3.朝食時の宣言
パンとスープとサラダ、それがラガンデ侯爵家で振る舞われている朝食だ。
食卓は家族で囲む。お父様とお母様が並び、その対面に私とイルディンが座る。それが私達の日常であった。
「さて、イルディン。今日から私は、少し意識を切り替えていこうと思っているのよ」
「意識を切り替える? それは何に対してなのかな、姉さん」
「あなたと婚約者として、より親密に振る舞おうと思っているの」
「……え?」
せっかくなので、私はそこで決意表明しておくことにした。
エスリアと話したお陰で、私の中で気持ちに整理ができた。今日から私は、心機一転してイルディンとの日々を過ごしていくつもりだ。
それは両親にも伝えておきたいことだった。二人とも急なことで驚いたのか、目を丸めている。
「……アルメネア、そのことについて詳しく聞かせてもらいたいのだが」
「そうね。私達も興味があるわ。アルメネア、ちゃんと一から説明してもらないかしら?」
「ええ、もちろんそのつもりですよ、お父様、お母様」
私の言葉に、両親は少し不安そうにしていた。
ただそれは、すぐに取り払われることになるだろう。私がこれから言うことは、何も特別なことではないのだから。
「イルディン、私は今まであなたに対して姉として振る舞ってきたわ。あなたの告白を聞いても、それはあまり変わっていなかったのかもしれないわね」
「あ、えっと、それはどうかな? 変わったような気もするけれど……」
「でもこれからは、婚約者として意識していこうと思っているのよ。夫婦になることを前提として、あなたと付き合っていこうと思うわ」
「なるほど……なるほど? いや、姉さん、あまり頭に話が入ってこないかもしれない」
イルディンは、私の説明に対して微妙な反応をしてきた。
思っていたよりも、私の決意表明というものはわかりにくいものなのだろうか。両親の反応も同じようなものなので、なんだか不安になってきた。
「……まあ、それ程変わることがある訳ではないわね。ただ私の意識を切り替えていこうと思っているという話よ。それをあなたに許してもらいたいの」
「まあ、別に僕としては断る理由もないのかな? 姉さんの意識が変わるだけというならば、僕に言えることはないような気もするし」
「とりあえず聞いてもらえて良かったわ」
イルディンはまだ、私の変化というものが想像できていないらしい。それは今後、態度で示していくしかないということだろう。
それはもう、仕方ないことなのかもしれない。しかし私の態度が急に変わったらイルディンも驚いただろうし、伝えておいたのはやはり正解だと思う。
「アルメネア、少しいいだろうか?」
「お父様? どうかしましたか?」
「いや、なんというか……お前は少々、大胆な所があるからな。それに少し大雑把ともいえる」
「それは……そうかもしれませんが、どうして今そのようなことを?」
お父様に話しかけられて、私は少しげんなりとした。
言われたことは、自覚していない訳でもない。しかし、いきなりこのようなことを言われるなんてあんまりだ。私が何をしたというのだろうか。
「アルメネア、お父様は何もあなたのことを批判しようとしている訳ではないのよ」
「お母様? そうなのですか?」
「ええ、なんというか、イルディンに対してもう少し手心というか、気遣ってあげた方がいいと言っているのよ。その、急に態度を変えると混乱するでしょう?」
お父様の発言の意図は、お母様が説明してくれた。
つまり私の先程の表明が、二人からしてみれば良くないものだったということだろうか。
しかし、私は急に態度を変えると混乱するからこそ、表明した次第である。それでも駄目だというならば、姉弟から婚約者へと変わることができなくなるのだが。
「お父様、お母様、私とイルディンを婚約させたということは、私達に夫婦になれということですよね? それならばそれらしい態度というものが、あるのではありませんか? そうなるためには、変わっていく必要があると思うのです」
「……いや、お前は変わる必要などはない。今まで通りでいた方が良い」
「……そうですね。アルメネア、あなたが変に意識して変わると、イルディンの方が持たないかもしれないわ」
お父様とお母様は、私の言葉に対して強く反発してきた。
二人は一体、何を心配しているのだろうか。もしかして、私に婚約者らしい振る舞いができないと思っているとか。
確かに私は、ガルビム様との婚約を駄目にした訳だし、その点に関して二人は心配なのかもしれない。
婚約者らしく彼と過ごせたと聞かれたら頷けないし、二人の言い分も一理あるものだろうか。
とはいえ、変わることは必要だ。関係性が変わる以上、やってみるしかないと思うのだが。
「……二人とも、心配しなくても僕は大丈夫ですよ」
「イルディン?」
「姉さんが変わろうとしているならば、僕はその変化を受け止めてみせます」
「イルディン、そうは言うが、お前は……」
「……そうね。イルディンに覚悟ができているというならば、私達が止めることではないかしら?」
不安を抱く両親に対して、イルディンは強く言い切った。
その言葉を聞く、彼が立派な次期ラガンデ侯爵であると思わせてくれる。
ただ、イルディンは少しげっそりとしているようにも見えた。まだ不安があるということだろうか。別に私は、そこまでおかしなことをするつもりないのだが。




