⑧
幸いにしてすぐに相手を見つけることができた。
だが、どうしたものか。たぶんこのまま(鬼の面を顔に着けたまま)相手の前に出たら警戒されるだろう。かと言って鬼の面を外すなど論外だ。そんなことをしたら歯止めが聞かなくなってしまう。
・・・・・・考えるのが面倒くせぇ。このままで良いや。
思考を放棄するとまた屋根の上に上がる。先回りして、あたかもたまたま歩いていたら見つけてしまったみたいな状況を演出する。そうやって入った方が相手に取っ掛かりやすいというのは経験則から知っている。
少し先回りして路地に入り、ちょうど良いタイミングで道路に出る。
体が接触しそうになるが、それを晃はギリギリで避けることができた。
「キャッ!」
だが、相手はそう上手く避けることができなかったのか倒れてしまう。倒れた拍子につい漏れてしまった声は少女のもののようだ。
「大丈夫かい?」
晃は手を差し出して助け起こそうとする。
「えぇっと、ありがとうございます」
少女は一度視線を泳がせて迷ったあと、その手をつかみ立ち上がる。
「スマンね、少し不注意だったようだ」
「いえ、こちらこそ。少し慌てていたせいで周りが見えていなかったようです」
少女はまだ深くフードをかぶったままだ。しかも、その裾を手で押さえて俯いている。これでは顔を拝むことすら叶わない。
それだけ素顔を見られるのが嫌な理由でもあるのだろう。
俯いているせいで晃が鬼の面をつけていることにもツッコんで来ない。それに若干の寂しさを感じながらも晃は話を切り出すことにした。そのためにこんな面倒な出会い方をしたのだから。
「それで、君はこんな時間に何をしていたのかな? いや、しているかな? 君の年齢がいくつかは存じ上げないが女性が一人で出歩く時間でもないと思うが」
「そ、それは・・・・・・。その、事情があって」
「事情、か。どんな事情があれば警官に追われるのか聞いても良いか?」
「・・・・・・何故知っているんですか?」
「この町は静かだからね。大きな声はすぐに響く。外を出歩いていたやつは全員知ってると思うよ?」
晃の返答に一瞬だけ疑わしげな視線を向けたが、その視線もすぐに霧散する。正しい理由だと思ったのかもしれない。
「そんなに目立ってましたか?」
「まぁ、目が覚める程度にはね」
「すいません・・・・・・」
少女はすまなそうに頭を下げる。
自分が追われていたせいで晃が起きてしまったとでも考えたのだろうか?
だとしたらそれは早とちりだ。晃は『目が覚める』とは言ったが、『目が覚めた』とは言っていない。要するに客観的な視点からの発言であって、べつに晃は謝罪を誘発させたかったわけではない。
「まぁ、それはともかくとしてだ。なぜ追われていたのか聞いても良いかな?」
「それは・・・・・・」
「君が化け物だからかな?」
「っ・・・・・・!」
顔を隠している少女の息を飲む気配が晃まで伝わってくる。晃の発言は的を射ていたらしい。
少女は警戒心を込めながら、上目使いに睨み付けてくる。少しばかりその視線に感じるものがないでもなかったが、今はそんなことより話を進めるべき時間だ。
「そう警戒しないでね。ただ、同族には同族が匂いでわかっちまうってだけだから」
「ホッ・・・・・・」
少女は心から安堵したように息をはく。
『同族』
その言葉は少女にとっては嬉しい言葉だったらしい。
「それで、何で君は追われてたの?」
「・・・・・・警官に追われていたからです」
「別に逃げる必要もないだろ。警官に捕まったって精々が職質だろうに。それとも何か? なんかヤバイことでもしてんのか?」
「そんなことはしてないです! ただ・・・・・・私たちの風当たりは辛いじゃないですか。だから、捕まらないようにしないと、と」
「辛いも何も、俺たちの立場を悪くしてるのは今の君みたいに夜に出歩いてるってこともあるんだぜ? 日中に外歩きゃあ良いだろうが。あいつらに初見で俺たちを見分ける術はないんだ。心にほの暗いことでもなければ普通に出歩けるだろ」
少女が唇を引き結び、黙る。
晃の言っていることはいちいち正論なので、少女が弁解してもかけ板に水とあまり意味をなさない。
そして、今気づいたことだが、この少女は外出の理由を話す気がないらしい。話し方は拙いのにそのことに思考が向かないようにするテクだけは上手い。その才能を他に回せば良いのにと思わなくもない。
まぁ、とりあえず外出の理由を聞き出しますか。それができないにしてもこの現状の妥協案ぐらいは出したいところだ。
もうめんどいし。
「もうめんどいから早くゲロってよ。帰って寝たいし」
「・・・・・・言えません」
少女は頑ななまでに話そうとはしない。
・・・・・・もういいかな。詮索すんのもめんどくせぇし、そういうのは俺の仕事じゃねぇ。そして、業務内容に含まれていないことをするほど勤勉でもない。
「はぁ、まぁ良いや。もう詮索はしねぇ。めんどくせぇしな」
「ありがとうございます」
そう言いながら少女は頭を下げる。
「それじゃあ、俺とちょっとした約束をしてくれない?」
「約束・・・・・・ですか?」
「そ、約束。お願いって言い換えてもいいかな? 俺は君がこんな時間に外出している事情について詮索しない。そして、君の事情について必要であるなら協力しよう」
晃の言葉を簡単に意訳すると見逃してやるからこちらの条件を飲めになる。そこまで考えていたわけではないが少女の耳にはそう聞こえた。
「そちらの要求はなんですか?」
自然、少女の声も強張ってしまう。
何故声を強張らせるのかを疑問に思いながらも晃は要求を口にした。
「夜、俺の話し相手になってくれない?」
「? どういうことですか?」
「いや、だからね? 君は自分の目的のために夜、今日みたいに外出するんだろ? なら、俺の話し相手になってくれないかなって。夜に一人は寂しいんだよね」
どんな無体な要求を突きつけられるかとビクビクしてい少女は拍子抜けしたように肩を落とした。
晃の要求は晃の提供する利に対しては微々たるものだ。
「そんなことでよければ」
「そか。んじゃ、契約もすんだことですし自己紹介といこうかね? 俺は晃、佐々木 晃だ」
「あ、はい。私は萌木 梅です」
「ん?」
「え?」
相手の名前を聞いた二人は同時に頭を上げて相手の顔を見ようとする。
しかし、少女の顔はフードで隠れているし、晃の顔には鬼の面がつけられていたから相手の顔を窺うことはできない。
「お前、梅なの?」
「晃先輩なんですか?」
晃はそう言うと鬼の面を顔から外す。今まで張り詰めていた空気が体から抜けるのに伴って脱力感が体に押し寄せてくる。
今日はもうダメかもしれんな。帰って寝るか。
「はぁ、気ぃ張ってて損した。んじゃな」
「あ、はい。それでは、また部活で」
晃はあくびを噛み殺すと梅に背を向けて歩き出した。
その背中を明滅を繰り返している頼り無さげな街灯が照らしていた。




