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晃は走りながらさっきの電話の内容を反芻していた。曰く、最近の状況を直接報告に来いとのこと。
毎日の定時報告でしている以上に話すことなどないのだが、上からの命令とあってはどれだけ面倒でも断ることなどできはしない。
一つため息を吐き、心の中に浮かんだ諸々のことを一緒に吐き出したあとに晃は鬼の面をつける。あいつらに会うのならこれをつけねばならない。一応形式と言うか、礼儀と言うか。ま、そういう下らない理由がある。
走ること十数分。
目的地にたどり着いた。
目的地とは言っても建物とかではない。ただのどこにでもある平凡な公園の中だった。何か普通と違うところがあるかと問われれば特にないとしか答えられない。強いてあげるなら田舎と言うだけあって緑が多いと言うことぐらいだろう。
その公園には夜に誰かが来ることを想定していないのか街灯がついていないと言う欠点があった。
月明かりだけが照らす公園の中で晃は暇そうにブランコに乗っていた。
「遅いですねぇ」
晃はブランコをキコキコしながら面の下で毒づく。
招集をかけたのはあちらだと言うのにもう大分待たされている。
もう帰っちゃおうかな。
そう思い始めたときなんの前触れもなく背後に気配が生じた。その気配は研ぎ澄まされていて、相手から意図して気配を発されるまで気づくことができなかった。
晃はブランコを降りると振り返りもせずに空にポツリと浮かぶ月を見上げながら声をかけた。
「呼び出しておいて遅かったですねぇ」
「それはすいません。少々こちらも立て込んでいまして」
「それは急に呼び出されたこっちの台詞だと思うんですけどねぇ」
背後から聞こえてきたのは涼やかな女性の声だった。晃が普段接している女子たちとは違い、ある程度成熟した女性の声だ。その声は事務的で淡々としている。
それにしてもこの人は何でこんなに気配を消すのがうまいのだろうか。
晃は今鬼の面をつけている。それすなわち臨戦態勢だと言うことだ。そんな晃の背後を取るなど相当な手練れだろう。
「いつも思うんですが何でそんなに気配消すの上手いんですか? 俺の記憶が正しければあなたは一般人で、尚且つ非戦闘員だったと思うんですけど」
ちょうど良い機会なので聞いてみることにした。何がちょうど良いのかは晃自身わかっていなかった。
「答える義理はありません。それでは詰問に移らせていただきます」
女性の声はやはり事務的で人間らしさと言うものをあまり感じられない。
「単刀直入に聞きます。あなたは何か隠していることはありませんか?」
「何かって何ですかねぇ。あなたにしてはやけにぼやけた表現じゃないですか。はっきり言いましょうよ、はっきりと。そっちの方がどちらも好みでしょ?」
「そうですね。では、端的に聞きます。こちらに報告していないことがありますよね」
晃の背中に向けられていた視線の温度が数度下がり、鋭さが増したように感じる。
だが、こんなのは慣れっこだ。晃は特に緊張した様子もなくいつも通りに答える。
「少なくとも俺には覚えがありませんねぇ」
「こちらとの契約は忘れてはいませんよね?」
「確か虚偽の報告を禁じるでしたか? 虚偽の報告はしていませんよ。虚偽の報告は、ね」
晃はわざと相手に疑念を抱かせるような話し方を選んでしている。
本当のところを言ってしまうと心当たりはあった。だが、それに関して言えば上に伝える気はなかった。
「・・・・・・そうですか。あくまで虚偽の報告はしていない。そういうことでよろしいですね?」
「そういうことでよろしいですよ」
「・・・・・・わかりました。それではこれで失礼いたします。お時間をお取りしていただき申し訳ありませんでした」
最後にそれだけ言うと女性の気配は闇に溶けるようにして消えた。
公園に残されたのは晃一人。
晃は面を外すと大きく息を吐いた。
「これでちょっとは楽しく状況が動くと良いのだけれどな」
晃はそう呟くと、スキップでもしそうなほど上機嫌になって歩き出した。鬼の面を外したときにでる倦怠感などまるでないもののように晃の足取りは軽やかだった。




