EP 49
密閉の魔導小袋と、冒険者向けボロ儲け商売
「――というわけでな、アズマはん! 先日のマルチツールに続いて、迷宮特需に乗っかるための『冒険者向け爆売れアイテム』を急ぎで開発してほしいんや!」
新拠点となった『便利屋アズマ』の広大な中庭兼作業場に、朝からニャングルのけたたましい関西弁が響き渡っていた。
片手に金ピカの算盤をチャキチャキと鳴らし、黒茶の猫耳をピンと尖らせている。
城塞都市の南方に新たに発見された古代迷宮――。
現在、一攫千金を夢見る冒険者たちが帝国全土から押し寄せており、都市の経済は空前の迷宮バブルに沸いていた。
「急に言われても困りますよ、ニャングルさん。うちは武器屋でも防具屋でもない、ただの便利屋なんですから」
アズマは苦笑しながら、作業台の上に置かれた書類を整理した。
その胸ポケットからは、古代幻獣の幼体であるポポ丸がひょっこりと顔を出し、「きゅぴっ?」と小首をかしげている。
「アズマ様、ニャングルさんの言う通りですわ!」
そこへ、新妻となったリーザが、湯気の立つハーブティーを盆に載せてやってきた。
青銀色の長髪を揺らし、その首元にはアズマから贈られた紅白の水引飾りが誇らしげに結ばれている。
「冒険者の方々は迷宮で血眼になってお宝を探していますの! 貧乏時代、道端の銅粒ひとつ拾うのにも命懸けだった私には分かります……! 彼らの財布の紐は今、ガバガバのはずですわ!」
「いや、生々しいな元アイドルの分析……」
「でも、アズマさん」
中庭でトンファーの素振りを終えたキャルルが、タオルで汗を拭いながら歩み寄ってきた。
月兎族の純白の長い耳を揺らし、左手の薬指に光る指輪と水引を愛おしそうに見つめた後、真剣な表情で告げる。
「迷宮探索で冒険者が一番困るのは、実は強い魔獣との戦いそのものよりも、『持ち帰る荷物の管理』なんですよ」
「荷物の管理?」
「はい。迷宮の中で手に入る薬草や希少な魔獣の胆嚢、毒袋、あるいは鉱石の粉末……それらは空気や湿気に触れると、数時間で魔力が揮発して価値が暴落してしまうんです。かといって、ガラス瓶や重い陶器の壺を何十個も背負って迷宮に潜れば、重量で動きが鈍って命を落とします」
「なるほどな……」
アズマは顎に手を当てた。
迷宮探索における最大の敵は、重量と鮮度劣化。
現場作業で言えば、精密な電子部品や濡らしてはいけない薬剤を、過酷な雨天現場でどう運ぶかというロジスティクスの問題だ。
「……よし、ニャングルさん。求めているのは『羽のように軽くて、完全に空気を遮断し、中身がひと目で分かって、小分けにできる容器』ですね?」
「そ、そんな都合のええもんがあるわけ――」
「ありますよ。ホームセンターのキッチンコーナーとパッキング資材売り場にはね」
アズマは意識を集中し、脳内の『生活改善カタログ』を展開した。
(日用消耗品・保存包装カテゴリ……これだ。消費は5CP。残高は50,272から50,267CPへ)
パッと虚空が淡く発光し、作業台の上に一抱えほどの長方形の紙箱が現れた。
表面には『ダブルジッパー密閉保存袋・フリーザーバッグ(Mサイズ・50枚入り)』の文字。
「……なんやこれ? ただのペラペラした透明な袋に見えるが……」
ニャングルが目を丸くして覗き込む。
「ただの袋じゃありません。『ジッパー付きポリエチレン保存袋』です」
アズマは箱から一枚、透明なプラスチックバッグを引き出した。
「まず、この圧倒的な軽さと薄さ。何十枚重ねてもポケットに収まる重さしかありません。そして最大の特徴は、この開口部にあります」
アズマは袋の口にある二重の青と赤のラインを指差した。
「この凹凸を指で挟んでスライドさせると――ほら」
――パチパチパチパチッ!
小気味よい密閉音が中庭に響く。
「な、なんやその音!? 口が勝手に噛み合って塞がったで!?」
ニャングルが飛び退いた。
「この特殊な二重リブ構造によって、特別な魔力も火も使わずに、誰でも指先ひとつで完全密閉が可能です。水も空気も一滴たりとも通しません」
アズマは袋の中に並々と水を注ぎ、ジッパーを閉めると、頭上で力任せに逆さに振ってみせた。
水滴ひとつ零れてこない。
「ひゃああっ! 水が全然こぼれませんわ!」
リーザが目を輝かせて拍手を送る。
「さらに、この素材は透明だから中身を開けずに確認できるし、表面には油性ペンで採取場所や日付を直接書き込めるメモ欄まで付いています。湿気を嫌う薬草の粉末も、強烈な悪臭を放つ魔獣の内臓も、これに入れてパチッと閉めれば、匂いも魔力も完全に封じ込めることができますよ」
「……っっっ!!!」
ニャングルの全身の毛が逆立った。
金ピカの算盤を持つ手がガタガタと震え出す。
「ア、アズマはん……! こ、これ、何枚あるんや!?」
「ひと箱に50枚。カタログからなら、いくらでも補充できますよ」
「買わせてくれ! いや、頼むからウチの商会に独占販売権をくれぇぇぇッ!!」
ドッシャァァァン!
ニャングルは作業台に突っ伏し、床が割れんばかりの見事なスライディング土下座をキメた。
「これ一枚で、冒険者の生還率と採集効率が十倍に跳ね上がる! 薬草ギルドも魔導士ギルドも、銀貨を山積みにして奪い合いになる大革命や! 一枚につき銀貨三枚……いや、五枚でも飛ぶように売れるでぇ!!」
「ちょ、ちょっとニャングルさん、落ち着いてください! 一枚に銀貨五枚は暴利すぎますって!」
「甘い! アズマはんは商売の熱気を分かっとらん! 命懸けの冒険者にとって、荷物が軽くなって採取物が満額で売れるなら、銀貨五枚なんぞタダみたいなもんや! よし、すぐに『東の賢者が生み出した【密閉の魔導小袋】』として売り出すでぇ!!」
欲望に瞳を爛々と輝かせた猫耳商人は、サンプルとして渡したジッパーバッグを抱きしめ、凄まじい砂煙を上げながらギルド街へと猛ダッシュで去っていった。
「……あんなに興奮したニャングルさん、初めて見ましたね」
キャルルが呆れたように耳をパタパタと動かす。
「まあ、冒険者さんたちの役に立つならいいですけどね……」
アズマがやれやれと息を吐いた、その時だった。
『ピンポンパンポーン♪ 過酷な迷宮探索者の兵站を劇的に改善し、都市の流通経済に新たな風穴を開けた善行ボーナスで、15CPを獲得しました!』
脳内に軽快なチャイムが鳴り響く。
(よしよし、これで残高は50,282CPだな)
『なお、ルチアナ様は強制送還された神界の懲罰委員会において「私は何も悪くない! すべては推しのグッズ代が高騰している資本主義のせいだ!」と大暴れした結果、神権を完全凍結され、現在下界の僻地にあるボロ掘っ立て小屋へと身ぐるみ剥がされて左遷投棄中でーす♪』
(神様、ついに下界に島流しにされてるじゃねえか……!!)
相変わらずの転落っぷりを見せるポンコツ女神のシステム音声に、アズマは盛大なツッコミを入れつつ天を仰いだ。
「アズマ様! 私もあの透明な袋、ほしいですわ! 干し肉とパンを入れておけば、いつでもどこでも美味しいおやつが食べられますもの!」
「あ、それいいですね。私も訓練用の塩分タブレットを入れて持ち歩きたいです!」
「はいはい、二人にはいくらでも出すよ」
微笑み合う妻たちの姿に、アズマの胸が温かくなる。
便利屋の日用品が、またひとつこの街の常識を塗り替えていくのを実感しながら、アズマは穏やかな秋の青空の下、新しい一日の作業に取り掛かるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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