⑤
「今日も眠いにゃー・・・・・・」
大きく口を開けてあくびをしながら一人廊下を歩く。
時間は放課後。今日も特に問題なく一日が終わった。・・・・・・いや、問題があったと言えばあった。意見の食い違いから国語担当の教師と論争をしてしまったのだ。
珍しく暑くなってしまったせいか、今日は一段と疲れている。
こんなときは寝るに限るにやー。
そんなことを考えていたら部室のドアの前についていた。
ドアを無造作に開けると部室のなかに先輩の背中があるのが見えた。いつも通りにピンと背筋を伸ばしている。いつも背筋を伸ばしていて肩が凝らんのかね?
そんなことを考えていると一つのことに気づいた。
・・・・・・俺の席がない。
窓側にある日当たり抜群の俺の席がない。
べつに晃の分の椅子が窓から外に投げられていて物理的に無いわけではない。晃のいつも座っている椅子に知らない女生徒が座っているのだ。
この部室には必要最低限の備品しかおいていない。部費が少ないと言うのもあるが、純粋に片付けと掃除が面倒だからだ。勿論、椅子も晃と美咲の分で二つしかない。ちなみに壁際にある本棚に入ってる本は美咲の私物なので部費は関係ない。そして、私物と言うこともあってか美咲が丁寧に管理している。
・・・・・・話がそれた。だから、正確に言うと椅子がないのではなく晃の使う分の椅子がないのだ。
普段、晃が使っている椅子には先輩とはまた違った感じの美少女が座っていた。茶味がかかった黒髪を肩にかからない程度まで伸ばしている。先輩を静の美少女だとするとこちらは動の美少女とでも言おうか。・・・・・・自分で言っておいてなんだが意味がわからん。要するに先輩に負けない程度の美少女だ。
と言うか、例え美少女だとしても自分の椅子を使われていては苛立ちしか出てこない狭量な晃だった。
「てか誰だよ、お前」
「あら、晃。来たのね」
晃が声を発したことで晃の存在を認識したのか、美咲がこちらを振り向きもせずに声をかけてくる。・・・・・・こっちを振り向きもしない感じ、先輩らしいな。
美咲の机を挟んで向かい側では女生徒も軽く頭を下げている。
礼儀正しい娘なんだにゃー。って、そんなことはどうでもいいか。
部室に入り、後ろ手にドアを閉める。
「・・・・・・で、そいつは誰なんすか? 俺様の椅子を勝手に使ってる理由がどうでもいいことだったらしばいてもいいですか?」
「駄目よ。と言うか俺様って言うけどあなた何様のつもりよ」
「お殿様」
「・・・・・・・・・・・・」
真顔で質問に答えたら美咲はしょっぱい表情を浮かべる。・・・・・・そんな表情浮かべられるようなこと言ったか?
疑問に首を捻っていると、晃の席に悠々と座っている女生徒が羨ましげな視線を二人に向けている。
「お二人は仲が宜しいのですね。羨ましいです」
「どこが仲が良いように見えるのよ」
「そうだね。愛し合っているからね」
二人が同じタイミングで全く反対のことを言う。
美咲は晃の発言を聞いて、嫌そうな表情をしながら晃を見ているが、晃はどこ吹く風と気にしていない様子だ。
「・・・・・・まぁ、いいわ。梅、自己紹介してあげて。そうしないと話が進まなそうだから」
「あ、はい」
声をかけられた女生徒は律儀に立ち上がる。
「私は萌木 梅です。一年です」
「ソーデスカ」
晃は自分から聞いたと言うのに興味なさげに棒読みの反応を返す。
座る椅子がないなら仕方ないかな。晃は壁に背中をつけて腰を下ろすと、体育座りをして、膝頭に顔を埋めた。
「そーですかじゃないわよ。あなたも自己紹介なさい」
「え〜? ダルいっすよ」
「ダルいじゃないの。しなさい。先輩命令よ」
心底めんどくさそうな顔をした晃だか、先輩命令と言われて腹をくくったのかめんどくさそうな表情のまま口を開く。
「二年、田中太郎。以後よろしく」
「よろしくお願いします」
梅は頭を深々と下げる。本当に真面目そうな娘だなぁ。
「いや、田中太郎って誰よ。正直に言いなさいよ」
「え、田中太郎先輩じゃなかったんですか!?」
美咲の言った衝撃の事実に梅が目を見開いて驚いている。・・・・・・そこまで驚くようなことかなぁ? 梅は根が純粋なようだ。
「偽名ってわかるでしょ。寧ろ、田中太郎なんてありがちな名前の人がいたら会ってみたいわ。ほら、ふざけてないで真面目に言いなさい」
田中太郎の次点は鈴木一郎かもしれない。全国の田中太郎さんと鈴木一郎さんすいません。
「へーい。織田信長だ。学年はさっき言った通り二年だ」
「あ、歴史上の人物と同じ名前なんですか。よろしくお願いします」
「・・・・・・いや、どう考えても嘘でしょ」
「え、また嘘なんですか!?」
・・・・・・訂正。この娘は純粋なだけじゃない。たぶん、頭が弱い娘なんだな。それか人を疑うってことを知らないんだろうな。
ここまであっさりと騙されてくれると腹のなかでは別のこと考えてそうで若干怖いが、この娘には無さそうだ。驚いてる顔が真に迫りすぎている。
「て言うか、晃。いい加減にしなさい。ちゃんとしないと私も怒るわよ」
「はいはい、あ〜っと・・・・・・わかりましたって。ちゃんとやりますから」
三度目の正直とふざけようとしていたら美咲に思いっきり睨まれてしまった。その視線はこう語っている。
次はないぞ、と。
その視線に生命の危機を感じた晃は真面目にすることにした。
「佐々木 晃だ。年齢はオフレコで」
「あ、晃先輩ですね。よろしくお願いします」
「年齢をオフレコにする意味あったの?」
「いや、無いっすよ。言ってみたかっただけです」
晃のてきとうな言動に疲れたように美咲がため息をつく。
晃と出会ってからため息をつく機会が増えた気がする。だが、前より暇しなくなったのでいい傾向だと思って妥協しよう。
「自己紹介も終わりましたし、いい加減に梅が俺の席を占拠してる理由を聞いてもよかですか?」
「あぁ、まだ言ってなかったわね。梅はうちの部活に入部希望なのよ」
「へ〜、珍しいっすね」
ここ、HJMB部は学校での認知度も去ることながら、立地も悪く新入部員が来るような部ではない。
この学校は比較的簡単に新しく部活を作ることが可能なのでHJMB部のような活動内容も定かではないような変な部活が闊歩しているのかもしれない。
その中でも特にこの部活は特殊だ。まず名前が意味不明だし、活動内容なんて特に決めてもいない。そんなHJMB部に新入部員なんて何か裏があるのではと勘繰りたくなる。
「何でこんなクソみたいな部活に入ろうと思ったんだ?」
「ん〜・・・・・・何となくですかね? 何て言うか、ビビッと来たって言うか」
「そうかい」
梅は頭が残念な娘らしく発言を聞いていても要領を得ない。
まぁ、好意的な解釈をすると感性に引っ掛かったってとこかな? ひでぇ感性だな。まぁ、何にせよ部員が増えるのは悪いことではないか。
「んじゃ、これからよろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
こうしてHJMB部に部員が増えた。
頭が多分に残念なことを除けば、梅はいい娘だと思う。




