9話 囚われの姫
長い髪を靡かせて振り返る少女。少女がシェフィムを見る。シェフィムは少女の元へ駆け寄ろうとしたが、少女のそばへ行くまえに足を止めた。偶然だろうか。柔らかい風に花びらが取り込まれて舞う。
少女が足を動かす。シェフィムの方へ走る。シェフィムに抱きつく。
本来なら感じない体温が感じられる。触れたように見せているのではない。その手は確かにシェフィムの背に当たっている。
実体のないはずの少女の涙がシェフィムの服を濡らす。
「……どうしたの? 」
少女が泣いている時は頭を撫でて慰める。その行動は今でも変わらない。少女の頭を撫でる右手にサラサラとした髪の感触が伝わる。
「あのね……あのね……オレンジと黒のお洋服の人達が突然ここにきて……閉じ込めたの。このあたりに魔物が出ないようにって見守っていたのに。それなのに……魔物を生み出すための道具にしようとしてきたの……ぐすっ……こわかった」
その愛らしく純粋な瞳を濡らして少女が顔をあげる。
「そっか。もう大丈夫だよ」
少女は魔星となり長い間何の影響も受けてこなかったのだろう。趣味の手伝いをしようとも思っていないようだ。シェフィムが来るまでただ待っていただけだろう。
彼女は安定を考えるよりもシェフィムの中にいた方がいい。
そう判断したシェフィムは彼女をシェフィムの中で眠ってもらおうとする。
「わっ⁉︎ いったぁ……ティア、少しこの子預かっといて」
バチっと一瞬黒色の光が見えた。シェフィムの身体を静電気のような痛みが襲う。
シェフィムの中にあるかけらと同化が失敗した。
目の前にいる少女に神和の聖女ミティアーネルの方へ行くようにと促す。
「うん。こっちおいで。私が守るから」
少女が名残惜しそうな瞳をシェフィムに見せる。邪魔になりたくないのだろう。大人しく言う事を聞いてくれた。
てこてこと擬音を口で発する少女。神和の聖女ミティアーネルのそばに行くまで見守っている。
少女が神和の聖女ミティアーネルに抱きつく。
「ところで、その連中の居場所ってわかる? 」
現状唯一の情報源である少女にシェフィムは問う。だが、少女は首を横に振っている。
「そっか。ならまずは情報収集から。あまり離れたくないから、とりあえずこの辺りで何か探してみようよ」
シェフィムは少女を安心させるために明るい声を心がける。その場でしゃがんで
「たとえば、この一見何もなさそうに見える花と花の間とかでも注意深く見てみれば、そこに何かが隠されて……ってあるわ……」
花と花の間を見る。笑顔のまま固まる。しばらくして目をぱちくりと瞬きさせる。
シェフィムは花が折れないように両手で優しく花を掻き分ける。花と花の隙間から見えていたものは変わらない。
「……えっ? 何で見つかるの? 」
シェフィムは少女に笑ってもらおうとした。そんなわけないかというオチで。だが、本当に何かを見つけてしまう。
その何かは魔法陣。転移魔法陣のようだ。現在は発動していないが、過去に二、三度使われた痕跡が残っている。
シェフィムは左手で魔法陣に触れた。
「……発動しそうにない。発動できれば僕のお姫様を泣かせた連中の拠点に行って壊滅させてやれるのに。条件調べてどうにかできないかな」
「……条件……かけらを閉じ込めるわけじゃない。でも、かけらに何らかの影響を与えるためにある可能性は高い。現在は放置されているだけで何かちゃんと意味はあるはず。移動用じゃないなら、他に使い道ある? 」
神官エルが魔法機械で現在持っている情報からできる推測をいくつかまとめている。
神和の聖女ミティアーネルが収納魔法から本を取り出した。
この世界の文字ではない本。神和の聖女ミティアーネルが本を開く。
「魔星は、魔力に近い性質を持っている。魔星を意思ある魔力と呼ぶ。魔星を使えば、果てなき力を手にするだろう。魔星に溺れる事なかれ」
「占い術の一種? ……そこが選ばれたなら、魔力を得るためにここへ閉じ込めていた? この魔法陣を使った? だとすれば発動数がおかしい。もっと発動していないと説明つかない。それに、魔力だけを転移させるなんてそんな知識どこで手に入れたか疑問が生まれる」
神和の聖女ミティアーネルと神官エルが自分達の知識を使い、転移魔法陣の使い方を考えている。二人が話している中、シェフィムは近くに他の魔法陣がないから確認した。
転移魔法陣の上に他の魔法陣が描かれている。二つの魔法陣の関係を解析するには時間が入りそうだ。
「……転移魔法陣と精神系統の魔法陣。二つ合わさると……二択か。君はどっちだと思う? 」
シェフィムは少女を見た。
「魔星の制御」
「僕もそっちかな。君の精神状態には関わっていなさそうだ」
「うん。あっ、そう言えば不思議な事聞いたよ。重要な事。魔星を使って戦争を起こそうとか言ってた。そのためにわたしが必要なんだって」
少女が「なんでだろうねー」と隣にいる神和の聖女ミティアーネルに言っている。神和の聖女ミティアーネルの方は理由を理解しているのだろう。何も言わずに笑顔を見せている。
「魔星に命令できるのは神魔星以外にはいない。神魔聖、どちらも捕まえるのは不可能に近い。そんな中で見つけたかけらが自我を持ち命令できる可能性があると知って閉じ込めた。ってとこかな。そしてこの魔法陣は操る必要なく、ここにお姫様さえいれば命令できるようにするため」
シェフィムは魔法陣を描き換える。情報を引き出してくれるように。
「お姫様の情報を使うなら、こっちだって情報を取り出すくらい簡単だよ」
得意げに描き換えた魔法陣が淡い光を放つ。シェフィムは右手でその光に触れた。
少女が閉じ込められる少し前くらいからだろう。この魔法陣に残る情報が映し出される。
始まりは偶然だった。一人の研究員が眠っていた少女を見つけた。研究員はその少女の特異性を偶然持っていた魔法具で知った。そして少女を道具として活用すべくこの場所で少女のデータを奪っていた。魔法陣を使って。
研究員は少女の情報をどこかに流していた。その場所までは知る事ができなかった。
魔法陣の役割が終わり光が消える。シェフィムはこれ以上悪用されないよう魔法陣を壊した。
「……これで外には出れるんじゃないかな? 君がこれ以上ここにいたくないなら帰るよ」
「シェフィがいるから大丈夫だよ。もっと調べたいんでしょ? 」
シェフィムは少女に視線を向けた。
「そっか。また怖くなったら言って。僕がぎゅぅらぶなでしてあげるから。それと、君とティアはゆっくりしていて。僕とエルで調べるから」
少女が頷きはしたが不満そうな顔を見せた。隣にいる神和の聖女ミティアーネルと小声で話している。シェフィムは当然のように小声話全て聞こえている。だが、笑顔を崩さずに調査を始めた。
花畑全体を見て回る。地面にいくつか魔法陣が描かれているのを確認した。全て水魔法の魔方陣。
「……エル、聞こえてた? 僕らが格好つけてるとか」
「何もやらせないって逆に酷くないとか、姫やめますボイコット起こそうとか? 」
少女達の小声話。神官エルも聞こえていたようだ。そのほとんどがシェフィム達に対する苦言だが、一部そうでないものがある。
「うん。魔力いっぱいでなんだかふらふらする。神聖力も混じってるみたいで気持ち悪い。この世界に神聖力が自然にあるはずないのに。あの子だけじゃなくティアまで感じてるんだ。ここ相当異様な場所だよ」
「と言っても、花はそのままにしておきたいからこれ以上調べられない」
花はなるべく傷つけたくない。もっと重要な事が隠されている可能性は高い。だが、花を守るためにこれ以上の調査は諦める。
シェフィムは少女に抱きつきにいく。実態を失った少女は光となり吸収される。自らそれを望んでいた。それをシェフィムは吸収時に流れた少女の感情で知った。




