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ある国にある、ある町の、ある高校。

「平和ってなんでしょうね」

「お前は唐突に何をほざいているの?」

その平和な高校の中にある小さな部屋の中に二人の声が反響する。だが、その反響はさして長い時間とどまったわけでもなくあっさりと空気に溶けていった。

その部屋の入り口の前には『HJMB部』と書かれていた。その四文字がなんの略称なのかは現段階では推測すらできない。

その部屋の中にいるのは二人。

机にダランヌと体を投げ出している男子生徒と背筋をピンと伸ばし本を読んでいる女子生徒の二人だった。

机に体を投げ出している男子生徒は学校指定のものであろうブレザーを着ている。目の下には深く濃い隈があり、校則通りとはいかないまでもある程度は整った服装をしている。細身ではあったが、華奢と言うほどではない。手入れをしていないのか、髪はボサボサで寝癖で軽く跳ねている。そして、その腰にはベルトに掛けるようにして鬼の面がつけられていた。

本を読んでいる女子生徒はブレザーを生徒手帳に乗っている通りの姿できっちりと着こなしている。体は抱き締めたら折れてしまうのではないかと心配になる程度には華奢だ。髪は黒でそれなりに長く、肩甲骨の辺りまで伸ばしている。

服装を見ただけで正反対の性格であることがわかる二人が同じ部室にいるのが不思議だった。

ちなみに平和どうこうと言ったのが男子生徒、それに辛辣に返したのが女子生徒だ。

「だからね。たまにテレビとかでいってるじゃないですか。平和のために〜、だの。平和を脅かす〜、だの。その定義はどうなってんのかなーと思いまして」

「晃。それを私に聞いて答えが帰ってくると思った?」

「先輩なら知ってるかな〜、なんて思ったんですもん」

男子生徒の名前は佐々(ささき) (こう)。女子生徒の名前は(今田(いまだ) 美咲(みさき)と言った。

「私にだって知らないことぐらいあるわよ」

「え〜? 何のためにいつも本読んでんすか〜」

「・・・・・・少なくともあなたに知識を披露するためではないわ」

晃は体を机から起こすこともせずに美咲に苦情を言う。美咲は表情をピクリとすら動かさずに応じる。

「せめて一緒に考えてくださいよ〜」

晃はバタバタと両手両足を振りながら暴れ始める。

それによって集中を害されたのが勘にさわったのか、美咲は本を閉じると晃に視線を向ける。

「・・・・・・一緒に考えてあげれば黙るのね?」

「わかんにゃい」

そのふざけた語尾を聞いた美咲のこめかみに青筋が浮いたような気がするが、まばたきの間にその青筋はいずこかへ消えていたのできっと見間違えだろう。

美咲は顎に手を当て、瞼を落とす。美咲はこうやって自分の記憶の海にダイブするのだ。この状態に入った美咲にはどんな言葉も届かない。その代わりに、美咲は自身の持つ広大な記憶と言う名の図書館からお目当ての本を見つけることができるのだ。

「・・・・・・平和なんてのは所詮主観よ。だから、明確な定義なんてものはないの。私から言えるのはこんなところね」

言葉のあとに深く息をはく。これは知識をすべて利用できる代わりと言っては何だが、すごく疲れるのだ。

目をゆっくりと開けると晃は机にうつ伏せになって安らかな寝息をたてていた。

これにはさすがの美咲もポーカーフェイスを維持できなかったらしい。その顔には見るものを恐怖させる類いの不気味な笑みを浮かべている。

美咲は静かに立ち上がると壁際にある本棚から一冊の本を取り出す。その背表紙にはこう書かれている。

『広辞苑』

言わずと知れた日本で一番防御力の高そうな辞書である。

それをおもむろに振り上げると、晃の頭めがけて垂直に降り下ろす。

ドゴッ! メキッ・・・・・・。

鈍い音のあとに乾いた音が聞こえたかと思うと晃がうつ伏せになって睡眠をとっていた机の天板が軋みをあげる。その次の瞬間には晃が頭を置いていたところを支点に机の天板がへし折れた。

晃は重力に逆らうことなど勿論できずに頭を床に打ち付ける。

「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」

美咲はこの程度の運動で肩を上下させている。普段から登下校ぐらいしか運動しない美咲にとっては広辞苑を降り下ろすだけでもそれなりの重労働だったらしい。

その美咲の足元で死体のようにピクリとも動かなかった晃の腕が動き、起き上がる。

「フワァ・・・・・・。・・・・・・あれ? 俺、床で寝てましたっけ?」

殴られた直後だと言うのに晃は何事もなかったかのようにあくびをしている。

「人に考えさせておいて寝るなんていい度胸してるわね」

息の整った美咲がのんきに後頭部をかいている晃を高い目線から見下す。

美咲の表情は元の無表情に戻っているが、声音からは若干の怒りを聞き取ることができる。

「だって先輩、一度入ると長いんですもん。そして、俺の背後にある窓からは暖かな西日が差し込んでいる。これで寝るのは自然の摂理ですって」

「私が考えている間ぐらい耐えなさいよ」

「ゴメン、無理」

ゴンッ。

晃の頭の上に二度目の広辞苑が落ちた。

それでも晃はマイペースにあくびなどしている。痛みを越えるほどの眠気に襲われているのか、痛みに鈍感なのか。どちらだろうか? どちらもかもしれない。

「そんなに眠いなら家で夜に寝てきなさいよ」

「無理っすよ。俺にも色々とすることがありますもん」

「・・・・・・そうだったわね」

晃が夜にしていることを知っている人間はとてもとても少ない。学校内どころかこの町で知っているのは、今目の前にいる美咲ぐらいのものだろう。

その理由としては、一応これが機密に分類される情報だからだ。

晃はのっそりと立ち上がると、その辺に転がっている鞄を手に取る。

「んじゃあ、俺は帰って夜まで寝ますわ。お休みなさい」

「そこは普通さよならだと思うけどね。おやすみ」

晃は美咲の言葉を背中に受けながら部室を出る。


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