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地下牢の天井付近に開けられた小さな通気口からやわらかな夕陽が差し込み、暗く寒い牢内にほんの少しの暖かさを与えていた。
シュウは、聖剣を盗もうとした男と共に牢の中にいた。男を尋問してその目的を知るために、回復させられるものなら治療してほしいとユアンに頼まれたからだった。
しかし、シュウは何もせずにただ男を見守っていた。男の身体の表面にある傷が次々となくなり、苦しそうな息遣いも次第に静かになっていくのを少し離れた所から観察していた。一度、男の胸に手を当てたこともあったが、体内で何かが蠢いている気配に、さすがのシュウも恐ろしくなり、すぐに男から離れた。
(おそらく人間ではない)
シュウは牢内にいた衛兵に牢の外へ出てもらい、一人で男に向き合っていた。この男と関わり合うのは最小限にとどめておいた方がいいとシュウは考えていた。
「シュウ様」
扉にある手のひらすら入らないほどの隙間から衛兵がシュウを呼んだ。
「はい」
「シュウ様のココラルが来ました」
「入れてください」
式典の間実家に預けていたトウを、シュウは呼び寄せていた。トウは少しだけ開けられた扉から素早く牢内に入ると、尻尾を振りながらシュウにすり寄った。しかし、すやすやと寝息をたてながら横になっている男に気づくと、背中の羽を広げて男の周りをぐるぐる回り、そして吠え始めた。
ココラルが頭上でくるりと回りながら飛べば、それは新しい命が誕生したことを告げ、激しく吠えたならば、それは命が消えようとしていることを告げている。
トウの様子を見て、頭の上にココラルが三匹やって来て、くるくる回りながら吠えたんだ、とロニが言っていたことをシュウは思い出していた。
「トウ、どうした?落ち着くんだ」
シュウが呼びかけてもトウはやめなかった。何かに取り憑かれたかのように男の周りをぐるぐる回って吠え続けた。
しばらくすると男が目を覚ました。そしてトウが視界に入ると慌てて起き上がり、牢の隅に逃げた。
トウが男を追いかけるような素振りを見せたため、シュウはトウに飛びつき、その動きを止めた。
「トウ、大丈夫、大丈夫だ。落ち着いて」
牢の扉が少しだけ開いて、隙間から素早くトシが入ってきた。トシはシュウを心配して、外の廊下で待機していたのだ。
「どうした?」
「トウの様子がおかしいんだ。こんなのは初めてだ」
シュウはトウのお腹や頭を撫で続けた。トウはずいぶん興奮していたが、次第に落ち着きを取り戻し、羽をしまった。それから、くたびれた様子でその場に伏せた。
「ココラルがなぜこんな所にいるんだ?」
男が小さな声で呟いた。
「トウは僕の家族だ」
シュウはトウの背中を撫でながら言った。
「君は一体何者だ?なぜ聖剣を奪おうとした?」
「僕は……僕は聖剣で化け物を倒さなければいけないんだ」
と、男は顔を上げてシュウの目をまっすぐに見つめた。
「とりあえず、落ち着いて話をしよう」
と、シュウは男に呼びかけた。トシもトウのそばに胡座を組んで座り、頭を撫でながら男に尋ねた。
「名前は?」
「ウォルフ」
「どこの国の出身だ?クスラ国か?」
「違う。ミアト国だ」
「ミアト国か。美しい国だ」
「知っているのか?」
と、驚いた様子でウォルフは言った。そしてようやく地面に腰を下ろした。
「あぁ、一度訪れたことがある。俺が行ったのは春だったが、美しい花を咲かせたアイカの木が国じゅうにあって、まるで楽園のようだった」
ウォルフは、少し穏やかな顔になって頷いた。
「クスラ国ではないとしたら、カイン殿を矢で撃ったのは、君ではないのか?」
と、シュウが尋ねるとウォルフは首を傾げた。
「矢?カイン殿?一体、何の話?僕はただ聖剣が欲しかっただけだ」
シュウとトシは顔を見合わせた。二人とも、ウォルフが嘘をついているようには思えなかった。
「なぜ聖剣を奪おうとした?さっき言っていた化け物とは、何の話だ」
「化け物とは、クスラ国のナバル。ナバルはもはや影の住人と同類の化け物だ。欲望のためなら、どんな残虐なこともするだろう。僕はそれを止めなければならない」
「カインと同じことを言っているな」
と、トシがシュウの耳元で囁いた。シュウは黙ったまま頷いた。
「ユアン様と話をさせてくれないか」
ウォルフは両膝と両手を地につけながら言った。
「どうしても聖剣が必要なんだ」
「なぜ君がナバルを倒さなければならないんだい?」
シュウの問いにウォルフは地につけた両手をぐっと握り締めた。
「僕には責任があるんだ。父を止められなかった責任が……お願いだ、ユアン様に会わせてほしい」
首を垂れるウォルフを見て、シュウは立ち上がった。シュウはユアンを呼ぼうとしていたが、トシは納得していなかった。
「待て。お前は人が良すぎる。どうやったらこの男を信用できるというんだ」
と、トシは手をかざしてシュウを止めた。
「また聖剣を奪うつもりかもしれないぞ」
「そうかもしれない。でも、ウォルフは悪い人ではないと思う。そして、これは僕たちだけでどうにかできる事ではないんだ、トシ。ウォルフは人間ではないから」
「は?」
トシは大きな声を出し、ウォルフは両目を伏せた。
「シュウ、何を言っているんだ?」
シュウは、部屋の隅に置いていた鞄の中から鋏を取り出した。包帯を切る時に使う鋏だ。
シュウはウォルフに近づくと、ウォルフの左手を握り鋏を構えた。
「いいかい?」
とシュウがウォルフに尋ねると、ウォルフは笑って答えた。
「君のような優しい目の人には刺せない。自分でやるよ」
ウォルフはシュウから鋏を受け取ると、それを右手に持ち、左手を地面につけて上から勢いよく刺した。
「おい、何をする」
そう叫んだトシの前に、ウォルフは傷ついて血が流れている左手を見せた。
しかし、流れている血が肘のあたりにまできた時、血の流れは止まり、そこから傷口の方に戻り始めたのである。まるで血液の一滴一滴に意思があるかのようだった。そして裂けていた左手の手のひらの傷も、端からゆっくりと閉じていき、あっという間に元通りになっていった。
驚きのあまり声も出ず、口を開けたまま見ていたトシが我に帰ると、トウがウォルフの周りをぐるぐる回りながら吠えていたのだった。




