⑨
窓から西日が差し込んで、廊下を紅に染めている。
今は放課後だ。
晃はフラフラとした幽鬼のような足取りで部室へ向かう廊下を歩いている。
昨日はいつもより早く家に帰ったはずなのにこんなにフラフラしているのにはもちろん理由がある。
その理由とは端的に言うと早く帰れたのでテンションが上がってしまい、朝まで読書をしていたのだ。そのせいで結局寝ていない。
何と言う本末転倒。だが、久しぶりにゆっくりと本を読めた晃の顔は眠そうだが晴れやかだった。
フラフラとした足取りのまま部室の前にたどり着く。やっと眠れる。そう思うと膝から崩れてしまいそうだ。
「ちわーっす」
部室のドアを開けると変な光景が晃の目に入ってきた。違う意味で膝から崩れ落ちてしまいそうだ。
「しゃー!」
「ふー!」
梅と美咲がハードカバーの本を手に取りながら威嚇しあっている。その威嚇している姿が小動物に似ていてほんわかとしかけたが、ほんわかして良いような空気ではなさそうだ。
二人とも相手を睨み付けながら剣呑な空気を放っている。
・・・・・・寝たいだけだったのになんでこんなめんどくさいことやってんだろ、こいつら。できればスルーしたい。だって絶対めんどくさいことになるもん。でも止めないと寝れなさそうだ。・・・・・・はぁ、しゃあないか。
晃は静かに二人に近づくと二人の手から本を奪った。
「あっ」
「わっ」
「どうどう、止めなさいな。暴力は空腹しか生まないぞ?」
二人を宥めながら二人の持っていた本の背表紙をみる。
『広辞苑』『六法全書』
・・・・・よかった。投げさせんで本っ当によかった。こんなん直撃したら怪我じゃすまなそうですしねぇ。
「それで、なんでこんな空気になってん? 出会って二日目で喧嘩始めるとかお前ら仲良すぎだろ」
「「仲は良くない(ありません)!!」」
「おぅ・・・・・・息ピッタリ」
二人ともそんなにすぐ人と仲良くなれるような性格だったか? 晃の記憶が正しければ少なくとも美咲は社交的ではなかった気がする。
はっきり言ってしまうと内向的な精神的ニートだった気がする。
とにもかくにも状況を確認しないことには対策も妥協案も導き出せない。せめて事の発端だけでも聞き出さなくては。
「まぁ、仲が良いかどうかは脇に置いておいてさ。何でこんなことしてたの? 原因はどっち?」
「「そっち」」
二人とも全く同じタイミングで相手を指差した。仲が良すぎるってのも考えものだねぇ。
「・・・・・・うん、今のは俺が悪かったね。状況の説明をしてくれない?」
そう聞くと二人は相手の言葉を遮るようにして必死に話し出した。
美咲は論理的に。梅は感情的に。説明のしかたは本人のキャラが出るが、ここまで極端だと面白い。そんな二人でも自分の正当性を語り、相手の間違いを言うところは同じだった。
聖徳太子になった気分で二人の会話を聞き取りながら要約すると、話しているうちに出てきた意見の食い違いが進んだ結果ああなったらしい。
実に下らない理由だったがその話と言うのもまた下らない。広辞苑と六法全書はどちらが防御力が高いかと言う話だったらしい。
ぶっちゃけ大差ないと思う。
「ぶっちゃけそんなに変わらなかろう」
「「はぁ!?」」
思いっきり睨まれてしまった。何を張り合っているのやら。
「六法全書の方が高いに決まってますよ。あの厚み、質感、カバーの安心感。どれをとっても六法全書の方が上です」
「違うわね、広辞苑よ。あの厚みは日本最高なのよ? 日本の本の規定のサイズを越えてしまいそうになったから紙の厚みを減らしたと言う話もあるほど。それで紙の厚みを減らした分ページ数は増えているからそれが防御力に繋がっているはずよ」
梅が六法全書で美咲が広辞苑を擁護しているらしい。
ぶっちゃけどちらの防御力が高くても変わらん。あんなん持ってたら機動力を削られてそのせいで死ぬわ。
そう思ったが口には出さない。舌戦の矛先がこちらに向いたらめんどくさいではすまない。
「て言うかこんなにちがうのにどっちも同じとかあり得ないですよ」
「その意見には不本意ながら同意するわ。この二つの違いもわからないなんて・・・・・・」
何故だろう、思ったことを口に出さず自重したのに矛先がこっちに向いてる気がする。いや、気がするじゃないな。こっちに向いてる。だって視線をバンバン感じるもん。
しかも、あんなに相手を責めていたと言うのに二人で連携して晃のことを責め始めた。
二人の会話はどちらの防御力が高いかから晃のダメなところに争点が移っている。その話ではこうとの付き合いに一日の長がある美咲の方が有利らしい。いや、有利とかないから。
二人が仲良くなるなら俺が争点に上がっても良いかな〜。・・・・・・なんて言う訳ねぇだろうがー!! 何で俺のことディスって手を取り合うんだよ! これはあれですか? 新手のいじめですか? クラスの心を一つにするために一人をクラス全体でいじめる感じですか!? あー、滅べー!!
・・・・・・なんてね。言えるわけないですよ。言ったら最後、もっとディスられますもん。
晃はそう考えると晃の話で盛り上がっている二人をよそに部室の隅に腰を下ろし、目を閉じた。その数秒後には晃から安らかな寝息が聞こえ始めた。
今日もHJMB部は平和だ。




