プロローグ はじまり
【星の意思が神聖生み落とす時、星の姫が誕生する。神聖の役割曰く、星の姫の守護。星の守護。星の姫の役割曰く、星の象徴。純粋なる姫君。
神聖は姫を愛せよ。星の姫に全てを捧げよ。
星の姫の消滅の時、星に厄災降りかからん。
——新訳神聖書記 一章一節】
静まり返っている教室。二十三の机と椅子。窓からはわずかな光が差し込んでいる。
二十三人の少年が椅子に座って教壇の奥に映る映像を見ている。
映像には新訳神聖書記の内容が長々と綴られている。
その映像が消えると休憩時間となる。年頃の少年達。休憩中は教室内に笑い声が響いていてもおかしくないだろう。だが、そんな笑い声どころか誰一人として喋っていない。静かな空間。
中性的で柔らかい雰囲気の少年は、そんな教室内を見て時間を潰している。
「……」
柔らかい雰囲気の少年の視界に一人の少年が映った。その少年はずっと一点を見つめている。その視線の先を確認すると泰然とした少年が教科書を読んでいる。じっと見つめている方の少年が俯いた。
柔らかい雰囲気の少年は立ち上がり、俯いている少年の方へ近づいた。
「どうしたの? 」
俯いている少年がビクッと肩を震わせる。
「えっと、僕は愛の神聖。君は……生命の神聖の弟の方だよね? 」
俯いている少年こくりと頷いた。
愛の神聖と名乗った穏やかな雰囲気の少年は前髪で隠れている少年の瞳を覗いた。その瞳は輝く宝石のように美しい黄金の瞳。
「これが、生命の星特有の黄金……これだけ純度が高いの初めてみた……きれい」
思わず口に出た言葉。俯いている少年が愛の神聖と初めて目を合わせた。
「……ほんとに? ほんとに、そう思ってくれるの? 」
「うん。ほんとだよ。生命の星の人の多くが黄金に近いって聞くけど、ここまできれいなの黄金は初めてみたよ」
それは愛の神聖の本心から出た言葉。愛の神聖はもう一度俯いている少年が見ていた先にいた泰然とした少年の方に視線を向けた。
「彼って、君の双子の兄だよね? どうしたの? ずっと見てたみたいだけど」
「……話、かけたい」
双子だというのに話しかけるのもできない。それがおかしい事なのだと俯いている少年は思っているのだろう。だが、ここではそれは当たり前になってしまっている。
その原因は明白だ。
愛の神聖は「任せて」と一言言うとお飾りの教壇に向かった。
その時、ちょうど休憩時間が終わる。二十二人、みんなが愛の神聖に注目する。
「次の授業って僕ら神聖の在り方についての談義だよね? 」
いずれは二十二の神聖達をまとめる存在となる愛の神聖。だが、今はまだ羽化していない卵。その役割の自覚も必要性も存在しない。
愛の神聖は震える拳を背中に隠す。いつも通りの柔らかい笑顔を見せる。
「僕ら神聖はどんな存在? 星を守る。それも大事な役割だと思う。でも、もう一つあるよね? 神聖姫を守るっていう大事な役割。星と違って、姫には繊細な心があるんだよ。僕らが互いに無関心だと姫はどう思うんだろ? 姫に何かあった時、こんな状態で連携なんてとれるの? 今、その隣にいる人を信頼できる? 」
答えはノーだ。全員そのくらい理解している。全員黙っている。黙って愛の神聖の話を真剣な顔で聞いている。
「それにさ、僕らは神聖に選ばれた時点で運命共同体だ。どうせずっと一緒ならさ、笑い合える仲の方が良くない? その方が楽しくない?…… ずっと不仲で誰とも関わんないなんて、いやじゃない? 僕は……いやだよ。寂しいよ」
まだろくに神聖術も魔法も使えない愛の神聖とは違う。他の神聖達はすでに神聖術も魔法もわずかでも使えている。
もし、反感を持たれたらどうする事もできない。
今にも震えそうな足で立っている。頭が真っ白になり、何も話せなくならないよう必死に言葉を紡いだ。
全ては俯いていた生命の神聖の弟のため。たった一人のためだけに、言葉を選び続ける。
「て事で、今からみんなで自己紹介しない? 僕ら、それすらなかったから」
反応はない。だが、行動は変わった。何かをノートに書いている。考え込んでいる。それぞれ、話を聞く以外の行動を見せている。
「僕は愛の神聖シェフィム。シェフィム・レディエース・エンシェルト。旧神聖用語で純粋な想いらしい。えっと、妹いるんだ。とってもかわいくて愛らしくてかわいい神聖姫。よろしくね」
愛の神聖は慣れない自己紹介をこなす。笑顔を崩さず、言葉を止めて他の神聖達を見る。
「俺! 俺はゼーシェリオンジェロー・ミュード・アロジェーシンティード! 氷の希望らしい。旧神聖語苦手。それと兄がいるんだ。みんなの事いっぱい知りたい。寂しいから常に誰かと一緒がいい! 誰もが幸せだって笑う争いない星になればって思うんだ」
堂々としている少年——氷の神聖の弟が右手を挙げて立ち上がって言う。
それに続いて、生命の神聖の弟も立ち上がった。
「僕は……僕は——えっと、意味は、星の生命の輝き? あの、双子の兄がいて、いっぱい話したい。みんなとも話したい。よ、よろしくおねがいします」
二人の後に続いて次々と自己紹介をする。ノートに書いた絵を見せて説明する者、魔法を見せる者。それぞれ、自分らしい自己紹介をする。
それがきっかけとなった。自己紹介で気になった相手にみんな話に行っている。生命の神聖の弟も、ずっと話しかけたかった兄に話しかけられたようだ。
愛の神聖は一人でゆっくりと休んでいると、生命の神聖の弟がきた。
「……あの、シェフィム……ありがと。それと……その……僕の事フォルって呼んでいいから、シェフィって呼んでいい? 」
「うん。仲良しって感じでいいね、それ。よろしくね、フォル」
「……うん! よろしく、シェフィ」
愛の神聖は右手を差し出した。生命の神聖の弟は一瞬目を輝かせた。
この握手は神聖達の記憶に残る初めての握手だろう。
「……そういえば、神聖の儀式って十日後だよね? シェフィは不安じゃない? 儀式殿での試練の前に辿り着くまでもむずかしいって。僕、まだちゃんと魔法扱い慣れてないから心配だよ」
「僕も心配ではあるかな。でも、きっと大丈夫だよ。今までの神聖達だって失敗した事ないんだから。僕らだってきっとできるよ」
「……うん。そうだよね。お互い頑張ろうね。姫のためにも。僕らのためにも」
神聖となるのは重要な事。この教室で散々教わってきている。愛の神聖も生命の神聖の弟も、他の神聖達も、儀式の後は希望に満ちた運命が待っているのだと教わってきている。
だからこそ、神聖達は儀式に好意的な目を向けていた。
だが、それはあるはずもない夢。その事実を儀式当日に知る羽目になった。
儀式殿は神聖一人につき一つ存在する。別々の場所で、みんなは儀式をしているんだ。だから、自分も必ず儀式を成功させる。一緒にいるために。
その想いを胸に、愛の神聖は儀式に挑み儀式殿の最奥まで辿り着いた。
そこにいたのは、愛の神聖に似た存在。
「神聖なる音色が奏でし歌、星の深層へと導かん」
いくつかの問答を重ねた末、シェフィムは儀式空間へと入った。
まるで身体が作り替えられているかのような苦痛と永遠のように感じる星の歴史の映像。
どれだけの痛みが襲おうと声を出す事すらできない。ただ、映像を見て星の隠したものを知るだけ。
神聖は人ではない。神聖は、星を破壊する力を持っている。神性に希望なんて存在しない。
争い続ける歴史の中で幾度となくそれを思い知らされる。数万年以上の星の歴史の中で神聖が救われる事など一度もない。
外では十日間。
ようやく解放された時には星の意思はそこにいなかった。
「……してやるよ。僕らが化け物だって言うなら、その通りに勝手にしてやるよ。絶対に僕らは星を守ってやる。絶対、後ろなんて向くもんか。僕らが人だって証を見せてやる。星の争いをなくしてやるよ」
『よく言ったな。シェフィ。それでこそ——だ。この星の中で、いつまでも見守ってやる。だから、奇跡を見つけてこい』
聞こえてきた星の意思の声。希望がない神聖。否、その声は、その声には希望がある。神聖のわずかな希望を、信じ続けさせてくれる。
その日、新たな神聖が生まれた。その神聖は、星に絶望をもたらすだろう。神聖は絶望を知るだろう。その時、選んだ選択がその絶望に終わるか、新たな絶望へと向かうか。その時がくればわかる事だろう。




