プロローグ いつかの未来と優しい偽り
【世界は偉大なる姫により創造されしもの。そこには見えざる意思があり。世界は幾度となく生み出される。破壊と創世のサイクルにて。世界に生まれし者、世界に転生する。なら——は?
中略——
かつてこの世界にて生まれし、世界の守護姫。役割放棄し、龍の子と恋路を進んだ。
新たに役割与えられし者、世界は彼女を拒絶する。まるで世界の生んだ小さき御子でないように
——ユグベーズ手記より】
見渡す限りふさふさの、緑色の地面。長く、サラサラと揺れる濃藍と銀色の髪。それは緑の上に咲く花のよう。光のない紺藍と紅碧の瞳、どこか遠くを見つめている。
「……」
カサカサ——草原を踏み締める音。少女の前で止まった。少女の目の前が暗くなる。
「やっと見つけた。あの姫の複製品なんて呼ばれてるけど、全然変わんないじゃん」
少女は顔を上げた。そこには、柔らかい笑顔を浮かべた、中性的な少年の姿があった。
「行くとこないんでしょ? うちに来なよ。面倒見るから」
少年が右手を差し出した。少女は、ゆっくりと左手を動かす。少年の右手の上に乗る少女の左手。
「僕はシェフィム。君は? 」
「……知らない」
少女は短く答える。世界の恩恵。それどころか、個人を示す名。それすら少女は持ってなかった。
少女の知る世界。それは優しさのないもの。
どうせ誰も、自分に名を与えてなどくれない。
その考えを覆される。そんな笑顔が目の前にある。
「なら、エレシェフィールは? この辺だと見ないけど、君みたいにかわいい花の名前なんだ」
どんな花なのか。何も知らない。それでも、その名は特別。少女にとって、初めて誰かから貰う、宝物だから。
意味を知らなくていい。込められた想いなどなくてもいい。少女は、こくりと頷いた。
それが、少女が世界以外を知った始まりの出会い。
少女は少年についていった。そこで多くを学んだ。世界が教えなかった事。この世界は二つ目の世界。世界はこの先も、数えきれないほど生まれる。
世界とは別に、星と呼ばれる場所がある。星と世界は別のもの。星は世界よりも長い歴史がある。星は全部で二十一個。それ以上には増えない。
この世界も含めて、世界で転生するほとんどの人が、記憶を持たない。現在でも世界には多くの種族が存在する。
少年は星で特殊な役割を持っていた。同じような役割を持つ者達で一緒に暮らしているとの事。
少女が本来、この世界で知るはずだった話が主。そのついでに、星という場所や少年の役割。少女は初めて、誰かから何かを教わった。
少女は少年達と暮らしながら、時間をかけてそれを学んだ。
そして約五万年後。
少女は相変わらず二つ目の世界にいる。少年達と共に。
押し付けられた役割。それに疲弊している少女。少年が少女を連れ出した。
五万年の時の中で荒廃した世界。そんな世界と断絶されたかのような、色とりどりの花々。
少女と少年は、その景色を見ながら座っている。少年の側で漂う光で照らされて。
「……ねぇ、世界って残酷なの? 」
荒廃してゆく世界をずっと見てきた少女が持つ疑問。少女は空を見上げる。この五万年の間で生まれた争い続ける人々への罰——光を遮る分厚い壁。
光りが届かず、ただの暗闇にしか見えない。
「……何があっても、役割からは逃れられないの? 」
少女は隣にいる少年に問いかける。
「逃げていいよ。君は逃げる事だってできる。でも、逃げた先でまた君のような子が生まれる。希望も未来も見せてはもらえない、世界の人形がまた生まれる。それは忘れないで」
少女からしてみればそれは残酷な言葉。少年は少女に優しいだけの存在ではない。時にこうして少女の見たくないものを見せる。
それがなぜなのか。少女が世界にとっても星にとっても偽りの姫だからなのか。また別の理由があるのか。疑問を持つが、少女には理解する事ができない。
「そんなのや……エレみたいな子はもう生まれちゃだめなの。こんな役割、みんな与えられなくていい」
少女は潤んだ瞳を、右手に持った袖で拭く。
少女の頬に感じられる温もり。少年の右手が、少女の頬に触れている。この温もりも、偽りだと頭では理解している。だが、心はそれを本物と信じてしまう。
「うん。君はそう言うんだろうね。僕はどれだけ変わってあげたくても、その役割を変われない。でもね、優しい嘘ならあげられるよ。君が望むものを……君に優しい世界を、僕は見せてあげられる。どうしたい? 」
まっすぐと少女を見つめている少年の瞳。アメジストのような瞳から、少女は視線を離す。
誰にでも平等に咲き誇る花々へと
一分ほど経つと、再び少年に視線を戻す。
「見たい……優しい世界を見たいよ……嘘でいいから。嘘でいいからエレだけの優しい世界が欲しい。だから……だから、エレに優しい世界をちょうだい? 」
胸の前でぎゅっと握られた両手。揺れる瞳で、少女は少年を見つめ返す。
フサァァァ——突然吹く強風に少女は目を瞑る。両手で必死に髪を押さえている。残念な事に、長い髪は強風に逆らえない。
それでも守り続ける少女の隣で、クスリと笑う少年。
「大丈夫だよ。後で整えてあげるから」
「や……せっかくシェフィにきれいにしてもらったの。だから乱れてボサになるのや」
少年の言葉を否定してでも、自分の意見を述べる少女。光のなかった五万年前は見せなかったもの。
「そっか。」と少年が言うと、少女の髪の揺れが止った。花を見ると揺れている。少女の周りだけ風が止まっている。
「風は一時だよ。でも、僕らはずっとつながっている。ずっと君に居場所を与え続けるよ」
「風は……一時でもとても優しく包んでくれるの。消えちゃうけど、エレの中に残ってくれる。シェフィも同じなの。だから疑わない」
少女は乱れた髪を整える。整えた矢先、少年が少女の髪を一束手に取った。
少女の髪を持つ少年の左手から、淡い桃色の光が現れる。その光が少女の髪を変える。少年と似た色に。
「へぇ、まさかここまで似るなんて。これなら本物の兄妹みたい」
「……きょう、だい……シェフィ、おにぃちゃん」
少年の言葉に反応して言った言葉。それはどこか懐かしいものだった。
「おにぃちゃん……エレが妹で僕がおにぃちゃん。僕のかわいいエレ。これからもたっくさんかわいがってあげる」
そう言って少女に抱きつく少年。少女に笑みが溢れる。その関係が偽りでも、それは喜びというのは変わらない。
「そろそろ帰らないとだよね……あーあ。もう少し独占したいのに。帰ったらまたエレは恋人といちゃいちゃかぁ」
「心配されるからだめなの。みんなに黙って出てきているんだから。最後は……否定しないの。否定しないけど、シェフィの相手もするから」
少女と少年は立ち上がる。少年だけではない。少女もどこか名残惜しそうだ。
帰路に着く中、少女達は願う。
——いつか
——いつか
——偽物の姫じゃない
——偽りの居場所じゃない
——本物になりたい
——本物になれたら
誰かの代わりではない、本物を望む少女。少女の居場所が、本物に変わる日を望む少年。その願いは互いに知る事はない。
少年いわく、星の歓迎による桃色の光に照らされる。少女達は歩みを進める。
その願いは救われない、長い時の流れに生きる。長い時の中、別れる二人。
偽りの中で生きる少女は多くを知りながらも、何も知らずに生きる。繰り返される転生の中。大切なものを忘れて生き続ける。
少女を守る少年は、長い時の中で見つけた、忘れられない人と共に生きる。少女を最も信頼する者に任せて。
数えきれないほど長い時を経て、再びその運命交わる時がやってくる。
それは奇跡の時。一人の願いから変わる希望。
それは崩壊の時。誰にも知られず静かに訪れるカウントダウン。その存在を知る時。
それは真実の時。
無慈悲にやってくるその時に少女は——




