⑫
あの日から数日が経った。
特に何事もなかったので日常を過ごしていたが、今日は朝から違和感があった。誰かに見られているような気がするのだ。
そして、その視線に隠すような意図は見られず、あえてこちらに視線の存在を知らしめているようだった。
そのせいで今日の授業には身が入らず、普段よりもいくぶん疲れてしまった。
「本当にあれはなんなんですかねぇ。ストーカーにしては殺気ビンビンでしたけど。これも一つの愛の形なんですかねぇ」
それにしても今日視線を感じたのは不幸中の幸いだった。むしろ今日疲れたことを感謝しても良いぐらいだ。
これを確かめるにはちょうど良さそうだし。
考え事をしている間に部室の前についてしまった。いかんいかん。この考え事をしているときに周りが見えなくなる癖を何とかしなければ。
「ちわっす」
「あ、お疲れさまです」
「お疲れさま」
部室に入るといつもの顔ぶれが視界に入った。
相変わらず美咲は本を読んでいてこちらには声をかけるだけで見向きもしないし、梅は快活そうに笑っているが晃の席に座っていた。梅は気づいているのかいないのか知らないがそこは晃の席だ。
そんなものより晃の目についたものがあった。梅の鞄の横に何か大きな袋がおいてあるのだ。
「なんだそれ? ずいぶん大袈裟な荷物だな」
「先輩こそ。何でそんな大きな袋を抱えてるんですか?」
そう。梅の指摘通り晃も今日は大きな紙袋を抱えていた。普段から必要最低限の荷物すら学校に持ってこない晃のこの大きな荷物を見て、クラスメイトたちも驚いていた。
「ん? これか? これは快眠セットだが?」
「快眠セット?」
「そ、快眠セット」
「何ですか?」
「知らぬと申す!?」
首を捻る梅に晃は普段から眠気で閉じかけている目を見開いた。その顔にわざとらしさはなく、本気で心から驚いているようだ。
晃は驚きの表情のまま鞄の中から物をドサドサと雑に取り出す。
その中身は大きな布のようなものとマットのようなものだった。
「これは何ですか?」
「着る寝袋と床に敷くようのマット」
「何故それを学校に!?」
「いや、寝るんなら出来るだけ快適にしたい。そのための快眠セット」
「家で寝てください・・・・・・」
「家じゃ時間がないのよね」
「寝ないで何やってるんですか?」
「・・・・・・こんなとこで言わせんなよ」
「本当に何してるんですか!?」
「内緒」
晃は寝るためのマットを床に敷き始めた。そして、着る寝袋を着た辺りで思い出したように梅に視線を向けた。
「そ言えばお前のはなんなの?」
「気になります? やっぱり気になりますよね!?」
「いや、全然」
晃の発言に梅は顔色を明るくし、めんどくさいテンションになったが晃は一刀両断する。
話の流れ上聞いたが、別に梅の持ってきたものには欠片ほどの興味もわかない。はっきり言ってしまうとどうでもいいから寝たい。
だが、晃のそんな態度など梅は気にした様子もなく楽しそうに袋の中から物を取り出した。
「ジャジャーン。人生ゲームでーす」
「何で人生ゲーム?」
「いや〜、三人も集まってんのにそれぞれが各個人でやってたら集まる意味なくないですか? せっかく集まってるんならみんなで遊びましょうよ!」
「Zzzz・・・・・・」
「って、寝てるぅ!?」
晃は寝袋にくるまって丸くなって寝息をたてていた。
梅の話が多少長かったのもあるのだろうが、それ以上にこの環境が良すぎた。
暖かい西日が差し込む窓際。そして、今日から導入した快眠セット。さらに今日は一日視線を感じていたので疲れた。これだけ条件が揃えば晃以外でも短時間でぐっすり眠れてしまえそうだった。
「せ、センパ〜イ。起きてくださいよ〜。一人で人生ゲームとか完全に悲しい子じゃないですか〜」
梅はユサユサと晃の体を揺すり、起こそうとする。
根気よく五分ほど声をかけながら揺すり続けたら晃が目を開けた。
「あ、先輩起きて・・・・・・」
ドゴォッ。
晃は体を起こすと壁に向かって思いっきり拳を振るう。その拳が壁に当たると大きな音が上がり、この部室が、ひいてはこの学校が揺れたのではないかと錯覚する。
梅の背中を大粒の冷や汗が流れ落ちる。次に狙われるのは自分かと思い、歯を食い縛る。
だが、晃は予想に反して梅には何もせずにまた横になるやいなや寝息をたて始めた。今のはただ起こされた怒りを何かにぶつけたかっただけらしい。
その怒りが自分に向かなかったことに安堵しながら梅は晃を起こす(怒す)ことを諦めると椅子についた。せっかく持ってきたのに無駄になっちゃったな。
少しの望みをかけて美咲の方をチラチラと見ていると、美咲は深くため息をつき本を置いた。
「・・・・・・はぁ、一回だけよ」
「ありがとうございます!!」
「それと一つ忠告」
「忠告・・・・・・ですか?」
喜喜として準備を始めようとしていた梅は美咲の神妙な口調に動きを止めた。
「そ、忠告。寝てるときの晃に声かけない方がいいわよ。ま、さっきので分かったでしょうけど」
「そうですね。私も命は惜しいですし」
程なくして人生ゲームの準備が完了し、人生ゲームを二人でした。
結果から言えば美咲の圧勝だった。美咲は面白いくらいに良いところに止まり、梅は美咲に幸運を吸いとられたかのように悪い目しか出なかった。
美作の運がすこぶる良いということが知れただけでも由とすることにしよう。




