10話 リミェラの過去
ザーザーと、音を立てる雨。地面がぬかるんでいる。草が水を溜めている。
私は、この大雨の中で、私の選んだ御巫を待っていた。隣には、幼く可愛らしいフォルがいる。私は結界魔法で雨を防いでる。でも、フォルはまだ、魔法を自在に扱えないのかな。雨でびしょ濡れ。
「フォル、風邪ひくよ。私が魔法」
「やだ。自分でがんばります」
なんでも一人で頑張りたい。そんな年頃なんだろう。フォルが懸命に結界魔法を使おうとしている。
パシャン、パシャンと、雨の中を走る影が四つ。私の御巫、ノーズとヴィジェ。それに、エレとゼロ。
エレは、走った勢いそのまま、フォルに飛びついた。
「お待たせ、リミェラ」
桃色の髪を二つに編んでいるノーズが。手を振っている。
十三歳とは思えないほどしっかりしている二人。でも、こういう姿は、年相応。
「ごめん。エレが着替えていたら急に家が爆発して」
「えっ⁉︎ エレ大丈夫? 」
ヴィジェが遅れた理由を話す。それに真っ先に反応したのはフォルだった。
ノーズとヴィジェ、それにゼロも心配だよ。でも、私も、その話を聞いて一番最初に心配したのはエレ。
着替え中だと、逃げ遅れそうで。
「なんかね、明かりの魔法具が誤作動起こして、爆発したみたいなの。エレはびっくりしました」
エレは魔法具技師免許を持ってる。魔法具には詳しい。爆発をびっくりで済ませられるのは、さすがとしか言いようがない。
「って事みたい。エレが見てくれなきゃ、何もわからなかったよ」
そう言っているノーズも、怪我はしてなさそう。ヴィジェとゼロも見るけど、目立った外傷はない。
「びっくりしました。急に屋根さん降ってきて、屋根が降ってきて……びっくりだった。ゼロが助けてくれたの。エレとゼロは怪我ないの」
家壊れてない? 本当に怪我がなくてよかった。
エレがフォルに慰められてる。頭を撫でてもらっている。
微笑ましい光景だけど、家が突然壊れて、平然としてられるのか。私達に心配かけないとしているんじゃないか。
エレの様子は、気にしておいた方が良さそう。
「よかった。そういえば、最近はどう? 何か変わった事ない? エレは発作起こしてない? 」
エレは魔力疾患を患っている。薬を渡しているけど、発作が防げるわけじゃない。
ノーズが日記帳を貸してくれる。離れてる時間、困った事がないか。教えてもらうために、日記をつけてもらってるんだ。
日記には、他愛のない日常風景が書かれている。エレとゼロが、家の中を走り回って困る。元気なのはいいんだけど。外で遊ばせれば、迷子になる。これは難しい問題だね。
ヴィジェとゼロが、謎の歴史書を作って遊んでいる。それは楽しいのかな。私には理解できない、高度な遊びなのかもしれない。
【エレが魔力が少ないって言っていた】
日記帳に書かれていた一文。エレに話すを聞ければいいけど、聞けそうにない。エレとフォルが抱き合っている。これを邪魔するのは気が引ける。
「また暇ができたら会いに行くよ。ごめんね、最近は仕事が忙しくて」
日記帳をノーズに返した。できるだけ長い時間一緒にいたい。でも、そう言っていられない。当主としての仕事があるから。
「そうなんだ。大変だろうけど、頑張ってね。リミェラが預けてきたエレとゼロに事は私達に任せて」
「うん。よろしく。フォル、そろそろ帰るよ」
エレとフォルが離れた。名残惜しそうに。
私はフォルを連れて、本家に帰った。
次に会いにいけたのは、二十日後。ずっと仕事が忙しくて。ようやく、二人に会える。いつも以上に足が軽い。今まで仕事をしてきたご褒美が、ようやくやってきたからかな。
今日はフォルは一緒じゃない。黄金蝶の教育が本格的に始まったから。でも、エレとゼロは来てくれるんだろうか。フォルがいないから、二人は寂しがるんだろうか。
ノーズが書いた日記は、今度はどんな内容なんだろうか。また、ゼロとヴィジェが高度な遊びをしてるんだろうか。
まだかな。まだかな。ノーズ達がくるのを待っている。約束の時間はとうに過ぎている。なのに、ノーズ達は来ない。
「……遅い」
あまりに遅すぎる。何かあったんだろうか。家の場所は知っている。
家に向かったけど、もぬけの空。ノーズとヴィジェだけじゃない。エレとゼロもいない。机に置き手紙がある。世界の異変の調査へ行くと。
「……エレが言っていたあれが」
家を出た。二人の居場所は、魔力を辿った先のはず。魔力の流れは、東の方。
魔力が集まっている場所。そこへついた。なのに、そこには誰もいない。ただ、草が広がっている。
「……憐れな娘だ。想う二人の御巫は消え、全ての希望は潰える」
「誰! 」
低い声が頭に響く。後ろの方から声が聞こえてきたと思う。確認してみると、誰もいない。隠れる場所などないのに。気配すらない。私もヴァリジェーシル本家の一人。気配を探るのは自信がある。
魔法で隠れていようと、ある程度は気配を感じられる。相手は相当な手練、としか考えられない。
魔法の痕跡すら感じさせないなんて。
「個体を表す名など、意味はなかろう。憐れな娘、一つだけ、忠告しておこう。希望も絶望も全て捨て去れ。全て呑み込まれたくなければ……さらばだ。もう会う事もないだろう」
それを最後に、低い声は消えた。結局、その声の正体は掴めなかった。
私達黄金蝶の最優先事項。それは、自らの選んだ御巫の守護。
声の事は後にして、二人を探そうとした。足は止まったまま。原因は、黒い魔力の塊。空中で黒い魔力が集まり、巨大化している。
それは、私の方へ向かってきた。浄化魔法で、魔力の浄化を試みる。
それは、浄化魔法の魔力を吸収して、さらに巨大化した。私の中に、入ってくる。
「エレ、ゼロ……どうして」
「信じていたのに」
ノーズとヴィジェの声。間違えるはずがない。二人の声が、エレとゼロが裏切ったのだと言っている。
「違う! あの二人が裏切るわけない! 」
初めのうちは、抗う事ができた。でも、次第に、呑み込まれてゆく。
二人は、ノーズとヴィジェは、エレとゼロに裏切られた。そのせいで、いなくなった。
その事実を、疑う事はなくなった。
「あの二人を隠す全てを、わたしが呪ってあげる。大丈夫だよ。全ての人が呪いで姿を変えれば、誰も大切な人を奪わないから」
私の中にいる、女の子。黒い魔力の中にいた子。彼女は、恨みや憎しみなど一切なかった。穢れた魔力の存在だというのに。彼女にあったのは、深い深い愛情。
大切な人のために動く、私への愛情。彼女も、大切な人のために動く一人、なんだろうか。
私の大切な二人に会いたい。その想いに、ただ、応えてくれているようだった。
御巫の素質を辿ってくれた。長い旅の中、ようやく、彼女は御巫の気配を見つけてくれた。
ああ、ようやく、ようやく、あの二人に会えるんだ。長すぎる時のせいだろうか。もう、顔も声も思い出せない。それでも、会えると思うと、心が躍るようだった。
「大丈夫。たとえ姿が醜くなっても、わたしが全てを愛してあげる。わたしがあなた達を、愛してあげるから、安心して」
本来の彼女は、どこまでも美しい心の持ち主だったんだろう。彼女の言動、一つ一つに、それを感じた。
水がない噴水。私はそこで、御巫がくるのを待った。何日も、何日も。彼女の言葉を信じて。
待った甲斐があった。二人組の気配。ようやく、見つけた。そう思って振り返る。けど、そこにいたのは、私の知らない御巫だった。
どうして、あの二人じゃないのよ。私がどれだけ、探していたと思ってるの。
その想いは、呪いへと姿を変えた。それが、初めて邪魔変魔法を使った日。




