7話 かつての問い
転移魔法を使いメモの場所へきた。
闇色の花が一面に広がっている。それは不気味とは思えない。むしろ美しい景色だ。
エレシェフィールはフォルから渡されたメモを見る。フォルが理解するために書かれているメモだ。
エレシェフィールには理解する事ができない。
「穢れ地、浄化の魔法陣。十の魔法陣等角。中心浄化。これだけだと完全に浄化されるから、穢れだけを浄化するために、魔星を守る保護魔法を使う……えっと……どうすればいいの? 」
「穢れ地はこの場所なんでしょう。十個の浄化魔法陣を等間隔に描く。その中心で浄化魔法と保護魔法を使うだけでしょう……そんなに簡単なら何もあるはず……」
「とりあえず、浄化魔法陣を描いてみるの。みんなも描くのお手伝いしてね」
エレシェフィールは浄化の魔法陣を描く。できるだけ等間隔に。ゼーシェリオン達も手伝っている。
手伝いのおかげだろう。本来であればもっと時間がかかるはずが短時間で終わらせられた。
十の魔法陣は全て違う。大きさも魔法陣自体も。
「これでいいのかな? 」
「大きさとか規定書いてなかったんだろ? なら別に大丈夫だろ」
「……うん」
十の魔法陣の中心。エレシェフィールはその場所に立つ。
ここまで揃えていないのに大丈夫なのか。そんな疑問はありながらも、エレシェフィールは胸の前で両手を組んだ。
メモに書かれてある内容を信じる。エレシェフィールは浄化魔法と保護魔法を同時に使う。
魔法は正常に発動した。だが、魔法はすぐに消えてしまう。
「……ふぇ? これって持続型の魔法具なんだよね? どうしてすぐに消えるの? 」
メモ通りに進めていれば魔法は成功する。そう信じていた。だが、目の前で魔法は消えた。エレシェフィールはわけもわからず、周囲に説明を求めた。
だが、その答えを持っているはずのフォルはいない。ゼーシェリオン達は説明する事ができないのか黙って顔を見合わせている。
「決して手の内を明かすな。文書に残すのであれば簡単に解読できるようなものはやめろ。常に見つけられる可能性を考えろ……メモをその通りに読んでも失敗するだけだよ」
どこからか声が聞こえてくる。エレシェフィールのよく知る声。今回は初めから音声変換魔法具は使用していない。中性的で柔らかい声。
もしかしたらと期待してエレシェフィールはきょろきょろと周囲を見渡す。だが、彼はいない。
「浄化系統の十の魔法陣。描き直して、大きさは全て半径二十から三十の間。全て別の魔法陣で」
メモに書かれていない部分。その抜けを補完してくれる彼。エレシェフィール達は彼の言葉を信じる。
どの魔法陣を描くか宣言しながらエレシェフィール達は十の浄化系統の魔法陣を描く。
魔法学においては詳しいエレシェフィール。ゼーシェリオン達のために有名どころは控えている。
十の魔法陣を描き終える。その報告をする間もなく声が聞こえてくる。まるでどこかで見ているように。
「お疲れ様。次は全ての魔法陣に持続させるための魔法陣を描き加えて。こっちは小さくていいよ。何を描けばいいのか。それは自分で考えて。それができれば、君とだけ会ってあげる。少しだけどね」
フォルと一緒にずっと探し求めていた相手。ようやくその相手に会える。ずっと一緒にはいられない。それでも会えるならいい。
彼に会いたい。その想いがエレシェフィールの中で溢れる。だが、それで都合よく思いつくわけもない。
エレシェフィールは地面に描かれている魔法陣をじっと見つめる。
「……持続だと時空魔法? でも、時空魔法にそんな効果ない気がする」
「そうですね……時空魔法で時を止めたとしても、使い物にならないでしょう」
「時空を歪めて魔法の永続なんて研究聞いた事あんだが、あれも不完全だかんな。あと、特殊な結界」
「……俺らは、俺とエレはそれに近いもん見てるんじゃ……あの時、あんな結界魔法を人の手を加えずに持続させるのなんて普通できねぇだろ」
誰も辿り着く事はできていない。だが、エレシェフィールにとっては、ゼーシェリオンのその話が答えを見つける手がかりだ。
呪いの聖女のきっかけになったであろう件。エレシェフィールとゼーシェリオンが見たもの。その時全てを解析できたわけではない。
だが、どういう魔法なのか。理論を立てられるほどには解析できている。
「……あれなら」
その中にあった魔法。それを発動する魔法陣。エレシェフィールは時空魔法系の魔法陣を描く。
「封印の応用か……さすがは僕のかわいいお姫様」
「……お姫様や」
「……僕のかわいい以外は近くにある洞窟に入って、入り口は氷魔法で閉じておいて。十分くらいでいいよ。十分経ったら出てきて。僕のかわいいは魔法陣の中心に」
エレシェフィール以外とは会いたくないわけではないんだろう。
決して手の内を明かすな——彼はこの魔法をゼーシェリオン達に見せたくないんだろう。
ゼーシェリオン達は洞窟に入る事自体には何も言わない。
「……何勘違いしたんだあいつ? 」
「愛姫様は兄から姫呼ばわりは嫌だったんでしょうけど……」
「姫さんにとってその呼び方が距離を取ってるだけに見えんだろ。だからってあれはねぇが」
エレシェフィールも内心同じような事を思っている。だが、それ以上に彼にそういう一面があるんだという方が大きい。もっと彼を知りたいと。
ゼーシェリオン達が洞窟へ行き入り口を閉じる。エレシェフィールは輪のように描かれた十の魔法陣の中心に立つ。
「……ひさしぶり」
あの写真の男の子がそのまま成長した姿。間違いない。彼はずっと会いたかった相手。
エレシェフィールの瞳から涙が溢れる。それは、再会か別れか。どちらなのか。本人ですら理解していない。
無言の時間。それすらも愛おしく感じる。
彼が収納魔法から魔法杖を取り出す。彼の右手がエレシェフィールの左手を握る。握った手は魔法杖に移動する。
一緒に持て。そう言っているように。エレシェフィールは両手で魔法杖を握る。彼と一緒に。
「エレ、覚えておいて。どんな事があろうと僕は……僕らは君を愛してる。君は何があろうと君でしかないんだ……なかったんだ。だから、不安にならないで。君の中にある小さな存在に目を向けて。その存在に……君に触れて」
「ふぇ? 」
「わからないよね。少しだけ、力を貸してあげる」
エレシェフィールはこくりと頷いた。何かが流れてくる。彼の神聖力だろう。魔力とは全然違う。その力が、エレシェフィールの奥底に眠る何かをわずかに活性化させた。
その何かが、彼の神聖力と共鳴している。
桃色の光が魔法陣の中心で漂う。
「……」
「……ぽかぽかだね。よくがんばったね、僕のかわいいエレ」
これはエレシェフィールなしでは決して成功しない術。エレシェフィールはそれを理解してしまう。フォルがいたとしても、成功する事はなかった。彼でなければだめだった。
「……いか、ないで。一緒にいて……ずっと、じゃなくても……今だけでも」
「……ごめん。ごめん……混乱するよね。でもね、エレ……君なら絶対に大丈夫だよ。僕がいなくても。でも、不安だよね」
彼の唇がエレシェフィールの額に当たる。
「怖くなったら、いつでも一緒だって思い出して。そんなものに負けないで。そうすればきっと……」
「……いつか、一緒にいられる? ……でも……エレはいったい」
「それこそ君の恋人でも頼りな。あの子は僕以上にちゃんとした答えを教えてくれる。またね、エレ。次はちゃんと笑顔を見せるんだよ。それと、僕はがんばる子には甘いんだ。またこうしてご褒美、あげるよ」
最後までおにぃちゃん。そう思わせるような優しく強い彼。
「……ねぇ、君の世界は残酷なだけなの? 」
頭を撫でる手。その言葉。彼が去り際に残したもの。
転移魔法を使いどこかへ行ってしまった。もう聞いていないだろう。
「うん。残酷だよ。世界は残酷。そんなの、変わらないよ」




