プロローグ 初めての愛の神聖術
正式に神聖となった後。愛の神聖だけは、その役割を果たす事ができてなかった。
知識は申し分ない。状況判断力はそれなり以上。神聖達をまとめる事もできている。基礎的な魔法と神聖術、どちらも問題なく使用可能。だが、愛の神聖として最も大事なもの。それだけは、使う事ができない。
それを使えない理由は理解している。使えるようになる方法は、もう少しで掴めそうな段階にまで来ている。
愛の神聖は、柵に手を置いて、空を見上げた。暗い空。わずかに輝く、別の星の光。
「シェフィ? 」
中性的な声。振り返ると、生命の弟神聖がいる。その後ろで、青系の室内で談話している神聖達が映る。
「なんでもないよ」
愛の神聖は、生命の弟神聖に笑顔を向けた。笑顔を見せると、また、空を見上げる。
「なんでもないなんてわけないんだーー! 」
背中にかかる重みと温もり。高く澄んだ愛らしい声。神聖は全員男。厳密に言えば、愛の神聖と生命の弟神聖だけは違うが。
その愛らしい声は、今この時間、ここにあるはずのないもの。
「おい、エレ! お前俺が連れてきたのバレるから隠れてろ言っただろ」
氷の弟神聖の声、に続いて
「そうですよ。エレ様。黙って愛らしくおとなしく座っていてくださいと言ったでしょう」
風の神聖の声まで聞こえる。
再び振り返る。視界に映る、濃藍と銀。愛の神聖の妹、神聖姫。
愛の神聖は、扉の方を見る。癖っ毛が目立つ金髪の少女が、バツの悪そうな顔で手を振っている。神聖姫の友達、魔聖姫だ。
「エレ、朝起きれないんだから寝るって言ったでしょ」
「やっ! わたしだってもう、子供じゃないんだから、絶対に寝ないから。みんなと一緒に遊ぶ」
愛の神聖が、神聖姫を部屋に戻そうとする。だが、神聖姫が、その柔らかい頬を風船のように膨らませている。愛の神聖は神聖姫に強く言えない。
愛の神聖は、困ったような笑顔を見せる。そのそばにいた、生命の弟神聖も、何も知らなかったんだろう。愛の神聖同様、困り笑顔。
愛の神聖は、視線を神聖姫を連れてきたと思わしき、氷弟と風の神聖に向ける。
「ゼロ、イヴィ、君らが戦犯かな? 」
「な、何の事だ? え、エレが勝手にきたから」
氷の神聖が真っ先に言い訳をしている。愛の神聖は、生命の弟神聖を見る。
「……嘘は言ってないよ。隠し事あるけど」
生命の弟神聖の瞳がわずかに光る。暗い場所でなければ、気づかないほどわずかな光。
愛の神聖の視線は、扉の方にいる魔聖姫に向かう。
「イシュ、いくら仲良いからって夜遊びなんて教えちゃだめだよ」
「えー、少しくらいいいでしょう。エレだって遊びたいのよ」
「そうなの。そうなんだからイシュを悪く言っちゃだめ。それに……シェフィがお悩みみたいだから……むり言って連れてきてもらってるの。ラジェにもかなり迷惑かけちゃってるんだから、ちゃんとお悩み聞くまで帰れません! 」
神聖姫が、魔聖姫を庇っている。その言葉も、嘘はないようだ。
本当の兄妹ではない。だが、その強情な性格は、似ている。
愛らしい瞳と髪が、神聖力に反応して輝いている。
もはや彼女が光源になれるのでは。そんな輝きを放つ神聖姫。
「……別に、君が気にする事じゃないよ」
「それは言う本人じゃなくて、聞かされる本人が決めるんです。ほら、早く言え。今すぐ言え。眠くなってきてるぞ」
誰に影響されたんだろうか。愛の神聖は、真っ先に氷の弟神聖に疑いの眼差しを向ける。
氷の弟神聖が、あからさまに視線を逸らす。
「……わかった。その代わりちゃんと僕のお姫様らしくいつもみたいに話して。変な影響受けずに」
「それは聞けない相談でした。残念ながらお断りさせていただくでんす」
先ほどまで悩んでいた事、それが可愛く思える。愛の神聖が頭を抱えるほどの、別問題が目の前にあるのだから。
その悩みの原因は、何もわかっていないかのような瞳で、愛の神聖を見つめている。
「愛の神聖術使えないから、悩んでただけ。それと、純粋で無垢なお姫様が、変な影響ばかり受けるって嘆いていますので、どうにかしていただけませんかね? 神聖姫様」
「それは無理とおっしゃっております。それにしても、愛の神聖術……わたしも使えないから、なんとも言えないよ。兄妹愛でもいいはずだけど……愛ってなんだろう。愛……ぎゅぅってしてみる? らぶらぶらぶんって言う? 」
愛の神聖の頼みは聞かない。神聖姫が、愛の神聖に抱きついた。頬擦りをする。頬に口付けをする。神聖姫が、愛の神聖を、その意地らしくも愛らしい瞳でじっと見つめる。
「愛……ぎゅぅぎゅぅ……離れる」
神聖姫も、よくわからないまま、愛を身体で教えようとしているのだろう。
「……離れないでよ。あともう永遠にそうしていてよ」
その行動が、離れ難い。そう思ってしまうほどの、温もり。この温もりに、ずっと触れていたい。愛の神聖が、今まで感じた事のない感情が、溢れてきている。
「……えいえん? えいえいってなぁに? 」
「何で言えなくなるんだよ。つぅか、永遠にってエレの自由どこいったんだ? 」
氷の弟神聖が、ちゃっかりとツッコミを入れる。神聖姫がきょとんとしている。
その仕草、一つ一つが大切。それは、彼女が大切な人だからこそ。
守らないといけない。その使命感で隠されていた何かが、少しずつ、姿を現している。
バルコニーから見る空が美しい。今までは、なんて事もない、ただの空だったのに。
「……これが愛、なのかな。これは離せないよ」
「愛? 愛? わかったの? なら、神聖術も使える? 」
「それはわかんないよ。神聖術を扱うのは、感情だけじゃないから。その感情を力に変える。その変える部分が必要なんだよ」
愛の神聖が、神聖姫に教える。だが、神聖姫は、何も理解していない。
「わかんないの。やってみればいいと思います。失敗しても誰も笑わないんだから。何かあっても止めてくれる人いるんだから」
「……わかったよ」
神聖姫に言われて、愛の神聖は神聖術を使う。
「……神愛響き、星を包まん」
一度も成功した事のない、愛の神聖術。呪言に合わせて、ピンクの光が室内を照らす。まるで光る雪のように、ピンクの光は、神聖達に降り注いだ。
「……ふぁぁぁ。すごいの。これが神聖術……わたしも、できるようになるのかな」
「学べばできるようになるんじゃない? 姫も自分の身を守るために神聖術は覚えるはずだから、そのうち教わるかも」
愛の神聖の言葉に、神聖姫が目を輝かせる。
「って、そうじゃなくて、おめでと言わないと。お祝い、何かいいのあるのかな? お歌でも歌う? おやすみあげる? 」
自らの役割を表す神聖術の使用。それは、祝うべきもの。神聖姫が、両手を口元に当てている。
「祝い……僕が神聖術を発動させた時は、シェフィが本をくれたよね。神聖術がいっぱい書かれた本。僕らは神聖術を使った特別な景色を見せるのが恒例だけど、エレはそういうのはどうかな? 」
「じゃあ、自作の絵本作ってあげる。内容はね、とてもきれいな湖にあるお城で、不思議なベッドでおねんねするお話。シェフィのためだけに作るんだ」
生命の弟神聖の言葉を参考に、神聖姫が贈り物を決めた。
神聖姫が、生命の弟神聖に抱きつきに行く。
祝いに使う特殊な神聖術の景色。それは、全てが最も美しい状態を保っている。まるで、時が止まったかのように。
水が生まれると、氷と炎が混ざり生まれる結晶。その結晶に雷があたり輝きを放つ。神聖達が見せる景色は、一人では見せられない景色。全員が集まる事により初めてその景色は生まれる。
心地の良い風が吹く。
「フォルのためにお手伝い」
「ありがと。エレ」
生命の弟神聖が、神聖姫の神聖力を使い、術を発動する。
光り輝く花々が咲く。黄金の蝶が、愛の神聖の頭上に止まる。
「……らぶはわかんないけど……神聖術はこんな感じかも」
神聖姫が、左手を伸ばす。きらきらとしたピンク色の粒子が、風に舞う。
「……えっ? 」
神聖達が、ぽかんと口を開いている。しばらくすると、神聖達の驚愕の声が、室内に響く。
生命の弟神聖と愛の神聖を除いた。
「なんで何も知らねぇ奴が、急にできるようになるんだよ! 」
やはり真っ先にツッコむのは、氷の弟神聖。
「僕が神聖術使うために一緒にいてくれたから、覚えたんじゃない? シェフィと一緒で感覚派っぽいから」
生命の弟神聖が、穏やかな笑顔で返す。
「ふぁぁぁ」
「あっ、エレ眠いみたい。お祝いありがと。おやすみー」
眠そうにあくびをした神聖姫。愛の神聖は、そう告げると、生命の弟神聖と一緒に、神聖姫を連れて部屋を出た。後片付けは、全て他の神聖達に任せて。




