2話 優しさの形
エンジェリアがゼーシェリオンに信じてみるという決意をした後。ゼーシェリオンが用事があると言って部屋を出た。
今はエレシェフィール一人。エレシェフィールは暗い空を見つめている。
ゼーシェリオンが部屋を出てからすでに二時間は経っている。流れる時がエレシェフィールの不安を募らせる。
「……」
誰かがいれば余計な事は考えないかもしれない。エレシェフィールは、誰かを探しに部屋を出ようと考えるが行動には移していない。
このまま誰も来ないんじゃないか。ずっと一人なのかもしれない。エレシェフィールがそんな事を考え始めていると扉が開いた。
「……っ⁉︎ 」
エレシェフィールは、反射的に扉の方を見た。青緑髪の少年が大量の本を持って扉を閉めている。
エレシェフィールは青緑髪の少年が持っている大量の本に視線を向ける。
「……エレに本の複製やらせてお金貯めるの? 」
エレシェフィールは、両手で拳を作り、悲しげな瞳を青緑髪の少年に向けた。
「違うよ。これは僕の仕事道具。全部必要な資料だよ。自分の部屋で仕事していたんだけど、全然進まなくて。場所が変われば気分も変わるかもしれないから、ここで仕事して良いかな? 」
青緑髪の少年が困ったように笑う。エレシェフィールは、青緑髪の少年の問いに答えるより先に大量の本を二度見、三度見と何度も見ている。
「……お仕事大変そうなの。一緒にいて欲しいの」
エレシェフィールはそう言って、青緑髪の少年をベッドの上に招いた。
青緑髪の少年がベッドの側に小さい机を持ってくる。
「これでも少ない方だよ。ああ、そうそう。覚えているとは思うけど、今はフォル・リアス・ヴァリジェーシルって名乗ってるから合わせて。よろしく」
エレシェフィールは間違えるも何も、フォルとしか呼ばないからその心配はない。エレシェフィールはこくりと頷いた。
青緑髪の少年、フォルがエレシェフィールの頭を撫でる。
満足したのだろう。フォルがエレシェフィールの頭から手を離した。暗号のような文字が連なる報告書の確認を始めた。エレシェフィールは何もする事なく、ただじっと見つめている。
「……エレにもお手伝いできる事ないの? お手伝いできる事あるならがんばる」
エレシェフィールは両手をフォルの膝の上に置いてそう言った。上目遣いでじっとフォルを見つめる。
役に立てれば捨てられずに済む。エレシェフィールが手伝いを始めた理由はそれだ。だが、今は褒めてもらうためにする事になっていた。
「あるよ。リブイン王国で二日後に行われる婚約発表。それに参加して欲しいんだ。連中の望む悪女のお姫様として。でも、あまり気張らなくて良いよ。今の君を見ておきたいだけだから」
フォルがエレシェフィールにリブイン王国に関する報告書を見せる。
そこに書かれているのはエレシェフィールにとって嬉しいものではない。だが、エレシェフィールは表情を変える事なく、その内容を読んでいる。
「……エレの事、初めから道具としか思っていなかったんだ」
報告書の内容を全て読んだエレシェフィールは、ぽつりと言った。
「……エレ」
「……大丈夫だよ。エレは元々期待なんてしてなかったの。全部、全部嘘だったとしてもなんとも思わないよ」
エレシェフィールはそう言って書類から目を離した。
「嘘、か。ここもそんなに変わらないと思うけど……ううん。違うか。少なくとも僕らは君にこんな事はしない。君の居場所を奪わない」
フォルの表情は笑っているのにどこか寂しそうだ。
エレシェフィールは両手でフォルの手を握った。
「違うよ。ここは……ここがエレを初めていて良いって……エレを歓迎してくれた場所なの。それだけで……それだけでエレは……エレには特別なの! 」
何度も言葉に詰まりながら、エレシェフィールはフォルのために想いを告げる。
数秒の空白の時間。エレシェフィールにはそれが長い時のように感じる。
「……そっか。ありがと。僕も、ちゃんと覚悟決めないと、なんだよね。エレ、僕の事信じてくれる? 」
悲しげなフォルの表情。エレシェフィールはフォルをまっすぐと見つめてこくりと頷いた。
「……ありがと。たとえ世界を騙しても僕は君を守るよ」
エレシェフィールはフォルの言葉にわずかに表情を曇らせた。
エレシェフィールは守って欲しいわけではない。一緒にいてくれさえするのなら、守ってもらわなくても良い。だが、エレシェフィールのその想いを伝える事はできなかった。
想いを伝えられず涙ぐむ。
「……今すぐに変える事なんてできないよ。割り切れるほど強くないから。でも、君に悲しい想いばかりさせたくないっていうのはほんとに思ってる事なんだ」
「……」
「もし、僕を信じてくれるならさ、この件が終わった後、前回の事、ちゃんと決着をつけてくれるよね? あの子を引きずり出すためにも」
フォルがエレシェフィール頬に触れる。
エレシェフィールはこくこくと頷く。
「うん。ちゃんと決着をつけるの。フォルを自由にさせてあげるためにも、エレはフォルは大丈夫。わかってくれているなんて思わず、ちゃんと向き合うの。だから、フォルもちゃんと向き合って。エレにフォルの想いを教えて」
エレシェフィールはそう言ってフォルの頬に口付けをした。頬を真っ赤にしてフォルを見つめる。
「……エレ、ちゃんと愛の神聖の代わり務めるから。みんなの想いを受け止めて、みんなを支えるから。エレも会いたいの。だから、がんばる。きっとこれは必要だから」
エレシェフィールは両手を胸に当てる。瞼を閉じる。エレシェフィールがつけているブレスレットからわずかに甘い匂いがする。
その匂いがエレシェフィールの脳裏にある映像を見せた。
靄がかかっているため鮮明ではないが、今のエレシェフィールに少しだけ似た少年の泣き顔。なんて言っているのかも思い出す事ができない。エレシェフィールが最後にその少年を見た記憶。
エレシェフィールは少年がいなくなった原因を覚えている。
「……落ち込んだ時はねむねむなの。フォルも一緒に寝るの」
エレシェフィールは寝転んで隣にフォルを招く。
「仕事」
「急ぎじゃないんでしょ。ゼロに聞いて様子見に来てくれたんでしょ。エレはみんなの事いっぱい見ているの。だから、隠してもむだなの」
エレシェフィールは得意げな表情で言った。
フォルが書類を整えている。書類を整え終えると、諦めたような表情を見せてエレシェフィールの隣に寝転んだ。
「……ねぇ、エレ、本当に代わり務まるかな……なんでもないの。ねむねむだからおやすみ」
エレシェフィールは抱き枕をぎゅっと握った。フォルに泣き顔を見せないように抱き枕で隠す。
「……その重圧を理解しているだけでも十分だよ。それすら理解出来ないなら、誰もついてこないから」
フォルがエレシェフィールを抱きしめる。フォルの温もりを感じながらエレシェフィールは黙って寝ているふりをする。
「……エレ、完璧にならなくて良いから。完璧になんてなれるわけないから。僕らと違う君がおんなじになれるわけないんだ。だから、無理せず僕らを頼って」
「……違うって……エレが、複製品だから? 」
エレシェフィールの声は抱き枕でこもっている。エレシェフィールは布団に潜った。
「……僕らが神聖だからだよ。絶対に君はおんなじになれない。誰も、僕らとおんなじにはなれない。でもね、おんなじじゃなくても、君が僕らの一番の理解者ではあるんだよ。君は十分特別なんだよ。複製品なんかじゃなくて、エレシェフィールという女の子として」
どれだけ言葉を聞こうと、エレシェフィールとフォル達への埋められない溝にしか聞こえない。エレシェフィールはフォルに背を向けて眠った。
「……ごめん。こんな事言って。でも、僕らの痛みを君に教えたくないから」




