EP 50
大業物の剪定バサミと、妻たちの無双迷宮デート
古代迷宮の浅層――通称『常緑の回廊』。
木漏れ日のような燐光が苔むした石壁を照らす地下迷宮の中を、アズマたちはピクニックにでも出かけるかのような足取りで歩いていた。
「アズマ様、見てくださいまし! あちらに生えているの、帝都の薬問屋で銀貨三枚は下らない『星見草』ですわ!」
水引の飾りを結んだ手首を揺らし、リーザが弾むような足取りで指を差す。
背中には、昨日ニャングルに卸したばかりの『密閉の魔導小袋』をぎっしり詰めた革のショルダーバッグを提げている。
「迷宮探索を『夫婦水入らずのデート』にしようなんて、アズマさんったら粋なこと思いつきますよね」
隣を歩くキャルルが、白いウサギ耳を嬉しそうにパタパタと揺らしながら、アズマの右腕にぎゅっと抱きついてきた。
その左手の薬指には、婚約の証である指輪と水引がしっかりと結ばれている。
「きゅぴ〜♪」
アズマの胸ポケットからは、お馴染みのポポ丸が顔を出し、ダンジョンの冷たい空気を美味しそうに吸い込んでいる。
「まあ、前線で命を削るような討伐戦続きだったからな。ニャングルさんに頼まれた採取アイテムの現地テストも兼ねて、たまには息抜きも必要だろ?」
アズマが苦笑しながら二人の頭を優しく撫でると、リーザもキャルルも蕩けそうな笑顔を浮かべた。
白金貨五十枚を手に入れ、拠点も拡張した。
だが、ただ屋敷に引きこもるのではなく、適度に身体を動かし、未知のフィールドの資材を調査しておくのは現場監督としての基本だ。
「――ギシャァァァッ!」
突然、前方の茂みから奇声が響いた。
現れたのは、巨大な蔦と蔓で全身を編み上げたような植物系魔獣『アイアンウッド・トレント』の幼体。
その枝先は鋼鉄のワイヤーのように硬く、並の冒険者の剣では刃こぼれを起こす厄介な魔獣だ。
「キャルルちゃん、下がってて! アズマ様の前で、良いところを見せるのは私ですわ!」
「あ、ずるいリーザちゃん! 護衛担当の私の見せ場ですよ!」
妻たちが張り合うように飛び出そうとした、その時。
「待った。力任せに殴り倒しちゃ、せっかくの薬効のある枝葉や核が傷むだろ」
アズマは二人を手で制した。
「植物系の魔獣相手なら、もっとスマートで『美しい剪定作業』ができる道具がある」
アズマは意識を集中し、脳内の『生活改善カタログ』を展開した。
(園芸・造園プロ用ツールカテゴリ。消費は5CP。残高は50,282から50,277CPへ)
ふわりと淡い光が収束し、アズマの右手に一本の刃物が握られた。
黒光りする滑らかな刃、握りやすいエルゴノミクス形状の赤いグリップ。
『フッ素樹脂加工・高級バイパス型剪定バサミ(ハードクロムメッキ高炭素刃物鋼)』。
「アズマさん……それ、ハサミ……ですか?」
キャルルが目を丸くする。
「ただのハサミじゃないぞ。生木を押し潰さずに繊維ごと一刀両断する『バイパス刃』と、樹液やヤニ、魔獣の粘液が一切こびりつかない『フッ素樹脂コーティング』が施された、庭師の究極の相棒だ」
「シュルルルルッ!」
獲物と見なされたアズマ目掛け、アイアンウッド・トレントが無数の鋼鉄の蔦を一斉に突き出してきた。
常人なら全身を串刺しにされる凶悪な刺突。
だが、アズマは慌てず騒がず、職人の流れるような所作で踏み込み――。
――パチンッ!
――シャキンッ!
乾いた金属音が二度、迷宮の回廊に響いた。
「ギ……!?」
トレントの動きが凍りつく。
鋼鉄の硬度を誇るはずの蔦の束が、まるで茹でたアスパラガスのように抵抗なく、スパッと綺麗な断面を見せて床へ転がり落ちた。
「な、なんですのその切れ味……!? 鋼鉄の蔦が、紙のように……!?」
リーザが息を呑む。
「さらに、ここの付け根の『魔力循環節』を……こうやってパチンと」
――パチンッ。
アズマがトレントの中心部にあった太い根元を軽く挟んで握り込むと、驚くほど軽い手応えと共に、魔獣の核を支えていた主幹がスッパリと切り落とされた。
トレントは断末魔を上げる暇すらなく、崩れるように沈黙した。
刃先を見れば、強酸性の樹液やヤニは水滴のように弾かれ、黒光りするフッ素コートの上をツルリと滑り落ちていく。
汚れ一つ、ヤニの粘つき一つ残っていない。
「……信じられない……」
キャルルのウサギ耳が、ピンと直立したまま小刻みに震えていた。
「あの樹液は触れるだけで鋼の剣を腐食させて使い物にならなくする『溶解液』のはずなのに……刃に弾かれて消滅している!? それにあの断面……細胞が一つも潰れていないから、薬効成分が一滴も漏れ出していません!」
「百の怨念を弾き返し、神木をも両断する『神聖なる断ち切りの神器』……! アズマ様、これならドラゴンが巣食う大樹海の魔木だって、ひと撫でで刈り取れてしまいますわ!」
(いや、ただのホームセンターの剪定バサミだってば……)
相変わらずの過剰評価にアズマが苦笑していると、キャルルとリーザが目を輝かせて駆け寄ってきた。
「アズマさん! 私にも、その大業物を使わせてください!」
「私にもですわ! 魔獣を剪定して、素材を根こそぎ刈り取ってみたいです!」
「え、あ、うん。危ないから刃先には指を挟まないようにな?」
アズマから剪定バサミを手渡された二人は、そこから凄まじい本領を発揮し始めた。
「月影流・神速剪定ッ!」
パチパチパチパチパチンッ!
キャルルが残像を残す超スピードで回廊の怪植物を次々と『剪定』し、邪魔な蔓を芸術的な生け垣のように整えていく。
「人魚の目利き・乱れ刈りですわーっ!」
パチンッ! パチンッ!
リーザが迷宮の壁にへばりつく希少な薬草を、極上の手際でスパスパと刈り取り、ジッパーバッグへと詰めていく。
二人のあまりの無双っぷりと、楽しそうに笑い合う姿に、アズマは思わず見惚れてしまった。
(……うん、まあ、本質的には害獣駆除と庭木の剪定なんだけど、二人が楽しそうならデートとしては大成功だな)
「アズマさん! 見てください、こんなに採れました!」
「アズマ様のおかげで、私たちの手は樹液ひとつ汚れていませんわ!」
満面の笑みで駆け寄ってくる二人の妻。
その頬は上気し、アズマを見つめる瞳には、純粋な尊敬と甘い愛情がたっぷりと湛えられていた。
『ピンポンパンポーン♪ 妻たちとの絆を深めつつ、迷宮の生態系を安全かつ美しく整美した愛妻家ボーナスで、15CPを獲得しました!』
脳内に軽快なチャイムが鳴り響く。
(よし、残高は50,292CPだな)
『なお、下界の掘っ立て小屋に左遷されたルチアナ様は、周囲の雑草を「完全無農薬のオーガニック高級サラダ」と称して近所のドワーフに売りつけようとしたところ、激辛の魔界唐辛子を誤食して口から火を噴き、現在小屋の前の水たまりに顔を突っ込んで冷却中でーす♪』
(神様、島流し先でも相変わらず迷惑な自滅を繰り返してやがる……!!)
脳内のポンコツ女神情報に盛大にツッコミを入れつつ、アズマは両腕に飛びついてきた愛しい妻たちの温もりを受け止めた。
「アズマさん、次はあっちのフロアの剪定にいきましょう!」
「ええ、アズマ様のハサミがあれば、この迷宮の奥底までお散歩できますわ!」
「はいはい。でも、無理は禁物だぞ」
胸ポケットのポポ丸も嬉しそうに鳴き、穏やかな迷宮デートはまだまだ賑やかに続いていくのだった。
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