1話 偽りの居場所に知らない答え
——エレはもう、誰も愛さないの。
その言葉だけが、記憶に残っている。どうしてそんな事を言ったのか、なんてわからない。関係ない。
だって、ここから出られないんだもん。ずっと一人。このせっまいお部屋の中にいるの。
いっぱい積まれている本。椅子と机、あとソファ。このお部屋にベッドはないの。だからいつもソファで寝てるんだ。
ここがどこなのか。知らない。言われるがまま。とっても古い本を、机の上の方に置いている。手元には白紙の本。ずっと使っていたら、赤い模様のついたペン。ペンを左手で持つ。
カシカシとペンが紙に擦れる音。初めは心地よかったと思う。でも、今じゃ何も思わない。
上に置いた本の内容を、手元の本に写している。
これでお金が手に入る。そんなお話聞いた事ある。
「……ふぁぁ……お散歩忘れてた」
数日に一回だけ、休憩していいって言われているの。本を閉じる。左手で持つペンを置く。
長時間椅子に座っていた後だと、お尻が痛いよ。お部屋は、足の踏み場がないの。本を踏むのはや。わずかに見える、木の色の場所が安全地帯。つま先立ち移動。バランス感覚が大事。
時間をかけて、扉の前に到着。ゆっくりと扉を開けると、世界が変わるの。目が痛くなりそうで、下を向く。上は、きらきらと輝いているから。下は、薄い模様の石。
目に見えるものと正反対。しーんとしている静かな廊下。
コトコト——小さな音が響く。
向かった先にあるのは、木目。それにドアノブ。ここには似合わないけど、この方が開けやすい。
両手で扉を開ける。目に映った高い壁。緑色の草の地面。色とりどりのきれいなお花が咲く、両端の花壇。石の道。
お花は、自然に咲いている。その姿が、エレに勇気を与えてくれるんだ。
「……また」
ふらぁ。よろけたけど、転ばなかった。また発作。
魔力なんちゃらっていう病気、らしい。
お薬をポケットの中に入れてあるはず。探し——ない。お薬、忘れてきちゃったみたい。
でも、どうでもいっか。倒れようとどうしようと、誰も気にしないんだから。もう立つの大変だから座ろ。
地面は石でちょっと硬い。お花はきれい。最後は、お花のそばにいたいって思っていたんだよね。
「……っ⁉︎ 」
不思議な事が起きた。地面に知らない影ができている。高い壁に囲まれたこの場所で——
「……何やってんだろ」
ぽかぽか。生まれて初めての感覚かも。人のぬくもりって、こんなにもぽかぽかしていたんだ。
ううん。初めてじゃないかも。エレは、ずっとずっとこのぽかぽかの中にいたんだ。
十六年前? 転生して、全部忘れちゃう前。あっ、お水だ。冷たい。しょっぱいお水が地面に落ちている。
「……そんなの、わかんないよ」
記憶が戻っちゃうと、本当に自分が何をやっていたのか。何をやりたかったのか。何もわからなくなっちゃった。なんだか、少しだけ動けそうな気がしてくる。
そういえば、今日のお洋服はどうなのかな。今どんな顔をしているのかな。
お仕事のお洋服じゃない。でも、エレがあげた緑色のリボンはつけてくれている。お顔は、紺色のヴェールで見えない。
エレがお嫁さんで——だとしたら、ヴェールはエレだからおかしくなっちゃう。この想像はやめよっと。
「……ねぇ、お姫様。僕と一緒にこのどうしようもない運命の中、踊ってくれる? 」
ぽかぽか離れちゃったの。寂しいけど、我慢する。
涙拭かないと。それに、ちゃんと答えないと。
「踊るのはきらい。だからね、ずっと足掻き続けるの。それが、エレシェフィール・ノーヴァルディア・エンシェルト……偽りの愛姫としての生き方なの」
記憶はまだ断片的。ほんのちょっとしか戻ってない。でも、おにぃちゃんからもらったお名前に、恥じないために。
それが本物を知る人にどう映るか。わかんないの。というかお顔見れないんだから、何もわかんないの。向こう側からは見える仕組み。前にそう聞いた気がする。
「そっか。うん。いいよ。付き合ってあげる。いつか終わりを迎える偽りの時の中で」
終わりはや。いつかの本当のお別れ、なんて考えたくない。
お顔見せてくれた。ヴェール外してくれたの。見慣れた翠色の瞳がエレを見つめる。穏やかな笑顔が、どこか悲しそう。
その笑顔を見てると、お胸の辺りがギュッてなる。
「……とりあえずここから離れるか。転移魔法使うけど大丈夫? 」
記憶が戻ったからわかるの。転移魔法は、座標? 場所がわかればどこでも行けちゃう便利な魔法。便利だけど、失敗した時は大変な目に遭うからご注意を♡
エレが大丈夫だよって頷くと、転移魔法使ってくれる。今回転生して初めての転移魔法。
白色の淡い光がエレ達を包むの。
光が消えると全く別の景色。ピンクの壁。空色の床。一言で言うとかわいい。
これもこれも、今回の転生では初めての場所。世界のエレ達の住居って言えばいいと思う場所なんだ。いっぱいある世界、そのどこにも属さない、天の箱庭エクリシェ。
お外からどう見えるかはわかんないの。どこからも見えないから。
ちなみに製作者はエレとフォル。
あそこにいたエレからすると信じられないほど広い。なのにここでは狭い方。ここでは大きく五層に分けて、全ての層にお部屋あるの。上に行くと大きくなって、ここは最下層。イメージは逆三角柱。設計図に何年かけた事なんだろう。
感極まっていると、抱っこされてベッドへ連行。おとなしくしてろという事なのかな。寝かせられた。
「今日はゆっくり休んで」
それだけ言って、お部屋のお外に出て行ったんだけど。とりあえず、扉に背中向けて一人で泣いとく。
寝ようとすれば、悲しくなくなるのかな。
「……」
カタッ
扉の音が聞こえた。でも、エレの求めている人じゃないの。見なくてもわかる。
「……だぁれ? 」
お話しする気ないけど、一応聞いてあげる。
「そんなにいやだったら引き止めろよ。それくらいでいやがらねぇよ」
この声は、この呆れが混じった声は、一人しか知らない。仕方ないから身体向けてあげる。
青黒髪と先端の銀の髪。銀は昔のエレより明るい気がする。何にもわかってない、吸い込まれるような青い瞳がエレを見ているの。
「……エレにそんな事できるわけないの。偽物の……たかが代わりの分際で、神聖達にわがまま言えないの」
神聖は、星で特別な役割を担う人達の事ってちゃんとお勉強した。エレはじっと睨んでやったの。何もわかってないその瞳を
「まだそんな事言ってんだな。少しは自分の貰ってきたものに目を向けたらどうなんだ? 本気でただの代わりと思ってんならここまでのものはやらねぇだろ」
勝手な事ばっかり言うの。
「……しゃぁー」
威嚇してやる。威嚇効いてない。
「……すぐにはできねぇか。けど、一度考えてみてくれ。俺らがそんなわがまますら許さねぇように扱ってきたのか。いくらでも待ってやるから」
本当に何もわかってないの。エレにはその優しさが一番やなんだから。あの時だって、その優しさのせいで——
でも、その優しさがあるから、エレはエレでいられたの。
だから、がんばって左手動かして、その優しい右手に触れる。
「……そば、いて。ゼロは寂しがり屋さんだから、エレがそばにいてあげるの」
前々回のお礼。命懸けでエレを救ってくれた。エレがそばにいてやるの。握られた左手はちょっと冷たい。
「……簡単に信じられないの」
エレの一番のわがままは、聞いてくれなかったんだから。
「……だよな。なら、これならどうだ? 」
さむっ⁉︎ 寒すぎるの。お部屋が真っ白。お布団くるまって暖をとる。
なんでゼロはこの寒さで平気なんだろ。
「俺は……ゼーシェリオンジェロー・ミュード・アロジェーシンティードは神聖の名にかけて二度と汝の想いを裏切らず、共に歩むと誓う」
神聖の誓いは特別って教わったの。そんな特別なもの、どうしてエレに使うんだろう。エレが一番望むものだけど、わかんない。
「エレ、俺は自分で使いたいから使ったんだ。お前も自分でどうしたいか選べ。お前を縛るもん全部忘れて、お前の感情だけで」
真剣なゼロのお顔。エレの望み。ずるいの。そんな特別でエレの心の奥に踏み込むなんて。
いいのかな。エレがそれを受け入れて。望んで。
ゼロだから応えてあげるの。
エレの心のある場所は——
「その誓い、受け入れるの。ゼロはもうエレの前からいなくならないで、ずっと一緒にいて。それが、エレの想い。その想いを裏切らないで」
いつかの願いが叶う時、一緒がいい。そのために生きようと思う。信じようと思う。でも、不安だから
「……エレ、きれい? 美しい? 」
あの言葉を、ゼロからもう一度
「当然だろ。だから堂々と醜く足掻いてやれ。お前を嫌う世界で、愛らしい笑顔を振り撒いてやれ。俺らの大事な一輪の花」
やっぱり、ゼロはエレの光なの。変わらない。そのまっすぐ向けられた笑顔。
「……ねぇ、世界は残酷なの? いつかその答え聞かせて」
それまでがんばるから。窓の外を見る。その言葉はおにぃちゃんに向けて。




