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永遠の先にあるもの  作者: 熊野ふみ
第二章 聖剣
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8

 ベネガの日は雲ひとつない晴天となり、朝から多くの国民がこの日にだけ開放されている城の門をくぐっていた。


 サラは式典に参列する三人の息子たちを眺め、目を細めた。皇太子ティムの横にハクトとトシ、国王の専属医師の隣にシュウが並んでいた。一般の列に加わろうとしていたシュウを官僚たちが引き留め説得し、その位置に落ち着いたのだった。


(それにしても本当に、うちの殿方たちは皆、揃いも揃って隠し事が下手ね)


 七年ぶりに家に帰ってきたシュウに大いに喜び、思いきり抱きしめたサラだったが、時折シュウが見せる憂いた表情に心がざわついた。何か困ったことがあったに違いないとサラは思っていた。


 そしてそれが個人的な悩みではないということをサラが勘づくのに、そんなに時間はかからなかった。ユアンは何を話しかけても上の空だし、ハクトは家に帰ってこなかった。ハクトは心配事がある時には決まって、家に帰らず城にこもってしまうのだ。


 そしてトシも……トシはすぐに嘘をつく。それは、大切な人を傷つけたくないという優しさからくる嘘だ。トシの嘘を見抜くのはサラでも難しい。しかし今回は、シュウと目が合わないように避けているような素ぶりをトシがとっていたため、トシも何かを隠していることがサラにはわかった。


「奥様、今年のベネガは、ずいぶんたくさんの兵隊さんがいらっしゃいますね」


と、サラの後ろにいた侍女のアンナが言った。アンナが言った通り、今年のベネガは多くの兵が警備にあたり、怪しい者がいないか目を光らせていた。


「新国王の即位式も行われる特別なベネガですからね。警備は厳重にせねばなりません」


と、サラは答えたものの、警備隊から伝わる緊張感が、それだけが理由ではないことを示唆していた。きっと、ユアン達の悩みと関係しているに違いないとサラは思った。


 式典は厳かに執り行われ、何の混乱もなく無事に終わった。王族方は城の中に戻り、一般の人々は次第に城の外へと出始めていた。城壁の外側では酒や食べ物が振る舞われ、たくさんの人々で賑わっている。


 シュウは庭園にロニの姿を見つけると笑顔で手を振った。ロニは満面の笑みでシュウに駆け寄り、背負っていた袋からバイルの実を取り出した。


「先生に会えて良かった。これを渡したくて」


「わざわざ、持ってきてくれたのかい?」


と、シュウはロニからバイルの実を受け取った。


「先生にお礼がしたくて。先生、甘い物が好きって聞いたから」


「ありがとう、大好きだよ。立派なバイルだね。ロニがこれを取ったの?」


「そうだよ。危なかったんだ。死ぬかと思った」


「まさか、影のいたずらっ子に?」


「うん。実を取ろうとした時に、頭の上にココラルが3匹やって来て、くるくる回りながら吠えたんだ。そしたら急に枝が折れて落っこちたんだ。あれは影のいたずらっ子のせいだね」


「落ちたって……怪我は?大丈夫だったのかい?」


「うん、この通り」と、ロニは両手を広げてみせた。


「知らないお兄ちゃんが助けてくれたんだ」


「知らない……どんな人だった?」


「不思議なお兄ちゃん。僕をかばって怪我をしたのに、あっという間に治っててさ。あんな人いるんだね」


「ひょっとして、弓矢を持っていたりはしなかった?」


「ううん、何も持ってなかった。でもヨオ都に来る途中みたいだったから、ここに来てるかもしれないよ」


と、ロニが言った時だった。


 カンカンカン、カンカンカンと、城の上方から緊急を告げる鐘の音が鳴り響いた。


「何の音?」


と、ロニは城の上の方を見上げた。庭園にいる衛兵たちに緊張が走り、皆が城の方を見ていた。シュウは嫌な予感がした。カインの最後の姿が脳裏に浮かんだからだった。


「ロニ、城壁の外側に逃げるんだ」


「うん、わかった」


と、ロニは走って兄弟子の所へ戻って行った。


 カインを撃った者が侵入してきたに違いない……シュウはバイルの実を近くにいた侍者に託し、城の中に入ろうとしたが、突然の叫び声に足を止めた。


「落ちたぞ!」


 その叫び声とほぼ同時に、どすっという音がして、シュウのすぐそばの花畑の中に、上から人が降ってきた。


 周囲の人々が息を飲んで固まっている中、シュウは人が落ちたところに躊躇なく駆け寄った。この高さから落ちたのでは助かるまい……そう思いながら。


 花畑の中に、花を押しつぶしながらその人物は横たわっていた。若い男だ。随分とくたびれた服を着ていた。そしてその手には鞘から抜かれた剣が握りしめられていた。 


「なんと……」


 父上から奪ったというのか……シュウは一目でそれが聖剣であることに気付いた。まさか父上が……


「シュウ!」


 上からハクトの声がした。ハクトが言いたいことはわかっている。シュウは倒れている男の手から素早く聖剣を取り上げた。


「シュウ!」


と、トシも叫んだ。


「離れろ!」


 その声が聞こえた瞬間に、倒れていた男の顔がシュウの顔のすぐ前に迫っていた。男はシュウの右手の中にある聖剣を奪い返そうと腕を伸ばす。


 シュウは、右に回転しながら左手で男の腕をつかみ、そのまま男を地面に押し倒した。そして男が動かないように上から押さえ込んだ。


 男は苦しそうに肩で息をしていた。再び身体に力を込めようともがいていたが、ふと意識を失った様子で身体から力が抜け、そのまま動かなくなった。


 無理もない、この高さから落ちたのだ……最後の力を振り絞って向かってきたのだろう、動けただけでも奇跡だ……とシュウは思いながら男の顔を見た。頬には小さな傷がたくさんあり、血が流れていた。


(ん……?)


その時シュウは目を疑った。


 男の頬の傷がひとつ、またひとつと消えていき、綺麗な肌に戻っていく。


 シュウは息をのんでその様子を見つめていた。


「君は……」


(ロニもそんなことを言っていたな。怪我をしたのにあっという間に治ったお兄ちゃんが助けてくれた、と)


 近くにいた衛兵三人が駆け寄り、シュウと共に男を押さえつけた。


「シュウ様、我々が」


と、衛兵の一人が言い、シュウは男から離れた。


「シュウ」


 最上階から駆け降りてきたハクトとトシ、そしてユアンが庭園にやって来ると、シュウは安堵の表情を浮かべた。


「父上、ご無事で」


と、シュウは聖剣を水平に持ち上げてユアンに差し出した。ユアンは聖剣を受け取ると、その剣身をしばし眺めてから鞘に収めた。


「信じられないほどに素早い男だ。気配に気づいた時にはすでに聖剣が抜かれていた」


と、ユアンが険しい表情で言った。


「死んだか?俺が一太刀を浴びせたのだ」


 ハクトの言葉に、衛兵の一人が男の首筋を手で触った。


「いえ、生きています」


「おかしいな。確かに手応えはあったのだが。しぶとい男だ。牢に放り込んでおけ」


と、ハクトが衛兵に命じる。


 衛兵に運ばれていく男を目で追いながら、トシがシュウの耳元でささやいた。


「カインを殺したのは、あの男だと思うか?」


 シュウは首を横に振った。


「わからない。けれど……」


と、シュウは侍者からバイルの実を受け取り、その実をじっと見つめた。


「けれど、何だ?」


「悪人ではなさそうだ」


「お前はやはり、優しすぎる」


 トシは呆れたようにため息をついた。



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