1話 集落の夜異常
ボロく古い小屋。必要以上には家具が置かれていない。
「……おはよ」
ベッドの上で座っている少年の隣で髪の長い少女が眠っている。少年は髪の長い少女の頬に口付けをした。
「今日は近くにある集落で物資の調達をしてから少しだけ精霊達の様子を見にいくんだ。遅くならないうちに帰ってくるからね」
少年は髪の長い少女を守るように、ベッドの周辺に強力な結界魔法をかけた。
「それにしても、まさか近くに来ていたなんて。同調、しなかったのは幸いかな」
少年はドアを開けて外へ出る。広がるのは木々ばかりの薄暗い景色。ここはジュンドの森の奥地。原住民以外は誰も立ち寄らない場所。
少年は唯一の原住民が暮らす集落へ足を運ぶ。その途中、ジュンドの森には珍しい魔物と遭遇した。
魔物が少年に突進する。少年は突進する魔物を左に避けるのと同時に浄化魔法を発動した。
白い光に包まれて魔物が浄化されていく。少年は浄化される魔物に祈りを捧げた。
「……想いが浄化され清らかになりますように」
祈りを捧げた少年は再び集落を目指す。
幸いにも魔物と遭遇したのは一度だけ。その後は何事もなく集落へたどり着く事ができた。
「いたいた。またいつものもらえるかな? 」
少年は集落で取引をしてくれている男に声をかけた。
「はいはい。いつものと、一つ、悩み事を聞いてくれんかの? 」
取引をしてくれる男の表情が暗い。男だけではない。集落にいる原住民達はみんなどこか暗い表情を見せている。
「いいよ」
少年は集落に住む人々を確認してから笑顔で答えた。
「それが、最近変なもんが見えて……自分だけだと思ったら、集落のみんなが見ているんだ。同じ時間別の場所で恐ろしいものが……ひぃぃぃ」
男が突然怯え出した。男の視線の先には少年がいない。少年の向こう側、少年から見れば背後の方を見ているようだ。
少年も振り返って男の視線の先を見るが、何もいない。集落の人々が普通に暮らしている景色が見えるだけだ。
少年は右耳につけているイヤリングに触れた後、男に解呪魔法をかけた。
「……う……うぅ」
男が突然倒れた。意識がないようだ。それに顔が青ざめている。狭い集落だ。すぐに助けが来る。
「またか。これで何人目だ」
何人も倒れているのだろう。集落の人々は介抱するのにも慣れている。
「あの、今日はこの集落で一晩明かしていいですか? あっ、僕はある方の命でこの辺を調査しているシェフィムです」
シェフィムと名乗った少年は集落の人と一緒に倒れた男の介抱を手伝っている。
何度も通って困り事は進んで手伝っていたからか、集落の人々はシェフィムを信じて歓迎している。
「うぅ……くるな……やめろ」
倒れている男が突然暴れ出した。集落の人々が必死に暴れる男を抑えている。シェフィムは精神安定の魔法を暴れる男にかけた。
男が落ち着くまで絶えず精神安定の魔法をかけ続ける。十分ほどかけ続けると、落ち着いたのか顔色が良くなり大人しく眠った。
シェフィムは男の症状の原因を探るため、男は集落の人々に任せて周囲を見て回る。
「幻覚作用とかだと植物の可能性もあるけど」
シェフィムは集落に咲く植物を調べるが、幻覚作用があるものは存在しない。
それどころか、他の原因になる可能性があるものは何も見当たらない。
育てているものも危険性はないものばかり。
一見すると普通の集落と変わらない。だが、異常は確かに存在する。
集落の人々に話を聞くと、倒れた人々は二つのテントに集めて隔離しているようだ。理由は感染を防ぐため。シェフィムはそのテントに案内してもらった。
「……感染症ってわけじゃなさそうだけど。というか、これ病気ですら」
『治せそうか? 』
右耳のイヤリングから声が聞こえる。音質は悪いが、かろうじて誰かわかる。
シェフィムは案内してもらった時にもらった書類を見る。倒れた人がどんな状況だったのか。詳細に書かれている。
「うーん、どうだろ。夜にならないとわかんないかな。倒れた人はみんな夜の事を話して倒れたらしいから。気になるのは定期的に暴れるってとこだけど……何か」
書類には倒れた人は意識が戻らず、定期的にうめき声をあげて暴れる始めると書かれている。しばらくすれば大人しくなるとも書かれているが、時間は暴れる回数が増えるたびに長くなっている。大人しくなっている時間は逆に短くなっている。
『増援は必要か? 』
「僕の方は大丈夫だけど……集落の人達のサポートしてくれる人は欲しいかな。神殿に協力頼んでくれる? あそこの神和の聖女様と神官様を呼んで欲しいかな」
『頼んではみる。また夜に繋げてくれ』
シェフィムは右耳のイヤリングに触れた。音は消える。
夜になるまでは何もする事はない。シェフィムはテントを出て集落に植えられている木の側で座わる。夜までに全ての情報を暗記できるよう、書類を見ていた。
あたりが暗い。数少ない明かりの魔法具がわずかに外を照らしている。
シェフィムは立ち上がり、集落の様子を見る。
まるで誰かに操れてているかのように集落の人々はテントの外へ出てきた。
「……」
シェフィムは集落の人々を追いかけた。人々は同じ場所で立ち止まる。そこは集落の中心地。中心地を囲うようにして集落の人々は立っている。
そこには、倒れていた人々もいた。
「……っ⁉︎ 」
中心には一人の少女が現れる。その少女はあの小屋で眠っている髪の長い少女と似ている。
「……ふふ」
少女が薄っすらと笑みを浮かべる。少女が右手を伸ばす。
「……星に祝福を願いなさい」
愛らしくもどこか儚い声。シェフィムの知っている髪の長い少女の声と変わらない。
「……やっと見つけた。あの子のかけら。今助けるから」
シェフィムは転移魔法を使う。集落の人々を集落の入り口にあるテントに転移させた。
「……邪魔しないで」
少女がシェフィムに雷魔法を使う。シェフィムは防御魔法を使って防いだ。
「愛の星の音なり響く。愛の願い広がり、星の安寧保たれる。星の声を聴きたまえ、我が音を聴きたまえ。守護鳴る音が星に響かん」
シェフィムは少女に微笑んだ。少女の瞳からポタポタと涙が流れる。
「……姫の音が全てを浄化する。姫の声は聖なる調和の声」
少女の身体に青色の魔法陣が浮かび上がる。少女がシェフィムに笑顔を見せた。
「ごめんね」
「謝らないで。消させないから。その魔法から解放して、僕の元に戻ってもらう」
少女が目を見開いた。真剣なシェフィムの表情を見て、大粒の涙を溢す。
シェフィムは魔法杖を取り出した。
「君には話した事なかったかな。神聖書記と一緒に神聖術と魔法の書も渡されるんだ。そこに少しだけ書かれていた繋がりを使う術は得意なんだよ」
シェフィムは魔法杖を右手で持ちながら、少女を抱きしめた。シェフィムの持っている魔法杖からピンク色の光が発せられる。
シェフィムは優しく少女の背中をさすった。
「もう少しだけ、眠っていて」
少女の身体がピンク色の光となった。身体が消えたが丸いピンク色の光が漂う。シェフィムはピンク色の光に左手で触れた。
ピンク色の光がシェフィムの中に入る。
シェフィムは左手を胸に当てて瞳を閉じた。わずかにだが、少女の気配を感じられる。
「……あっ。忘れてた」
シェフィムは右耳にあるイヤリングに触れた。
『夜はもう始まっているが? 』
日中よりも低い声がイヤリングから聞こえてくる。
「ごめん、ごめん。忘れてた。でも、原因自体はどうにかなったよ。かけら……魔星が悪用されてたんだ」
シェフィムは明るい声で報告する。
『わかった。なら、引き続き調査を頼もう。次は結果だけを止めるように』
「気をつけようとは思っておくよ。じゃあ、僕は一旦あの隠れ家に帰るから」
シェフィムは右耳のイヤリングに触れた。少女がいなくなろうと、集落の人々の異常が治るわけではない。シェフィムは集落全域に解呪魔法を使った。
「……あとは聖女様にでも任せるか」
静まり返っている集落を一通り見て回ってから、シェフィムは転移魔法で小屋に帰った。
「……ただいま。ようやく見つけたよ。一つ目の君の願い」
シェフィムは眠っている髪の長い少女の頭を撫でた。愛おしそうな瞳を髪の長い少女に向けた。




