10話 リミェラの過去
大雨の中、赤髪の少女リミェラは誰かを待っていた。隣には幼いフォルがいる。
フォルはびしょ濡れだが、リミェラは雨に濡れていない。
「フォル、風邪ひくよ。私が魔法」
「やだ。自分でがんばります」
フォルが懸命に魔法を使うフリをしている。だが、それをリミェラが知るわけもない。
自然の緑の絨毯を走ってくる数人の陰。エレシェフィールとゼロ。そして、リミェラが選んだ御巫のノーズとヴィジェ。
エレシェフィールは走った勢いそのままフォルに飛びついた。
「お待たせ、リミェラ」
ノーズとヴィジェは当時十三歳。だが、年齢以上に落ち着いた雰囲気と大人びた雰囲気の二人。
「ごめん。エレが着替えていたら急に家が爆発して」
「えっ⁉︎ エレ大丈夫? 」
ヴィジェの言葉に真っ先に反応したのはフォル。エレシェフィールはこくりと頷いた。
「なんかね、明かりの魔法具が誤作動起こして爆発したみたいなの。エレはびっくりしました」
「って事みたい。エレが見てくれなきゃ、何もわからなかったよ」
「びっくりしました。急に屋根さん降ってきて、屋根が降ってきて……びっくりだった。ゼロが助けてくれたの。エレとゼロは怪我ないの」
エレシェフィールがフォルに慰められている。リミェラはその様子を微笑ましい半分、心配半分で見ている。
「二人も大丈夫だった? 」
「うん。私もヴィジェに助けてもらったから」
「よかった。そういえば、最近はどう? 何か変わった事ない? エレは発作起こしてない? 」
エレシェフィールがこくこくと頷いている。濡れた草の上に座るノーズとヴィジェ。
ノーズがリミェラに日記を渡した。
その日記には最近の出来事が詳細に書かれている。
エレシェフィールとゼーシェリオンが部屋の中で追いかけっこをやるから困ってる。ヴィジェがゼーシェリオンと一緒に謎の歴史書を作って遊んでいた。他愛のない日常だ。
その中に埋もれるように書かれた一文。
【エレが魔力が少ないって言っていた】
リミェラはエレシェフィールを見る。だが、何も聞けそうにない。フォルと一緒に雨で濡れながら抱き合っている。
「寒いの」
「寒いね」
リミェラは新しい日記帳をノーズに渡した。日記に書かれていた一文は念のためと報告書に書いておく。
報告書はそのまま転送魔法でルーツエングの元へ送った。
「また暇ができたら会いに行くよ。ごめんね、最近は仕事が忙しくて」
「そうなんだ。大変だろうけど、頑張ってね。リミェラが預けてきたエレとゼロに事は私達に任せて」
「うん。よろしく。フォル、そろそろ帰るよ」
エレシェフィールが渋々とフォルから離れる。リミェラはフォルと一緒にノーズ達と別れて、本家へ帰った。
それが二人と会える最後と知らずに。
二十日ほどは二人に会いにいけなかった。だが、ようやく暇ができた。二人に会える。いつもより軽い足取り。今まで仕事をしてきた褒美がようやくもらえたと。
リミェラは二人のいる美しい緑景色の世界へと向かった。
いつもの待ち合わせ場所。いつものように二人を待つ。
今日はフォルがついてこなかったけど、エレシェフィールとゼーシェリオンは来てくれるんだろうか。
フォルがいないと寂しがるんだろうか。
ノーズが書いた日記はどんな内容なのか。ヴィジェはまた何か開発したのか。二人の話を今日はいっぱい聞けるのか。
これから起こる事を知っていれば、能天気な考えだったんだろう。
何も知らずに二人を待ち続けた。だが、二人はいつまで経ってもこない。
「……遅い」
流石におかしいと思ったリミェラは二人を探しに向かった。
二人の家に行くがもぬけのから。ノーズとヴィジェどころかエレシェフィールとゼーシェリオンすらいない。
机に置かれた置き手紙。世界の異変の調査に行くとだけ書かれている。
「……エレが言っていたあれが」
家を出て、魔力を探知する。魔力がある方角に向かっている。その方角へ走って向かう。
魔力が集まる場所に来ても誰もいない。何もない。ただただ広がる緑の絨毯。
「……憐れな娘だ。想う二人の御巫は消え、全ての希望は潰える」
「誰! 」
声は聞こえるが姿が見えない。ここは見晴らしのいい場所だ。姿を隠す事はできないような。
遠くにいるのであれば、ここまではっきりと聞こえないであろうというくらいはっきりと声は聞こえている。
魔法使用の痕跡はない。
「個体を表す名など意味はなかろう。憐れな娘、一つだけ忠告しておこう。希望も絶望も全て捨て去れ。全て飲み込まれたくなければ……さらばだ。もう会う事もないだろう」
声が消える。声の正体は分からずじまいだ。
本来であれば調べるべきだったのだろう。だが、リミェラ含む、黄金蝶達の最優先事項は自らの選んだ御巫に関する事だ。
ノーズとヴィジェを探そうとするリミェラの目に真っ黒い何かが映った。それは空中で巨大化する。黒い何かがリミェラの方へ向かってくる。
リミェラは光魔法と浄化魔法で退けようとするが、逆効果だ。魔力を飲み込んでさらに巨大化する。
なすすべもなく、リミェラは黒い何かに飲み込まれた。
「エレ、ゼロ……どうして」
「信じていたのに」
それは疑いようのない。正真正銘ノーズとヴィジェの声。
エレシェフィールとゼーシェリオンが二人を裏切った。その声ははっきりとそれを教えていた。
「違う! あの二人が裏切るわけない! 」
たとえノーズとヴィジェの声でも、それを否定する。その言葉を信じなかった。
初めのうちは。
時間をかけてゆっくりと黒い何かはリミェラを侵食していく。
エレシェフィールとゼーシェリオンは裏切っていない。ノーズとヴィジェがいなくなったのは別の理由があるんだ。
その考えが消えていく。代わりに生み出されたのは
「あの二人が……あの二人が……私の大事な御巫を」
歪められた事実。
「……探さなきゃ。あの二人を……私の御巫を返してもらうために。私の……私の……ずと……じぇを」
大切な存在。だが、その事実を受け入れた後から二人の名前の一部だけ消えている。二人との楽しい記憶は全て消えていく。
黒い何かは、全てを思い出し、二人を救うためにはエレシェフィールとゼーシェリオンを贄とする必要があると囁いた。
その声は誰にも聞こえない。リミェラ以外には。
リミェラはその声に従い、エレシェフィールとゼーシェリオンを探す長い旅に出る。
「……ここにもいない」
初めはエレシェフィール達だけだった。だが、次第に黒い何かの与える偽りは増えていく。
ノーズとヴィジェを奪ったのはエレシェフィールとゼーシェリオンだけではない。この世界にいる全ての人がリミェラの大事な二人を奪ったんだ。黒い何かはリミェラにそう囁いた。
もう疑う事はない。ただ黒い何かを信じ従うだけ。
声を信じて次なる場所へ移動する。
「……人がいっぱい。この全てが」
リミェラは水が枯れた噴水の上で空を見上げた。多くの場所を訪れてきた。ここは特に、大地の枯れが激しい。
「あの二人を隠す全てを、わたしが呪ってあげる。大丈夫だよ。全ての人が呪いで姿を変えれば、誰も大切な人を奪わないから」
それはリミェラの言葉ではない。あの黒い何かの中にあった人格。その人格にあるのは恨みではない。その人格は大切な人のために動いたリミェラへの愛だけを持っている。
「大丈夫。たとえ姿が醜くなっても、わたしが全てを愛してあげる。わたしがあなた達を愛してあげるから、安心して」
空に向かってそういう黒い何かの人格。
それからしばらくして、きた二人はなんの因果か御巫の素質を持つ二人組だった。




