8話 エレシェフィールの変化
シェフィが帰った後、ゼロ達が戻ってきた。ゼロ達のお顔を見れない。ずっと俯いている。
なのに、ゼロ達は何も言わなかった。そのまま、何事もなかったみたいに、転移魔法をイヴィが使った。
エクリシェに帰る。
エレは、ゼロ達に何も言わずに、一目散にある場所へ向かう。
紺色の扉。エレのお部屋のお隣さん。
扉を開ける。紺色の落ち着いたお部屋。椅子に座っているフォル。エレは、フォルに抱きついた。
いつもならきっと、魔法具の制作状況とか考えた。作業が終わるまでは、おとなしく待ってた。でも、そんな事すら、できなかったの。
「エレ? どうしたの? 」
「わからないの。エレの知らないエレがいっぱいで……それで……それで……わからない……エレは……」
「うん。そうだよね。大丈夫。大丈夫だから落ち着いて」
フォルは、エレがちゃんと説明してないのに、理解してくれてるみたい。視界が滲んでいる。ほっぺがお水で濡れてる。
あの術の後、エレじゃないエレを見た。世界の住人であるエレ。あるはずのない、星の記憶。
エレの唇に、柔らかいものが当たった。赤色の果実。見覚えある気もしなくもない。お口の中に入る。とっても甘い。
「龍族の国でしか取れない貴重な果実。リラックス効果があるみたいだよ。少しは落ち着いた? 」
エレはこくりと頷いた。ちょっとだけ、落ち着いたの。果実のおかげ、じゃないけど。ある意味では、果実のおかげ、かも。
当たったのが、別のものならよかったのに。
「エレ、君は今どうしたい? 」
「呪いの聖女を……リミェラねぇを助けたい。魔星を助けたい」
そんなの、決まってるの。
「うん。なら、今はそれだけを考えな。君に理解できるように、君の事を少しずつ教えていくよ。それとエレ、彼は今を捨てさせようとなんて、思ってないよ。今があるからこそ、未来を見ているんだ」
今があるから、未来を見れる。逆も、なのかな。過去があるから、今のエレがいる。
エレじゃない記憶。エレは、エレを否定してた。記憶の人とエレは、別人。シェフィは、エレを、その別人にしたいんだって。無意識にそう思ってた。それを、フォルが気づかしてくれた。
でも、違うんだよね。シェフィは、言ってたの。負けないでって。あれは、エレがエレの記憶に負けないで。そういう事、なのかも。
エレは今、どんなお顔してるんだろう。きっと、なんの希望もないってお顔してる。エレは、強くなんてないの。
「……エレ、君は僕らの願いから生まれたようなものなんだ。一緒にいたい。その想いが形となった存在。その中に星の姫の夢が……君の核となる人格が宿ったんだ。今の君は人形なんかじゃない。一人の少女としていられるのは、君の中に眠るそれのおかげなんだよ」
「……」
「でも、その夢はぐっすりと眠って、君は記憶を失っていたんだ。そのまま過ごしてきた君は、突然その記憶が表に出てくれば、混乱するよね。不安になると思う。でもね、その記憶も、今の君も、エレシェフィールである事に変わり無いよ」
いつも以上に優しい声。エレが理解できるように、言葉を選んでくれてる。
「君が今を否定しない限り、君は君なんだよ」
今を否定しない限り、エレは、エレ。
エレは、フォルがすき。頭を撫でられるのも。この、背中に感じる温もりも。全部、だいすき。
ゼロがいなくなって、悲しかった。なんで勝手にいなくなるの。なんて、勝手に裏切られたと思った。
その想いは全部、エレが、世界で生まれて育んできたもの。
全部、今のエレなの。その想いを、否定したくない。
「記憶なんて、戻れない日常なだけだ。それにばかり目を向けていても、何も得られないよ。もし、得られるものがあるとすれば、それは虚しさだけだ」
それは、エレに言ってるの? 自分に、言ってるの? きっと、両方。
この、後悔の記憶も、知らない記憶も、所詮は記憶。なくなる事だってある。改竄される事だってある。曖昧なもの。それに縛られる必要なんて、本来どこにも存在しない。
エレの身体が宙に浮いた。フォルのお膝の上に座らされる。
「まぁ、それを理解していても、前に向けないのが人なんだろうけどね」
「……うん。そうかも……でも、そこから抜け出そうとするの……今すぐはむりでもがんばるの。フォルにちゅきって言ってもらうためにも」
エレも、すぐに割り切れって言われても、できないよ。記憶があるから、失敗が怖くなる。過去の自分に縛られる。もし、その檻から抜け出せれば、エレは、何者にでもなれるのかな。
本物にも。エレの思う愛姫にも。そうすれば、フォルと正式に——
フォルの温もりを感じていよっと。目を閉じると、なんだか眠たくなってくる。
「……にぇぇ、いちゅかりゃ気づいててゃの? エレの事。ちゃいちょから? 」
「最初からじゃないよ。元は夢の花で、人格は僕らの記憶を合わせる予定だった。でも、どういうわけか、記憶以上のできになったのは不思議だったけど、偶然で片付けていたんだ。それが違うって気づいたのは、最近。多分、僕と彼以外は気づいてないよ」
「……ちょーだったんだ。フォルとひみちゅ……ちゅき……でも……みんにゃ、エレおはにゃって思ってりゅの? ……おはにゃ……フォルのおはにゃ……ちゅき」
眠いけど、寝たくない。フォルは、エレの言葉を聞き取ってくれる。
「うん。そうだと思うよ。夢の花の詳細すら、他のみんなは知らないからね。疑問に思っていても、答えには至ってないんじゃない? 術者の僕と、つながりの強い彼だからこそ、その答えまで辿り着けたんだ。ていうか、眠いなら寝な」
夢の花。フォルの術。エレは、二つの意味で、フォルが愛を捧ぐ存在。フォルの、特別。
とく、べつ。なんだか、お顔がぽかぽかになった。
ここで寝ようとしたけど、ちゃんと自分の足で、ベッドの上に向かう。
「いつも気にしないじゃん」
「……今日は、にゃん、はじゅかちいの」
「僕の部屋で寝るのは恥ずかしく……なんでもない。おやすみ、僕のお姫様」
フォルに背中向けて眠る。エレの気分は雨季の空。
「……ほんと、警戒心のかけらもない。まぁ、そのおかげで気づかれる事なく魔力安定剤を注入できるんだけど。苦い薬はいや。注射の針を見ると泣き出す。発作出てる時ぐらい大人しく我慢して欲しいよ」
おはよ。なんだろう。魔力が安定してる気がする。
「ああ、起きた? 寝起きで悪いんだけど、抑えているとはいえ、そろそろどうにかしないと公に出る事になりそう」
「……みゅぅ……ぷにゅぅ……わかったの……連れてって」
「うん。わかったよ」
フォルはずっと、エレのおそばにいてくれたみたい。フォルに抱っこしてもらって、エレのお部屋に向かう。
フォルが集めたのかな。みんないる。
「呪いの聖女の居場所はわかっている。そこへ今から向かうのはいいんだけど……誰かエレに守護のネックレスとかあげてくれない? 僕今持ってなくて」
アディは英雄とまで言われた騎士の師匠。当然強いの。ゼロは半強制的に暗殺組織にいた事ある。そこで一番強かった。当然戦える。イヴィは、基本は支援。でも、一人でも十分戦える。フォルも当然。
そうなの。エレだけが戦えない。戦力外。自分の身を守る事もまともにできない。
ゼロ達が首を横に振ってる。
エレは、身を守る術を自分が持ってる道具に頼る。収納袋からスッと、球状の魔法具を取り出した。
「却下。今から洞窟行くんだよ? 崩落させる気? 」
「じゃあ、この誰かがくれたネックレスにしよっと」
すぐにフォルに止められた。まだ何も言ってないのに。仕方ないから、この前お部屋に置いてあったお星様をあしらったネックレスにする。手紙に押された、あの紋章はシェフィだと思う。
「守護のネックレスってそれだろ。持ってんなら初めからつけろよ」
ゼロがお仕事のようにツッコむの。それはいいとして、これで、準備は完了。呪いの聖女を——リミェラねぇを助けにいくの。




