10話 姫の後悔
かけら吸収後、僕とティアは家に帰った。エルにはある事を頼んでいて、今は神殿にいると思う。
僕は柔らかいソファの上に座っている。天井を見上げて
「ようやく、全てのかけらのありかを把握できた。残り二つ」
かけらは全部で七個かな。本来なら十個あるはずなんだけど。残り二つのかけらに吸収されたのかな。
彼女は今どうしているんだろう。左手を胸に当てて彼女に呼びかける。まだ反応してくれない。
コツコツ——カタッ
静寂の部屋の中で響く音。足音と机に金属が置かれる音。二つのカップ。ティアが紅茶を淹れてくれたんだ。ティアが、僕の向かいにあるソファに座る。
「えっと、一つは例の聖女だよね? 残りの一つは? 」
「僕が手を出せない場所。でも、僕が一番安全と思える場所にいるよ。君なら会いに行っていいんじゃない? 子供っぽくてかわいいお姫様を見られるよ」
ティアに聞かれて場所自体は答えなかった。実際、今どこにいるかなんて、僕知らないから。誰と一緒にいるか知ってても。ついでに何にいるかも。
ああ、紅茶せっかく淹れてくれたんだ。冷めないうちに飲まないと。僕は左手でカップを持つと、紅茶を口に含んだ。甘く奥深い香りが、ふわりと口の中に広がる。淹れ方ももちろんいいけど、選んだ茶葉も僕好み。
「……この特徴的で深く味わい深い香り……確か、ゼロとラジェが一緒に研究してた花を使った茶葉だよね? 淹れるの上手くなったね」
以前飲んだのと比べ物にならないくらい上手になっているんだ。ティアは僕の好評には喜んでくれたみたいだけど、すぐに残念そうな顔をする。
「うん。たくさん練習したから。いつかあの子にも飲んでもらいたいって思うけど、残念ながらその機会に恵まれなくて」
淹れ方だけじゃない。きっと、茶葉についても勉強したんだ。好みに近い茶葉がどれかとかも。僕とあの子は好みが似てるとこがあるから。
そこまで勉強しても本命は眠った状態。じゃなかったとしても、苦いのだいっきらい、飲みたくない、しゃぁー、とか言い出しそう。
そのティアの本命が僕の妹。苦笑いしか出てこない。
「砂糖大量に入れれば飲んでくれるんだけどね。でも、それだと本来の味わいが消えるんじゃないかな。ただ甘いだけになって。ゼロも苦労するよね。あの子、紅茶どころか薬すら苦いと飲まないから……ていうか、あの状態どれだけ味覚あるんだろ」
悪いとはほんのすこぉしだけ思ってるよ。全部ゼロに押し付けていて。
「……もしかして、最後のかけらは花? 」
僕の言動で気付いたみたい。僕はこくりと頷いてから説明する。
「うん。今は眠っている状態。とは言っても、神聖力の親和性で言えば、歴代最強クラスのお姫様だ。眠っている状態でも結界術や愛術……一部の力は普通に使えるよ。かけらって事と器の問題で、使いすぎると制御を失うみたいだけど」
それが僕が、エレから離れるきっかけになったもの。あの時はそうするしか方法がなかったんだ。むしろ、ああしただけでエレがあそこまで元に戻ったのは、多くの条件が重なって起きた奇跡と言っていいと思う。
その奇跡がなければ、エレは術の反動で今もずっと、人形のような状態だったんだろうね。
僕は収納魔法から日記帳を取り出した。彼女と一緒に書いていた日記。兄妹らしい事をしたいって星にいた時にね。それで、互いに見たものを共有しようって話になったんだ。
今はちょうど彼女の部屋にいる。僕は日記に結界魔法をかけた。立ち上がって彼女の元へ近づく。持っている日記を、彼女のそばに置いた。なんか彼女のベッド周りが豪華になってきている。
動く事なんてないはずの、彼女の左手が動く。その手が日記に触れた。
「……ねぇティア、君は姫でいる事に後悔した事はある? 」
ずっと思っていた事。ある事を知ってティアに問う。
「急にどうしたの? 」
「……この子は、姫であるせいで、こんな目に遭っているんだ。星と人のために自らの身を犠牲にする。でも、それを誰かに感謝される事なんてない。その人達にとっては、それが当たり前だから……時々、思うんだ。このまま寝かせていた方がいいんじゃないかって」
かけらを集めるたびに、彼女の感情や記憶に触れてきたんだ。そしてこの日記を彼女に渡して、反応したんだろう。あの時の彼女の秘密。それを知った。
ずっと抱いてきた疑問。知ってしまった今、疑問ではなく、それは彼女の真実となった。
あの時の僕は、何も知らなすぎたんだ。彼女の置かれた環境が、姫としてあらなければならないとさせられていた事に。あたりまえなんて、どこにもないんだ。愛情だって。
「……あるよ。数えられないくらい。でもね、それでも私達は、姫として生きるんだよ。その理由はきっと単純なんだ。好きな人達と一緒にいたいって。どれだけ辛くても、後悔しても、諦めはしないんだよ」
それはティアの答え。彼女がそんなふうに思っている保証なんて、どこにもない。それに
「……でも、あの子は確かに消えたがってた。わかったんだ。あの時のあの子には、何の光もなかったんだって」
あの子は全てを愛せなくなる自分が怖かった。その恐怖心を隠すように、姫としての役割に没頭していた。それが僕の感じたもの。
「感じ方の問題だと思うよ。私はあの選択の少し前に話したけど、光がないなんて思わなかったわよ? ないのは愛。星への愛が人々から消えてしまっていたから。あの子はきっと……純粋な愛がなければ生きる事なんてできない。私はそう感じた」
感じ方の問題。ならこれも? この彼女の感情も感じ方の問題なの?
「魔聖の姫は知識や力に依存しているよ。でも、神聖の姫は特殊な占い術や先読み……星の意思を読んでいるのかな? 力ではなく、別の何かに依存しているみたい。あの子は無意識下で、愛を試していたなんて考えられない? これは私の考え方で、正解はわからないけど。シェフィなら何かわかるんじゃない? 」
無意識下で愛を——それで、愛がなかったから諦めようとした。なんでだろう。少し違う気がする。
僕は、間違ってたのかな。あの子の本心を。
「……そもそも、姫として消えるわけで、いずれ転生する。何も知らずに……そっか。大前提を僕が勘違いしてたんだ。あの子がほんとに望んだのは、姫として生きるんじゃなくて、一人の女の子として生きたかったのかな」
星が新たな姫を選んじゃえば、役目を終えた彼女に待つのは、姫としてではない人生。でも、姫である事がいやってわけじゃない。ティアのおかげで、一つの可能性に辿り着けた気がする。
「どうして? 」
「それこそ、すきな人と一緒がいいから。何のしがらみもなく、罪悪感もなく、一緒にいられる方法として、最後の役割を果たそうとした。魔星から解放される時、魔星を鎮める術を使って。純白がいやだった。僕の考えはそんな感じかな」
そもそも、転生すれば記憶はなくなる。でも、奇跡を信じたのかも知れない。って、あれ? 今の声
「二人とも考えすぎなんじゃない? ぼくもその時会ったけど、あの子は普段のあの子じゃなかった。あの状況で、余裕なかっただけじゃ」
エルが帰ってきた。いつからいたんだと言いたくなるくらい話を理解している。三者三様の考え。結局、僕らは彼女じゃないんだから答えなんてわからないんだ。
あっ、用事済ませたみたい。紙を見せびらかしてる。僕が受け取ろうとすると、ひょいっと紙を持っている右手を上げてきた。
身長差十センチ以上あるから届かない。しかも、飛ぶとか工夫して取ろうとすると逃げる。
「……感謝してるからそれちょうだいよ。名前書かないと入れないでしょ」
「入らなければいいじゃん。呑気に笑ってないシェフィなんて」
エルに言われて気付いた。紙を取ろうとするのを諦める。
「……らしくない」
「……だね。どうせ僕が悩んだとこで、答えなんて出ないんだから、そっちの方はあの子に押し付けるかな。まぁ、情報だけはちゃんと手に入れてあげるけど」
確かにエルの知ってる僕らしくないよね。僕はエルに笑顔を見せた。そうしたら紙くれた。神殿の書庫貸切申請の。日付は三日後。
「ありがと。とりあえず、三日後まで暇だけどどうする? ティアが言われてた呪いの聖女の件に関しては、僕らが表立って何かするのは避けたいから……様子見? 」
「エレ達が問題なく解決できれば、それはそれでいいけど、できない可能性があるって事? 」
エルがそう聞いてくるから頷いた。確かにただ解決するなら、簡単だろうけど。
「うん。この件に関しては、ただ解決すればいいって問題じゃないから。あの子も僕も、ここで生きるために選んだものが邪魔するんだよ。それがなければ、あの子一人でどうにでもできるんじゃないかな。それこそ、お姫様の力すら借りずにね」
僕とフォルは選んだものが似てるんだ。だからこそ、この件をただ解決するだけにできないって言える。




