4話 星の運命
真っ白い空間にいくつもの滅んだ世界が浮かんでいる。この空間は夢というのが近いのだろう。現実でシェフィムは神官エルと一緒に眠っている。
シェフィムは空を見上げた。愛に満ちている世界を見る。滅んだ後に愛に満ちた美しい世界。シェフィム達にとってかなり思い入れのあった世界だ。
「……」
シェフィムの隣に長い髪の少女が来る。少女の右手がシェフィムの左手に触れた。ここだからだろう。夢だというのに、現実では感じられなかったというのに、その少女の手からは体温が感じられる。
シェフィムはそに温もりをしばらく感じてから口を開いた。
「珍しいよね。僕ら二人だけを呼び出すなんて。何かあったのかな? 啓示出るまでわかんないか。それまで少し歩かない? 」
シェフィムは少女の右手を握った。少女がこくりと頷く。
ここはどれだけ歩いても終わりのない場所。ただ白い景色が広がっている。氷漬けになった世界。水で覆われた世界。燃え盛る世界。空に浮かぶ滅んだ世界だけがこの景色に次々と変化を生んでいる。
全て滅んでいる。だが、全てが美しい。滅んだ後だからこそ魅せる美しさが存在する。
「……はぁ……はぁ」
「大丈夫? 少し休もうか? 」
シェフィムの隣で少女が息をきらせている。シェフィムは立ち止まり少女の様子を伺う。
少女が無理に笑顔を作って見せている。
「大丈夫。ありがと。体力ないの知っているのに歩かせてくれて。心配してくれて」
少女は生まれつき体力がない。ゆっくり歩かなければ息をきらせてしまう。シェフィムが少女が疲れない速度より速く歩いてしまっていたんだろう。それを少女が疲れるまでの間ずっと気づいていなかった。
シェフィムは左手で少女の頬に触れた。ほんのりと汗で濡れている頬を氷魔法の応用で冷やす。
「ごめん。前ならこのくらいは平気だったから」
「うん。平気だったんだよね。なんでだろ。かけら二つ分だからなのかな。なんだか前よりも疲れやすくて」
シェフィムの速度が問題というより、少女の体力が問題だったようだ。少女は両手でシェフィムの左手を掴んだ。その掴んだ手は少女により頭の上に乗せられる。
無言で見つめるその理由は理解している。左手を動かすだけで少女が喜んだ。
「甘えっ子は変わってないか。それでこそ僕のかわいい妹なんだけどね」
シェフィムはそう言って少女の頬に唇を当てた。
「ふぇ⁉︎ えっ⁉︎ 急にどうしたの? 」
「最近全然できてないから。おはようのキス、行ってきますのキス、おかえりのキス、おやすみのキス、がんばったねのキス、かわいいのキス、だいすきのキス、お勉強お疲れのキス。何もできてない」
「……そう言葉にされるとなんというか……多すぎる気がするの。今度から減らそうかな」
シェフィムはあからさまに驚いたというポーズをとってみせる。できる限り大袈裟に。その後わざとらしく悲しげな顔を見せると少女が口元を両手で隠した。
「そんな事したら、シェフィよりも先にわたしが寂しくなるよ。だから、ここへきた時は必ずちゅてするの」
少女がくすくすと笑いながら言う。シェフィムの表情がぱっと明るくなった。
「うん! そうだよね! 二人とも寂しくなるのはいやだよね! なら、僕がお仕事がんばったキスも追加していいよね」
「うん……いいよ。それで寂しくなくなるなら。ずっと一緒にいられるなら……わたし、シェフィ達と一緒にいたいよ。星の姫としての役割は大事だよ。でも……でもね、それ以上に、みんなと一緒がいいよ。おかしいよね。星のために生きる姫が自分の感情を優先するなんて」
それは星の姫としてはあってはならない事なのだろう。だが、シェフィムを含めた神聖達はそれを否定しない。シェフィムは首を横に振った。
俯いている少女をそっと抱きしめる。
「おかしいわけないよ。僕らには僕らの意志があるんだ。心があるんだ。それを誰にも否定させはしない。星が大事かもしれない。でもね、星のためだけに生きる必要もないんだよ」
「……」
「自分の願いは優先してはいけないと思ってるな、そんな役割なんて果たさなくていいから僕のために生きて。僕のためにフォルと結婚してみんなと一緒に笑っていて。その最後の役割を捨てた先で起きた事は全て僕の責任にしていいから」
星の姫の——少女の最後の役割を果たすと言う事はシェフィム達との別れを意味している。少女はそれを望んでいた。シェフィムに役割を果たす事を願った。
星のためにと少女は笑って受け入れていた。星の住民のためにそう見せていただけなのか、本心からきたものか、それは少女本人以外わからないだろう。
「……責任は負うよ。わたしが決めた事でもあるんだから。だから、ずっと離さないでね。わたしの騎士様」
不安に震える小さな両手がシェフィムの背中に当たる。シェフィムは優しく少女の頭を撫でた。
「うん。離さないよ。何があっても。だからもう、一人でこんな事しちゃだめだよ。最後まで、一緒にいるのを諦めないで。僕も、諦めないから」
「うん……うん」
シェフィムの服が濡れる。
人前では泣くな。声を出して泣くな。どんな事があろうと人には笑顔を見せ続けろ。それが星の姫であるという事。純粋なる星の象徴であるという事。
神聖姫が必ず教わる事。神聖姫は星の姫。純粋なる星を象徴とする者だと。
少女は声を出さない。ただ静かにシェフィムの胸で泣いている。
「いいんだよ。大泣きしたって。星の姫だからなんて気にしなくていいんだ。泣きたい時はおもいっきり泣いて、泣き疲れたら寝て、最後に笑顔を見せてくれればそれでいいよ」
「……そんなに子供じゃないもん。泣かないから、抱っこして。啓示が出るまでわがまま付き合って。本当は星の姫なんてやなのに、みんながいるからやってあげてるんだから」
子供扱いされるのはいやだったのか泣き止んでいる。シェフィムは少女を抱き上げると頬に口付けをした。
「あっ、啓示出てる……愛魔法って意外と便利……星の……これって」
「……これは予言ですらないんだよ。ただの忠告と変わらない。今すぐに動けばそうならない未来だってあるよ。問題は、どうやって情報を得て対策を考えるかが問題かな」
星から与えられた啓示はシェフィム達に嬉しいものではない。
それを変えるためにも動く必要があるが、内容がシェフィム達が知らない内容。まずは知らなければならないが、問題は
「……とりあえず、わたしは自分からここから離れられないからここで探すよ。シェフィは……もっと昔の星の歴史とか見られる場所ってあるのかな? わかんないけど、とりあえずどこかで探せばいいと思う」
必要な情報がどこにも存在しない。シェフィム達が調べても見つからなかった、星が誕生した頃から始まりの神聖が生まれた頃の歴史。星の中でもその歴史はなぜか消えてしまっている。
「シェフィ、寂しくなったらいつでもきてね。寂しくなくてもいつでもきてね。何もなくてもきてね。わたしはずっとここでシェフィと一緒にいるから」
「うん。一緒だよ。だから、君の方こそ寂しくなったらいつでも言ってね。必ず来るから」
シェフィムの身体が光に包まれていく。シェフィムは少女の左手首に魔法で創ったブレスレットをつける。
「これなら繋がりが強くなって、ある程度の意思疎通はできるようになるよ」
「ほんとぉ、うれしい。これならシェフィの魔法のお手伝いもできるね」
目が覚める前、この空間から消える前に見た少女のその笑顔は作り物ではない。自然な笑顔だ。




