⑥
部員が増えたからと言って部活が終わるわけでもない。
HJMB部に限って言えば、べつにサボったからと言って特に何か言われると言うことはない。そう言うところに晃も美咲も基本的に無関心なのだ。相手がいなかったとしても自分のしたいことをして帰りたくなったら帰る。それがHJMB部の唯一のルールらしいルールである。
「そう言えば。気になったんですけどこの部活のHJMBって何なんですか?」
「・・・・・・わからないで入ってきたの?」
「・・・・・・だってビビッと来たんですもん」
「さっきも思ったが意味がわからん」
さっきは好意的に解釈したが、やっぱりビビッとの意味が全くわからん。感覚的な表現はどうしても相手との間に認識の齟齬が生まれるからあまり使いたくない。
だと言うのにこの後輩は使いやがって。腹立つなぁ。
まぁ、それはともかくとしてHJMBはどう意味なのか、か。これに関しては言いたくない。いや、べつに言ってもいいんだが下らなすぎると言うかガキっぽい略し方だからな。
「これの説明は先輩にパス。俺は寝る」
晃はそう言うと膝に頭を埋めてすぐに寝息をたて始めてしまった。こんなに早く眠りにつけると言うことはよっぽど疲れていたのだろう。
その様子を見た美咲は一つため息をつく。
「また晃は私に面倒事を放り出して・・・・・・」
「え〜っと、無理ならべつにいいんですけど・・・・・・」
「いや、べつにそういうことじゃないのよね。・・・・・・はぁ、言っちゃうかしら」
もう一度ため息をつくと、意を決したように口を開く。
「この部活のHJMBってのはね、『暇と情熱をもて余したバカ』のローマ字表記の略なの。だからHJMB部ってのは『暇と情熱をもて余したバカの部活』って意味」
「えっと、それはそのぅ・・・・・・こ、個性的なネーミングセンスですね?」
そう言った梅の口の端は妙にひきつっていて、言いたいことを必死に言わないようにしているのが丸分かりだった。
そして、梅が何を言いたいのかも美咲には丸分かりだった。この反応はすでに美咲も通った道だったからその言いたいことには簡単に同意できる。
「言いたいことがあるなら好きに言っても良いわよ」
「あ、それならお言葉に甘えまして。酷いですね」
「そうよね・・・・・・。それが普通の反応よね」
そう言うと美咲は深く深くため息をつき、どこかここではない遠くを見つめるような目付きになり、
「こんな変な名前つけやがって・・・・・・!」
怒りに震えていた。
普段は表情がない美咲が、今日は表情豊かだ。新入部員が入ったことがそれほど嬉しかったのだろうか?
「つけやがって、ってことはこの名前をつけたのは誰なんですか? 晃先輩ですか?」
「いや、晃のネーミングセンスはそこまで酷くないわよ。晃も大概だけどね。去年はもう一人部員がいたのよ。そいつがこの部の名付け親で創始者」
「その人は卒業しちゃったんですか?」
去年までいて今年いないのなら卒業してしまったと考えるのが普通だろう。いくら頭が弱いと言ってもこの程度のことを考える程度の脳は持っていたらしい。
だが、事実は小説より奇なりと言う。こんな変な部活を立ち上げた人間が常識の枠に入っているはずがなかった。
「まだこの学校に在籍してるわよ。一応」
「? 一応ってどう言うことですか?」
梅はかわいく小首をかしげる。顔立ちが整っていることもあってかかわいい。が、美咲はべつに同姓愛者ではないので特に何も感じなかった。
そんなことより、今話していたのはあのバカの話だったはずだ。
「あいつは私と同じ学年なんだけどね、今年の二月ぐらいかな? 『旅に出るぜ!!』って言ってどこかに言ったっきり音沙汰がないのよ」
「それはまた変わった人ですね」
「良いやつではあるんだけどね・・・・・・それがまた質悪いって言うかなんと言うか」
今度こそ美咲は昔を懐かしむように遠くを見つめている。
今思い返してみるとあのバカがいた頃が一番世界が色づいて見えていた気がする。あいつは良くも悪くも空気をぶち壊してくれたからね。そう言えば初めて晃とあったのもあいつに紹介されたからか。あの頃とは私も晃もずいぶんと変わったな。
美咲は美しい? 思い出に浸っているようだが、ついさっき入部したばかりの梅にはそれに同調することができない。そのせいか暇になってしまった。なので、暇潰しに晃を眺めることにした。
ただジッと晃を見つめ続ける。
端から見たらこれは大分不思議な光景に見えるだろう。一人は昔を懐かしんで遠い目をし、一人は壁に背を預け、体育座りで睡眠。最後の一人は寝ている男を何が面白いのかジッと見つめている。
寧ろ、このカオスさ加減はHJMB部を表す上では意外とちょうど良いのかも知れなかった。




