↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理不尽転生!ハズレ能力【生活改善カタログ】の日用品で限界農村から建国王へ成り上がる件  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/48

EP 44

鈴の音の硝子器(薄吹きグラス)と、竜殺したちの安い酒

 神話の災厄と呼ばれた古代巨竜(エンシェント・ドラゴン)の完全討伐から二日。

 城塞都市の中央広場には、帝国全土から駆けつけた商人や吟遊詩人、そして都市の全市民が集まり、夜を徹しての歴史的祝勝祭が開かれていた。

 だが、その喧騒の主役たるべきアズマたちは、騒がしい大広場をそっと抜け出し、路地裏の我が家――『便利屋アズマ』の店舗兼住居の二階に身を潜めていた。

「ふぅ……。外の熱気が凄すぎて、とてもじゃありませんがおちおち息もできませんでしたわ」

 リーザが小豆色ジャージの襟元をパタパタとあおぎながら、ローテーブルの前に座り込む。

「ええ。アズマさんを一目見ようと、貴族や大商人たちがギルド本部にまで押し寄せていましたからね。ガストンおじさまが軍の壁を作って追い払ってくれなければ、今頃どうなっていたか……」

 キャルルもウサギ耳を安堵でぺたんと倒し、畳まれた座布団の上に腰を下ろした。

 アズマの膝の上では、ポポ丸が満腹そうに丸くなり、微かな寝息を立てている。

「みゅぅ……すぴー……」

「まあ、何はともあれ……無事に終わって良かったよ。何より、生きて帰ってこられたのが一番だ」

 アズマがヘルメットを棚に置き、テーブルの上へ視線を落とす。

 そこには、都市を救った報酬としてガストンと帝国行政府から支払われた、巨大な樫の木の小箱が鎮座していた。

 カチャリ、と蓋を開ける。

 中から現れたのは、部屋の灯りを吸い込んで妖しく輝く、純白と白銀の混ざり合った大判の硬貨――帝国白金貨(プラチナ貨)の山だった。

「ひゃ、ひゃああああっ!?」

 リーザが目玉を飛び出さんばかりに見開き、椅子から転がり落ちそうになる。

「白金貨が……十、二十……五十枚!? 白金貨一枚で金貨十枚、金貨一枚で銀貨十枚ですから……これだけで金貨五百枚(約五千万円相当)ですの!?」

「それに、あの巨竜の素材――砕け散った超硬度金剛鱗と竜玉の買い取り配分金が別口で入りますからね。もはや一国の地方領主が年間に動かす予算に匹敵します」

 キャルルも呆れたように笑う。

 昨日まで一泊の宿代や、ボロ屋の床板の補修費用を工面していた便利屋の懐に、突如として国家級の巨富が転がり込んできたのだ。

「お金があるのは助かるけどな。これだけ目立つと、また中央の変な貴族に目をつけられそうで怖いわ」

 アズマは苦笑しながら、床の隅に置いてあったガラス瓶を一本引き寄せた。

 街の安酒場で銅貨数枚で売られている、ごく普通の『トウモロコシの蒸留酒』だ。アルコール度数だけは高いが、独特の青臭さと雑味があり、喉を焼くような荒々しい安酒である。

「外の高級ワインを貰ってきても良かったんだが、気取った酒より、こういう飾らない酒の方が現場上がりの俺には合ってるんだよな」

「でもアズマさん、そのお酒、かなりツンとした臭いがしますよ? 木の器で飲むと、木の匂いと混ざって余計に喉に引っかかるのでは……?」

 キャルルが木製のゴブレットを見ながら小首を傾げる。

「ああ。器(グラス)が分厚い木や粗悪な陶器だと、唇に当たる面積が広くて酒の刺激臭と雑味が直撃するんだ。……だから、今夜はこの酒のポテンシャルを極限まで引き出す『器』を用意しよう」

 アズマは脳内の『生活改善カタログ』を開いた。

(食器・ガラス工芸カテゴリー。消費は3CP。残高は50,187CPだ)

 虚空から取り出したのは、柔らかな紙の小箱。

 中から現れたのは、息を呑むほどに透明で、極限まで薄く削ぎ落とされた円柱形のグラス――『極薄吹きクリスタルタンブラー』が三つだった。

「ち、ちいさな硝子の器……? でも、透き通りすぎていて、まるで氷の結晶がそのまま空中に浮いているようですわ!」

 リーザが息を止めて見つめる。

 アズマはグラスの縁を指先で軽く弾いた。

 ――チィィィィィン……。

 鈴の音のように高く、清らかで澄み渡った美しい余韻が、部屋の隅々にまで波紋のように広がっていく。

「綺麗な音……! まるで教会のパイプオルガンの最高音のような、穢れのない響きです!」

「鉛を含まない高純度の無鉛クリスタルガラス製だ」

 アズマは解説しながら、安酒の瓶を傾けた。

「職人の手吹き技術で、飲み口の厚みをわずか『〇・八ミリ』にまで極薄に仕上げてある。普通、分厚いコップで酒を飲むと、唇が邪魔をして酒が舌の真ん中にドカンと落ちてしまう。だが、この極薄グラスは、唇と酒の境目を完全に消し去るんだ。器の存在を感じさせず、酒が舌の奥へ、まるで液体そのものが滑り込んでいくように届く」

 アズマは氷の代わりに、第43話で余った綺麗な地下水で作った丸氷をコロンと落とし、三つのグラスに安酒を注ぎ分けた。

 透き通ったグラスの中で、琥珀色の液体が照明の光を乱反射させ、まるで宝石のように輝いている。

「さあ、都市の平和と、俺たちの無事な生還に。乾杯」

「「乾杯です(わ)!!」」

 三つのグラスが触れ合うと、再び美しい鈴の音が重なり合って響いた。

 チリィィン……。

 二人が恐る恐る、極薄の縁に唇を当て、安酒を含んだ。

 ――スッ……。

「……っ!?」

 キャルルとリーザの表情が、一瞬で劇的に変化した。

「な……なんですかこれ!? あのツンとした安酒のトゲトゲしさが、どこにもありません!」

 キャルルが驚愕に目を丸くする。

「唇に何かが触れている感覚が全くないのに、お酒がすぅーっと、滑らかなシルクのように喉の奥へ流れていきますわ……! 雑味が消えて、トウモロコシの芳醇な甘みと香ばしさだけが、口いっぱいに広がりますの!」

「だろ? 舌のどの位置に液体が着地するかで、人間の味覚は劇的に変わるんだ」

 アズマもグラスを傾け、琥珀色の酒を喉へと滑り込ませた。

 極薄のガラスが唇の温度を瞬時に伝え、雑味を感じる舌の両脇を飛び越えて、甘みとコクを感じる奥へとストレートに流れていく。

 数枚の銅貨で買える粗野な安酒が、グラス一つ変えただけで、王宮の晩餐会で出される年代物の銘酒のような気品ある喉越しへと化けていた。

「すごい……。ただの酒器の厚みを変えただけで、味覚の真実そのものを塗り替えてしまうなんて……」

 キャルルがグラスを光に透かし、うっとりと見つめる。

「アズマ様、これ、お城の貴族たちに見せたら、白金貨百枚でも買い取られますわよ!?」

「売らないよ。これは、命がけで戦った俺たちのためのグラスだ」

 アズマが笑うと、二人は嬉しそうに顔を見合わせ、再びグラスを傾けた。

 テーブルの上には、山積みの白金貨。

 だが、今の彼らにとって何よりも贅沢だったのは、命の危機から解放され、静かな部屋で仲間と共に傾ける、この一杯の澄んだ酒だった。

『ピンポンパンポーン♪ 味覚の工学を極め、戦士たちの魂に至高の安らぎを与えた善行ボーナスで、20CPを獲得しました! なお、ルチアナ様は神界の美容モデルとして華々しくランウェイを歩いていたところ、衣装の裾をヒールで踏み抜いて観客席の最高神の頭上へダイブし、現在神界の特別法廷で「神への反逆罪」の審理開始を待つ独房で頭を抱えて号泣中でーす♪』

(神様、一瞬だけ成功して即座に人生最大の転落を迎えるの、もはや天賦の才能だな……!)

 脳内で響く、壮大すぎるポンコツ女神の自爆劇に盛大にツッコミを入れつつ、アズマの残高は50,207CPとなった。

 夜風が、二階の窓から静かに吹き込んでくる。

 遠くの広場からは、都市の復興と勝利を祝う民衆の歓声が、心地よい波音のように届いていた。

 巨竜を屠り、莫大な富と名声を手に入れた竜殺したち。

 しかし彼らは明日からも変わらず、埃まみれの現場で誰かの小さな困りごとを解決していくのだという確信を胸に、安酒の入った硝子器を、静かに重ね合わせるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。