち着いているかも。
フォルは、戸惑っているみたい。
「あっ、そうだ。せっかくなら、わたしも見て意見を聞かせて。星の歴史について、少しだけ知れそうなんだ」
「エレなのにお勉強すきそう……エレじゃない……エレがお勉強きらいなかけら? 」
花器のエレは、歴史を知ろうとしてるだけで勉強できると思ってるのかな。
「なわけないでしょ。むしろ、勉強できないからシェフィを呼んだんじゃないの? 僕らは偶然だとして」
フォル正解。もう落ち着きを取り戻しつつあるよ。というか、フォルの場合は僕とどう接すればいいか。それだけなんだろうね。フォルの性格を考えれば、そのくらいわかるよ。
彼女が視線を逸らしてる。花器のエレはきょとん。僕は、二人の反応に笑ってた。
「……笑わないでよ。その通りだけど。それより、早く神聖術使って。早く使って」
自分じゃできないって気づいたのかな。フォルと目が合った。お互い、言いたい事は山ほどあるよね。でも、今は彼女の頼みを聞いてあげる。僕とフォルは、同時に神聖術を使う。
示し合わせなんてしてない。なのに、同時にピンクと黄金の光が溢れる。その光が、鍵を開いてくれたみたい。
宙に神聖語が浮かぶ。
「読めない。エレ」
「読めない。エレ」
ん? えっ?
「読めない。シェフィ」
「読めない。フォル」
本質は変わんないからかな? もう仲良くなってる。というか、僕と一緒にいる方は読めるよね? 読む気ないのかな。
僕はフォルと顔を合わせる。言葉はいらない。互いにこくりと頷く。互いのそばにいるエレ達を抱きしめた。
「僕のかわいいお姫様、少しおとなしくしててね」
「エレ、少し黙ってて」
フォルは優しさがなさそうな言い方してる。でも、手が全然優しいんだよなぁ。頭撫でてあげて。
エレ達は当然のように頬を膨らませる。
「……世界の意思自我あり。世界の意思、愛に執着し時、世界揺るがしき時。星の存続の危機に向かえ」
「世界狂わし愛の女王。偽りの時よ消え、愛の時流れたる」
僕らは神聖語を読む。僕が読みながら翻訳してるのに対して、フォルは先に全部翻訳してるのかな。
僕の言葉が止まると、続きを読んでくれた。
これの関係するはずのエレ達は、きょとん顔。というか、自分無関係ですって感じ出してる。
文字と神聖術の影響が消えた。
「……世界を狂わせる、愛の女王か。心当たりなんて、一つしかないんだけど」
「裏、であってる? ……あの組織の事は、ほとんど関わらないようにしてたせいで、詳しくないんだ」
そう、だよね。触れたくなんてないよね。視線を落とすフォルに、僕は情報を与える。
「そう。あの連中を裏で仕切ってるのが、愛の……神聖の姫を名乗ってるんだ。ヴィングジェアを、自らに愛を与える種族だと言って、それに反すると……君はいやって言うほど理解してるよね? 」
どういう因果、なんだろうね。それは、フォルの周りで起こる事が多いんだ。リミェラの件だけじゃない。リミェラの前の当主もかな。それに、ギュリエンの人々。ギュリエンの後釜の管理者にもいたはず。
沈黙の時間が重い。ぎゅっと口を紡いだフォルに、どう言葉をかければいいか。わからなくなる。でも、僕は、伝える必要があるんだ。
「……愛……ねぇ、その……本って知ってる? 私が主人公っていうタイトルの」
フォルの方から話を切り出してきた。知ってる。あの人から報告を受けている。かなり危険な本だって。読んだ事はないけど、宮廷ロマンス系の話と聞いている。
それがどうしたんだろう。
フォルが、間を開けて続ける。
「あれを見た令嬢が、自分は誰からも愛されるって、疑っていなかった。でも、表向きは国のためにしようとしてたのかな。エレを使って、国を潤わせていた。似てると思わない? あの組織と」
表では人のために。裏では、自らの愛のために。似ている。ただ、僕はその件に関わっていないせいで、なんとも言えない。それが偶然か仕組まれたものかすら。
「もし、もしだよ。全部、星がほんとに関わっているんならさ……僕らは、一体なんのために……」
エレは星のために犠牲となろうとした。僕らはずっと、星のために役割を背負ってきた。
僕らは星と共にあったんだ。なのに、星は——




