EP 45
赤い光線の千里眼(距離計)と、値切り交渉
古代巨竜を討伐し、白金貨五十枚という国家予算規模の報奨金を手に入れた翌週。
城塞都市の喧騒がようやく落ち着きを見せ始めた頃、『便利屋アズマ』の店舗兼住居には、けたたましい蹄の音が響き渡っていた。
パカランッ、パカランッ、ズダダダダッ!!
「アズマ殿ーーーッ!! ご無事ですかアズマ殿ォォォッ!!」
路地裏の静寂を粉砕して現れたのは、ポポロ村自警団最高司令官、ケンタウロス種のマンミアだった。
引き締まった人間の上半身に、逞しい軍馬の下半身。手には巨大な戦斧を携え、砂煙を巻き上げながら店の扉の前に急停止した。
「ヒヒィーーンッ! 竜が出たと聞き、ポポロ村から夜通し四足で爆走してまいりました! 我が愛しの居候に万が一のことがあれば、このマンミア、一生独身のまま後追い自殺をするところでしたぞ!」
「朝から重い! そして相変わらず四足駆動の機動力がバグってる!」
アズマが店の引き戸を開けて叫んだ。
「マンミアさん、見ての通りピンピンしてますから! あと、サラッと『一生独身』って自分の地雷を踏み抜くのやめてください!」
「ぬぅっ!? アズマ殿、またその話ですな! 私はまだ二十五歳! ケンタウロス族の平均初婚年齢である二十二歳をほんの三歳ほどオーバーしただけの、瑞々しき乙女盛りですぞ! 決して売れ残りなどではない……ないのだぁぁっ!」
マンミアが前脚を高く掲げて嘶き、路地裏の石畳をドカドカと踏み鳴らす。
「二十五歳をそんなに引きずらないでください! 地球じゃまだピカピカの若手社員ですよ!」
「マンミア司令官、ポポロ村からわざわざ来てくださったのですね」
中からキャルルが笑顔で顔を出し、リーザも「マンミア様、お久しぶりですわ!」と手を振る。アズマの胸元からは、ポポ丸がひょっこりと顔を出して「みゅぅ?」と首をかしげた。
「おお、キャルル村長! それにリーザ殿! ……むっ、その胸元の毛玉はなんですかな? まさかアズマ殿、私に隠れて新婚家庭のペットなどを……!?」
「拾った相棒です。事情は後で話しますから、とりあえず中に入ってください」
❖❖❖
一階の作業場にマンミアを迎え入れ、お茶を出したところで、本日の本題が始まった。
テーブルを挟んでアズマたちの向かいに座っているのは、ゴルド商会のニャングルだ。手元には、この店舗とその周囲の敷地に関する羊皮紙の図面が広げられている。
「コホン。マンミアはんの乱入で話が逸れたけど、本題に戻るで」
ニャングルが金ピカの算盤をチャラリと鳴らした。
「アズマはん、この前買い取った店舗物件、大変気に入っとるみたいやな。で、今回はその隣の空き倉庫と、裏手の広大な中庭――要するに、この区画一帯を丸ごと買い取って、本格的な『便利屋総合工房』として拡張したい、ちゅう相談やったな」
「ええ」
アズマは頷いた。
「巨竜討伐でいただいた白金貨五十枚があります。いつまでも狭い元酒場の一階だけで作業するわけにもいきません。大型の木材や鉄材を加工できる作業場と、安全な資材置き場、そして仲間たちが気兼ねなく暮らせる居住区を確保したいんです」
「アズマ様のお城の拡張……! 私の個室も作っていただけるんですのね!」
リーザが歓喜に胸を躍らせる。
「せやけどな、アズマはん」
ニャングルは猫耳をヒクヒクと動かし、商人の抜け目のない笑みを浮かべた。
「この区画は、大通りにも近い一等地の商業用地や。地主の貴族はんが提示しとる売却希望額は、隣の倉庫と裏庭合わせて『白金貨三十枚(金貨三百枚)』や。公称面積は、間口十五メートル、奥行き四十メートル、総面積で六百平方メートル(約百八十坪)。一等地にしては妥当な価格やと思うんやが……どうや?」
「白金貨三十枚……」
マンミアが腕を組み、唸り声を上げる。
「巨竜の報奨金の大半が吹き飛ぶ金額ですな。だが、帝国の一等地ともなれば、それ相応の価値はあるか……」
だが、元ホームセンター副店長兼現場監督のアズマの目は誤魔化せなかった。
アズマは図面を指先でトントンと叩いた。
「ニャングルさん。その六百平方メートルっていう数字、誰が測ったんです?」
「へ? そら、地主のお抱えの測量魔導士が、歩測と魔導の巻き尺で測った公称記録やで」
「やっぱりな。……現場の寸法を他人の口頭申告で鵜呑みにするのは、一番やっちゃいけないミスだ。ちょっと裏庭と倉庫を拝見させてもらいますよ」
アズマは全員を連れて、裏手の空き倉庫と雑草の生い茂る中庭へと移動した。
高くそびえる石壁に囲まれた、広々とした空間。一見すると、図面通りの広大な敷地に見える。
「ほら、見ての通り広々としとるやろ? 文句なしの六百平方メートルや」
ニャングルが胸を張る。
「いや、目視だけで判断しちゃいけません。……真実の寸法を暴き出します」
アズマは脳内の『生活改善カタログ』を開き、測定工具カテゴリーを選択した。
(消費は5CP。残高は50,182CPだ)
虚空から取り出したのは、手のひらサイズで四角い、無骨な黒と赤の樹脂製ボディを持つ小型機械だった。
正面には液晶画面があり、上部には小さなガラスレンズが埋め込まれている。
「アズマさん、それは……? 以前使ったメジャー(コンベックス)とは違いますね」
キャルルが興味深そうに覗き込む。
「『レーザー距離測定器』だ。巻き尺じゃ届かないような広大な距離を、光の速さで一瞬かつミリ単位で測る測定具だよ」
アズマは測定器の電源を入れ、中庭の端にある石壁の根元に本体をピタリと押し当てた。
そして、中央の測定ボタンをカチリと押し込む。
ピピッ。
測定器の先端から、細く鮮烈な『真紅の光線』が真っ直ぐに照射された。
光線は中庭の空間を一直線に貫き、遥か四十メートル先にある反対側の外壁に、小さな赤い光の点を結んだ。
「なっ……!? 赤い光の矢が壁に刺さりましたわ!」
リーザが驚きの声を上げる。
「攻撃魔法ではありませんぞ! だが、あの細い光線はいったい……!?」
マンミアも身構える。
「本体から放たれたレーザー光が向こうの壁に当たって、反射して戻ってくるまでの『時間』を内部のセンサーが極微秒単位で計算しているんだ。光の速度は一定だから、往復時間から寸分の狂いもなく正確な距離を割り出せる」
アズマがもう一度ボタンを押すと、液晶画面に即座に数字が表示された。
ピピピッ。
『34・125m』
「……はい、出ました。公称の奥行き四十メートルに対して、実際の距離は『三十四メートル一二センチ』しかありませんね」
「な、なんやてぇぇぇっ!?」
ニャングルの猫耳がビクッと跳ね上がった。
「続けて間口の横幅も測りますよ」
アズマは手際よく向きを変え、隣の倉庫の壁に向けてレーザーを照射した。
ピピッ。
『12・850m』
「公称十五メートルに対して、実際は『十二メートル八五センチ』。……つまり、この敷地の実際の総面積は、六百平方メートルではなく、四百三十八平方メートルしかありません」
アズマは測定器をポケットにしまい、ニヤリと笑ってニャングルを見つめた。
「公称値より、なんと『百六十二平方メートル(約五十坪)』も狭い。約二七%もの水増しです。……ニャングルさん、存在しない二十七パーセントの空気の土地に対して、白金貨三十枚を満額支払えと?」
「ひ、ひえぇぇぇぇぇっ!?」
ニャングルが黄金の算盤を抱えて泡を吹いた。
「魔導の巻き尺でも半日はかかる精密測量を、赤い光をピッピと当てただけで、たった十秒で完璧に暴き立ておった……! アズマはん、あんたのその赤い光線の千里眼、不動産ギルドの鑑定士が見たらショックで寝込むで!」
「ふふん、どうですニャングル殿! 我がアズマ殿の慧眼を甘く見てもらっては困りますな!」
マンミアが我が事のように誇らしげに馬の胸を張る。
「実際の面積に見合う正当な価格……そうですね、水増し分をきっちり差し引いて、『白金貨二十枚(金貨二百枚)』。それなら即金で一括払いしましょう。地主さんにそう伝えてもらえますか?」
アズマが告げると、ニャングルは冷や汗を拭いながら深々と頭を下げた。
「わ、分かりました……! この完璧な証拠の数字を突きつけられたら、地主の貴族はんも言い値で飲むしかありまへん! 白金貨二十枚で、この区画一帯の完全な所有権をまとめさせてもらいます!」
「交渉成立ですね」
アズマは満足げに頷いた。
白金貨十枚(約千万円相当)の正当な値引きに成功したのだ。
『ピンポンパンポーン♪ 精密測定の科学を駆使して不動産の不正を暴き、適正価格で拠点の拡大を成し遂げた善行ボーナスで、15CPを獲得しました! なお、ルチアナ様は神界の特別法廷で「私は美しすぎる罪しか犯していない」と堂々と陳述したところ、裁判官の怒りを買って神籍を一時剥奪され、現在神界の公民館で雑用係のタワシ磨きを命じられて号泣中でーす♪』
(神様、裁判で一番言っちゃいけないこと言って案の定厳罰食らってる……!)
脳内で響く、お約束すぎるポンコツ女神の法廷闘争の結末に盛大にツッコミを入れつつ、アズマの残高は50,197CPとなった。
「よし! これで倉庫も中庭も、正真正銘俺たちの『城』だ!」
「きゃああっ! 広いですわーっ!」
リーザが中庭を嬉しそうに駆け回り、キャルルもウサギ耳を揺らして微笑んでいる。
「アズマ殿、私もポポロ村の警備の合間に、いつでも手伝いに来ますぞ!」
マンミアが豪快に笑い、力強く前脚を踏み鳴らした。
赤い光線が切り拓いた、偽りのない確かな大地。
神話の巨竜を倒した竜殺したちの新たな本拠地が、確固たる正当性と仲間たちの笑顔と共に、ここに正式に誕生したのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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