9話 囚われの姫
揺れる長い髪。振り返る少女。間違いない、かけらの子。彼女と目が合った。その愛らしい瞳に、涙を溜めて悲しそうにしている。何あったんだろう。僕が聞くよりも先に、彼女の足が動いた。
彼女が僕の元へ駆け寄る。僕に抱きつく。
ここは現実。あの空間じゃない。なのに感じる彼女の体温。ちゃんと触れられているんだ。彼女の両手が僕の背中に触れる。
彼女の涙で僕の服が濡れる。ありえないけど、そういう事なんだろう。この子は実体を持っている。
「……どうしたの? 」
彼女が泣いている時、僕が取る行動は限られている。今回は頭を撫でる。サラサラとした髪。
「あのね……あのね……オレンジと黒のお洋服の人達が突然ここにきて……閉じ込めたの。このあたりに魔物が出ないようにって見守っていたのに。それなのに……魔物を生み出すための道具にしようとしてきたの……ぐすっ……こわかった」
顔を上げた彼女の濡れた瞳。その言葉。ずっと一人で怖かったんだろう。
「そっか。もう大丈夫だよ」
この子は一人にしていた方が不安になる。なら、精神状態の安定を優先するより、僕の中で安心させたほうがいい。
彼女を僕の中に入れようとする。でも
「わっ⁉︎ いったぁ……ティア、少しこの子預かっといて」
失敗した。一瞬黒い光が見えた。それに、バチって静電気のような痛みが、全身を襲う。彼女は無事みたいだからそこは幸い。
閉じ込められている状態を解除しない限りは、どうにもできそうにない。その間はティアに守っていてもらう。
「うん。こっちおいで。私が守るから」
名残惜しそうな目を向ける彼女。それは僕もおんなじだよ。僕ももっと、君と一緒にいたい。
僕の邪魔にならないように。そう思ってくれたのかな。てこてこと自分の口で言いながら、ティアの元へ行っている。
彼女がティアに抱きついている。
「ところで、その連中の居場所ってわかる? 」
思い出したくないと思う。でも、現状彼女だけが、その情報を持っている可能性がある。
聞いた彼女に悲しみの表情はない。でも、首を横に振られた。
「そっか。ならまずは情報収集から。あまり離れたくないから、とりあえずこの辺りで何か探してみようよ」
僕はそう言ってしゃがんだ。彼女を笑顔にさせるために。
「たとえば、この一見何もなさそうに見える花と花の間とかでも注意深く見てみれば、そこに何かが隠されて……ってあるわ……」
花と花の間を見る。笑顔で固まった。しばらく周囲を気にせずに、一人でぱちくりと瞬きを繰り返す。
何かの間違いなのかもしれない。僕は花を傷つけないように、優しく花と花をかき分けた。見えるものは変わらない。
「……えっ? 何で見つかるの? 」
あるわけないって笑ってもらうために言ったんだよ? なんで見つかっちゃうの? こんな時に勘が働かなくていいから。
見つけたのは魔法陣。形状から見て、転移魔法陣かな。現在は使われていない。過去に二、三度発動した形式がある。
僕は左手で魔法陣に触れる。わずかに魔力を込めて
「……発動しそうにない。発動できれば僕のお姫様を泣かせた連中の拠点に行って壊滅させてやれるのに。条件調べてどうにかできないかな」
人の改心とかと、組織の壊滅は別だから。
「……条件……かけらを閉じ込めるわけじゃない。でも、かけらに何らかの影響を与えるためにある可能性は高い。現在は放置されているだけで、何かちゃんと意味はあるはず。移動用じゃないなら、他に使い道ある? 」
エルが魔法機械で情報整理してくれている。見せられた画面には、現在の情報からできる推測をいくつもまとめている。最後には多分って書いてあるくらい、曖昧なものだけど。
ティアが収納魔法から本を取り出した。魔聖達が持つ本。魔聖の書。ティアが魔聖の書を開く。
「魔星は、魔力に近い性質を持っている。魔星を意思ある魔力と呼ぶ。魔星を使えば、果てなき力を手にするだろう。魔星に溺れる事なかれ」
ティアが、見ているページに書かれている文を一部読んだ。
「占い術の一種? ……そこが選ばれたなら、魔力を得るためにここへ閉じ込めていた? この魔法陣を使った? だとすれば発動数がおかしい。もっと発動していないと説明つかない。それに、魔力だけを転移させるなんて、そんな知識どこで手に入れたか疑問が生まれる」
エルがティアの能力を頼りに思考を巡らせる。占い術は彼女も使えるけど、本質ゆえなのか発動条件がむずかしいみたい。
僕は二人が考えている間に、他に魔法陣がないか確認してた。そうしたらもう一つ。転移魔法陣に重なるように描かれた魔法陣がある。
関係性の解析には、時間がかかりそう。
「……転移魔法陣と精神系統の魔法陣。二つ合わさると……二択か。君はどっちだと思う? 」
僕は彼女に意見を求める。
「魔星の制御」
彼女は直感的なんだろう。考える時間を要さずに、すぐに答えた。
「僕もそっちかな。君の精神状態には関わっていなさそうだ」
二択。一つは彼女の言う魔星の制御。もう一つは、彼女の精神状態への干渉。その精神状態を、どこかへ送っている。一応理論上可能なはず。
「うん。あっ、そう言えば不思議な事聞いたよ。重要な事。魔星を使って戦争を起こそう、とか言ってた。そのためにわたしが必要なんだって」
彼女が「なんでだろうねー。」ってティアに言ってる。ティアは理解しているのか笑ってる。何も言わずに。それがいいと思う。教えて怖がらせたくなんてないから。
「魔星に命令できるのは」魔聖以外にはいない。魔聖、どちらも捕まえるのは不可能に近い。そんな中で見つけたかけらが、自我を持ち命令できる可能性があると知って閉じ込めた。ってとこかな。そしてこの魔法陣は操る必要なく、ここにお姫様さえいれば、命令できるようにするため」
僕は魔法陣を描き換える。情報を引き出してくれるように。
「お姫様の情報を使うなら、こっちだって情報を取り出すくらい簡単だよ」
相手は彼女の情報を使って、魔星を制御しようとした。それを逆手に取る。情報を逆に流させる。このくらいは簡単だ。
僕は右手で魔法陣に触れる。魔法陣が反応して白く光出した。
偶然どっかの研究員が、眠っていた彼女を見つけたのが始まり。偶然研究員が、彼女の特異性とデータを調べる魔法具を持っていた。
その情報をどこかに流した。
得られた情報はそれだけ。偶然を必然に変える、その道のりは長いか。
魔法陣は壊しておく。
「……これで外には出れるんじゃないかな? 君がこれ以上ここにいたくないなら帰るよ」
「シェフィがいるから大丈夫だよ。もっと調べたいんでしょ? 」
閉じ込める原因でもあるはずの魔法陣を壊して、もうここから離れられるはずなのに。彼女はここにいるという選択をしてくれる。
「そっか。また怖くなったら言って。僕がぎゅぅらぶなでしてあげるから。それと、君とティアはゆっくりしていて。僕とエルで調べるから」
せめて休んでいられるように、僕とエルは二人で一緒に調べる。
彼女は不満そうな顔してたけど。それに、ティアと二人でヒソヒソ話。全部聞こえてる。
僕は笑顔を崩さずに聞いていた。
「……エル、聞こえてた? 僕らが格好つけてるとか」
他に何かないか調べながらも、エルに聞く。
「何もやらせないって逆に酷くないとか、姫やめますボイコット起こそうとか? 」
やっぱ聞こえてたんだ。会話のほとんどが、僕らに対する文句だけど、一部違うのがある。
「うん。魔力いっぱいでなんだかふらふらする。神聖力も混じってるみたいで気持ち悪い。この世界に神聖力が自然にあるはずないのに。あの子だけじゃなくティアまで感じてるんだ。ここ相当異様な場所だよ」
姫達はそういうのに敏感なんだ。彼女達の言葉が、ここの異様さを知らせている。
「と言っても、花はそのままにしておきたいからこれ以上調べられない」
そう。花を愛する神聖のために、花を大切にしているんだ。だから、他に何か隠されていても、調べたくない。
いくつか用途不明の魔法陣があるっていうのはしれたから十分。
僕は彼女に抱きつきに行った。今度は成功。僕の中に入ってくれた。その時、わずかだけど彼女の感情を知れた。彼女はほんとに僕がだいすきなんだ。僕がいる。それだけで安心している。




