10話 姫の後悔
少女のかけらを吸収した後、シェフィムは神官エルにある事を頼んだ。古屋を改築した拠点に帰ったのはシェフィムと神和の聖女ミティアーネルだけ。二人は拠点に帰る前、エレシェフィールに関わるある場所へ向かった。
薄ピンク色のソファに腰をかける。以前までの硬いソファと違う。身体を預けても問題ないと思える柔らかさ。柔らかいソファの上でぼぅっと天井を見つめている。
「ようやく、全てのかけらのありかを把握できた。残り二つ」
シェフィムは左手を胸に当てた。少女に呼びかける。だが、少女は呼びかけに応じない。まだ情報収集に勤しんでいるのだろう。
コツッコツッ——カタッ
静寂な部屋に聞こえてくる足音。神和の聖女ミティアーネルが紅茶の入ったカップを三つ机に置く。
神和の聖女ミティアーネルがシェフィムの隣に座った。
「えっと、一つは例の聖女だよね? 残りの一つは? 」
「僕が手を出せない場所。でも、僕が一番安全と思える場所にいるよ。君なら会いに行っていいんじゃない? 子供っぽくてかわいいお姫様を見られるよ」
冷めないうちにと、左手でカップを持つ。カップを口元へ持っていく。紅茶を口に含む。口の中でふんわりと甘く独特な香りが広がる。
「……この特徴的で深く味わい深い香り……確か、ゼロとラジェが一緒に研究してた花を使った茶葉だよね? 淹れるの上手くなったね」
「うん。たくさん練習したから。いつかあの子にも飲んでもらいたいって思うけど、残念ながらその機会に恵まれなくて」
眠っていて飲ませられない。それも理由の一つではあるのだろう。だが、一番の理由は違う。飲ませたい相手が紅茶を含む苦味のあるものを全て嫌っているからだろう。
妹の好き嫌いに対して苦笑いを浮かべる。
「砂糖大量に入れれば飲んでくれるんだけどね。でも、それだと本来の味わいが消えるんじゃないかな。ただ甘いだけになって。ゼロも苦労するよね。あの子紅茶どころか薬すら苦いと飲まないから……ていうかあの状態どれだけ味覚あるんだろ」
「……もしかして最後のかけらは花? 」
言動で気づいたのだろう。シェフィムはこくりと頷いた。
「うん。今は眠っている状態。とは言っても、神聖力の親和性で言えば歴代最強クラスのお姫様だ。眠っている状態でも結界術や愛術……一部の力は普通に使えるよ。かけら一つと器の問題で使いすぎると制御を失うみたいだけど」
シェフィムは収納魔法から日記帳を取り出した。シェフィムと少女が二人で一緒に書こうと始めた日記。二人が見たもの感じたものを共有するために。
シェフィムは立ち上がる。この部屋の中で眠る少女のそばへいく。少女が怪我をしないよう日記に結界魔法を使っておく。
日記を少女の隣に置いた。
少女が右手で日記に触れた。
「……ねぇティア、君は姫でいる事に後悔した事はある? 」
「急にどうしたの? 」
「……この子は、姫であるせいでこんな目に遭っているんだ。星と人のために自らの身を犠牲にする。でも、それを誰かに感謝される事なんてない。その人達にとってはそれが当たり前だから……時々、思うんだ。このまま寝かせていた方がいいんじゃないかって」
かけらを吸収する度、その迷いは大きくなる。かけらが集まる度、無意識に少女の本心に触れているんだろう。あの時の少女が願った事。その理由。
かつては理解できなかった。だが、今では理解できてしまう。
シェフィムは左手で少女の髪に触れた。艶がありさらさらとしている美しい髪。シェフィムの世話が与えたもの。
「……あるよ。数えられないくらい。でもね、それでも私達は姫として生きるんだよ。その理由はきっと単純なんだ。好きな人達と一緒にいたいって。どれだけ辛くても、後悔しても、諦めはしないんだよ」
「……でも、あの子は確かに消えたがってた。わかったんだ。かけらをここまで集めて。あの時のあの子には何の光もなかったんだって」
手紙と日記を手に幸せそうに眠っている少女。眠っているからこそ幸せそうな少女。
それをシェフィムは壊そうとしているのではないか。その自覚が前に進む足を止める。
「感じ方の問題だと思うよ。私はあの選択の少し前に話したけど、光がないなんて思わなかったわよ? ないのは愛。星への愛が人々から消えてしまっていたから。あの子はきっと……純粋な愛がなければ生きる事なんてできない。私はそう感じた」
感じ方の問題。簡単な答えだ。なのに、神和の聖女ミティアーネルに言われるまでそれが出てこなかった。
「魔星の姫は力に依存している。でも、神聖の姫は占い術や先読み……星の意思を読んでいるのかな? 力ではなく別の何かに依存している。あの子は無意識下で愛を試していたなんて考えられない? これは私の考え方で正解はわからないけど。シェフィなら何かわかるんじゃない? 」
少女はいずれ星が新たな姫を生むと言葉を残した。だが、いまだにその兆候はない。星はずっと少女と神和の聖女ミティアーネルのためにその力を使っている。
それが星の意思。
少女が両手でシェフィムの左手を握った。離そうと思えばすぐに離せるほど弱い力で。
「……そもそも、姫として消えるわけでいずれ転生する。何も知らずに……そっか。大前提を僕が勘違いしてたんだ。あの子がほんとに望んだのは、姫として生きるんじゃなくて、一人の女の子として生きたかったのかな」
「どうして? 」
「それこそ、すきな人と一緒がいいから。何のしがらみもなく、罪悪感もなく、一緒にいられる方法として最後の役割を果たそうとした。魔星から解放される時、魔星を鎮める術を使って。純白がいやだった。僕の考えはそんな感じかな」
そこまで考えてはいなかったかもしれない。実際、その方法で転生すれば記憶なんてなくなる。その願いも叶わない。
「二人とも考えすぎなんじゃない? ボクもその時会ったけど、あの子は普段のあの子じゃなかった。あの状況で余裕なかっただけじゃ」
シェフィムの用事が済んだのだろう。神官エルが戻ってきた。
手土産のように見せびらかされる書類は神殿の書庫の貸切許可証。日付は三日後と書かれている。
シェフィムが貰おうとすると、ひょいっと書類を持つ右手をあげられた。
シェフィムは背伸びするが届かない。約十センチの差と背伸びしたら背伸びされるという同条件。器用に紙の下を持ち立たせている。
ジャンプして取ろうとするが、取らせてもらえない。
「……感謝してるからそれちょうだいよ。名前書かないと入れないでしょ」
「入らなければいいじゃん。呑気に笑ってないシェフィなんて」
少女の事で笑顔が消えていた。それを自覚すらしていなかった。シェフィムは書類を取るのを諦める。
「……らしくない」
「……だね。どうせ僕が悩んだとこで答えなんて出ないんだから、そっちの方はあの子に押し付けるかな。まぁ、情報だけはちゃんと手に入れてあげるけど」
そう言って笑うシェフィム。神官エルが書類をくれた。
「ありがと。とりあえず、三日後まで暇だけどどうする? ティアが言われてた呪いの聖女の件に関しては僕らが表立って何かするのは避けたいから……様子見? 」
「エレ達が問題なく解決できればそれはそれでいいけど、できない可能性があるって事? 」
「うん。この件に関してはただ解決すればいいって問題じゃないから。あの子も僕も、ここで生きるために選んだものが邪魔するんだよ。それがなければ、あの子一人でどうにでもできるんじゃないかな。それこそ、お姫様の力すら借りずにね」
シェフィムとフォルが選んだものは似ている。だからこそ、今後エレシェフィール達が関わる件について一筋縄では行かなくなると言える。




