6話 余裕の勝利
なぜ? そんな疑問よりも先に、僕は彼女を抱き寄せた。すぐ後にゴォォォォっと音を立てて炎の柱が出きる。
反応するのが少しでも遅ければ、この子は巻き込まれていた。
「あっぶな。怪我してない? 」
「うん」
僕は両手で彼女のほっぺに触れる。体温を感じる。元々体温が高めな子だから、少し熱いくらい。彼女の温もりに触れてふぅっと息を吐く。もっと触れたいから、彼女を抱きしめる。
「……シェフィ、恥ずかしいよ。そんなに触られると」
彼女が頬を赤くしている。
「恥ずかしい? 君が? 君にそんな恥ずかしいなんて感情あるんだ。いつも僕の目の前で着替えて、紋章気になるってスカート捲り上げて足見せてきて、自然と一緒に風呂入っていた君に」
そういえば、集落の時にしれっと君の事恋人扱いしてたんだけど、覚えてないかな。
僕が笑っていると、彼女は頬を膨らめせる。これは抗議の意かな。
『おやおや、随分と余裕ですね。そんな余裕がおありですか? 』
今は僕とこの子の大事な時間。なのにどこからか聞こえる声が邪魔してくる。
邪魔をしてくるのはそれだけじゃない。僕は彼女を抱き抱える。後方へ移動する。炎の次は氷だ。氷柱が床に突き刺さっている。
僕らを狙っている、というわけでもなさそう。関係ない場所で、雷を纏った矢が飛んでいるから。制御できていないだけなのかもしれないけど。
まぁ、無差別であろうと狙っていようと関係ないんだけど。狙っていれば動き続ければいい。無差別だとしても、僕と彼女という標的がいるという認識はしているみたい。
それなら、あの子の術を避けるよりも、何百倍も楽だよ。
僕は彼女を抱えたまま魔法を避ける。
「……エル、まだ? 僕はいいけど僕のお姫様は繊細なんだよ」
繊細なんだよ。すごくかわいくて、ちょっとした事ですぐに熱を出すほど、繊細なんだよ。僕が一緒にいた時だって、ちょっと勉強させすぎただけで知恵熱出したんだから。
「……シェフィにとってのわたしが気になるところなんだけど、あと十分ここにこないよ。わたし、少しなら魔法使えるよ? 」
手伝えるからいつでも言って。そういう事なんだろうけど、あんまり頼りたくはないんだよね。まだかけらも三つ。この前の白い空間の時、だって少し歩いていただけで息を切らしていた。
魔法や神聖術も、まだほとんど使えないはず。
だから、あんまり使わせたくない。どうしようもない時は頼らせてもらうけど。
「ありがと。使って欲しい時は頼むよ」
「うん……シェフィなら十分、二十分くらい余裕だと思うけど、いつでも頼って」
そのくらいエルが来るのにかかるのか。というか、僕なら余裕ってまさかあれを思い出して——
なわけないか。いけないいけない。それとは関係ないのに勘違いして、動揺を見せて疑われる。なんて事になったらどうするんだよ。
あれは絶対に隠し通さないといけないのに。フォルと一緒にいるエレにも。たとえ一緒にいられるようになっても、記憶を取り戻しても、絶対に気づかれちゃだめだから。
『ククク。誰も上から来るとは言ってませんよ』
別に上からなんて思ってないよ。今までのは全て上からだったけど。
あっ、壁から矢が飛んできた。遅いから避けるのも容易。
『なぜ、なぜだ⁉︎ 何度も何度も、こんな偶然があってたまるもんか! 』
焦ってる焦ってる。それも当然か。向こうからしてみれば、いつくるかわからない事前察知不可の無差別攻撃を、全て涼しい顔して避けられているから。しかも、僕と十センチくらいしか違わない少女一人抱えるハンデ付き。
それにしてもこれを偶然と思うなんて。外から見るだけのタイプなのかな。戦闘経験が多いベテランだったら、これが偶然じゃないって事くらい理解できるはずなんだけど。
少なくとも僕の周りはそうだった。
でも、そうじゃなければ偶然にしか見えないんだろうね。
「シェフィ、大丈夫? 疲れてない? 」
「ありがと。でも大丈夫だよ。仕事で一日中走り回る事だってあるんだ。このくらいで疲れてたらあんな仕事できないよ」
それに、君の声聞けば、疲れなんて吹き飛ぶよ。なんて言えなかった。咄嗟に思いつかなかった。
「そうじゃなくて、目。わたし疲れちゃった。ぴかぴかぴかぴかずっとしていて」
彼女が両手で目を擦ってる。魔法の光って思ったより強かったって事多いんだよね。夜に使うと辺りを見渡すのに十分な光があるから。
その光を直視し続けていて疲れちゃったのか。
「見なきゃいいじゃん。目、閉じてれば? 」
僕がそう言うと、うれしい言葉が返ってきた。
「やだ。そんな事したらシェフィのかっこいい姿見れないじゃん」
「それは仕方ないね。我慢してみてて」
その理由なら仕方ないよ。でも、それだと動き回っているのもキツくなってくるかな。いくら白一色とはいっても床の線とか。変わるものはあるから。
結界魔法で、僕ら二人だけの世界を創る。僕は彼女を僕の隣に座らせた。確認したい事もあるんだ。この前できなかったから。
「シェフィ? 」
彼女がきょとんとしてる。
「今は僕だけのお姫様だから」
左手で彼女の髪に触れながら言う。
「えっ⁉︎ えっ⁉︎ あの、シェフィおにぃちゃん⁉︎ 何言ってんの⁉︎ わたし達はきょうだい何だよ? 双子なんだよ? そ、そんな事できるわけないから! シェフィはただの、とは言わないけど、とっても仲の良いきょうだいなんだよ? きょうだいのままでいたいから。それにシェフィ、フォルを弟にしたいって。そのためにわたしとフォルが結婚すればって……えっと……わたし達、きょうだい、だよ? 」
真っ赤な顔で慌てている。ちゃんと未来を見ようとしているんだね。フォルとの結婚という、大事な未来を。
でも、やっぱまだ理解してないんだ。僕もだけどこの子も。僕らにとって大事な事を。自分の愛の形、とでも言えばいいのかな。
「焦りすぎでしょ。何考えてたの? 僕らは君のいう通りただの兄妹だよ」
確認し終えて笑顔を見せる。
「そっちが勘違いするような事を言ったんでしょ! あれ絶対わざと! そうじゃないなら、あんな言い方しない! 」
彼女が怒る。否定はしないけど、よくわかったね。
『おい! 魔法機械を出せ! そんな余裕ぶっこいていられるのは今のうちだ! この出る事のできない空間で、我が最高傑作の自立式人形魔法機械に敵うはずなかろう』
天井から人のような形をした十体くらい魔法機械が落ちてくる。一体が僕らに向けて、右腕から光線を放つ。
「きゃっ⁉︎ 」
結界魔法が耐えられない。僕は彼女を抱えて、地面を蹴る。空中に回避する。
「びっくりしたぁ。魔法機械の兵器実用化……あれほんとにされていたんだ」
噂では聞いていたけど。僕が噂で聞いた時は実験段階。
避け続けるのは可能だけど、そろそろいいか。あんまり動きすぎて疑われるのも避けたいからね。
床に着地する。彼女は床に立たせておく。僕が止まっているから、絶好のチャンスと思ったんだろうね。魔法機械達が一斉に光線を僕らに放とうとする。でも、その光線は地面に落ちる。魔法機械が地べたに這いつくばる。
『な、何をしたんだ! なに……な、何だ貴様⁉︎ 何をする⁉︎ やめろ! それに触るんじゃない! 』
やっときたか。もう安全かな。僕は彼女と顔を見合わせる。
「ずっと守るから」
「うん。信じてる」
兄としてではなく、彼女を想う一人として。僕は彼女と両手を重ねる。
彼女がピンクの光となって僕の中に入る。左手を胸に当てて確認すると、疲れたのかぐっすり眠ってる。
「シェフィ、大丈夫! 」
澄んだ美声が響いた。聖衣を着た癖っ毛金髪の美女。エルの妹。今は神和の聖女ミティアーネルだっけかな。この双子は神殿で暮らすために偽名使ってるから、ほんと慣れない。
ティアは何かを探してガックリと肩を落としている。
「あの子ならもう眠ったよ」
絶対に僕のだいすきな人を探してた。だから答えてあげる。
「そうなんだ。久々に会えると思ったのに。でも、二人とも無事ならそれで良いかな。えっと、とりあえずここからでてどこかで話さない? 良い場所ある? 」
こんな場所にいたくないのはおんなじか。
「僕の隠れ家は狭いからな……これを機に改築するかな。あの人から許可は得ているから、みんなで一緒に暮らせるくらい広い家に改築しよう」
あの人に借りている家。あの人から許可をもらっている。心の広い主を持てて幸せです。とでも言っておいた方がいいのかな。
「私も手伝うよ。家具は任せて。神殿で使ってるの配達して……無理かな? 」
僕が誰とも関わりたくないと勘違いしているみたい。少し残念そうにしてるティアに笑いかける。
「大丈夫だよ。あの子に必要以上に会いたくないだけだから。今は、互いに会わない方がいい。じゃないと、僕らは互いに甘えてしまう」
僕が一番会いたくない相手。それはエレじゃない。ゼロでも。僕が一番会いたくないのはフォル。
僕は、最後の一言だけ視線を落として答えた。




