EP 43
氷結岩と、熱収縮による竜討伐
呼吸路を白双糖の急激なカラメル化と炭化皮膜によって塞がれた古代巨竜は、山を崩すほどの激痛に狂乱し、全身から千度を超える体内熱を撒き散らしながら暴れ狂っていた。
ドズゥゥゥゥンッ! ドガァァァァンッ!
五十メートルを超える巨体が平原をのたうつたび、大地に数十メートルの地割れが走り、舞い上がった土煙が夜明けの太陽を暗褐色に塗りつぶしていく。
「ギ……ギャロロロロロォォォォッ!!」
口腔内から漏れ出すのは、もはや神話の咆哮ではなく、気管を焼かれた獣の血を吐くような異音だった。
だが、息が詰まりかけていようとも、巨竜の生命力は規格外だった。奴は充血した血塗れの眼球をアズマたちの陣地へと定め、尻尾を一薙ぎした。
ヒュオォォォッ! 突風と共に巨大な地盤の岩塊が弾丸のように飛来する。
「アズマさん、下がってください!」
キャルルが前に躍り出ると、両手のダブルトンファーを交差させ、飛来した巨岩の軌道を外側へ弾き飛ばした。
ズドォォン! 後方の地面が爆発したように吹き飛ぶ。
「はぁっ、はぁっ……! 窒息させかけても、この膂力です! 外殻の『超硬度金剛鱗』が健在である限り、どんな軍勢の槍衾も、私の渾身の打撃も、表面で滑って致命傷になりません!」
「ああ、知ってるよ。力任せに叩いても無駄だ」
アズマは黄色いヘルメットのあご紐を指で締め直し、胸ポケットに潜むポポ丸を軽く撫でた。
ポポ丸は恐怖に震えながらも、アズマの指先を小さな前足でぎゅっと握り返してくる。
「みゅぅ……ぽぽっ!」
「よし、いい子だ。……ガストン司令官、ニャングルさん! 全軍に退避命令を! ここから先は、急激な温度変化による『物理破壊領域』になる!」
「な、なんやて!? また常識外れの魔導具をぶちまける気ィか!?」
ニャングルが猫耳をペタリと伏せて叫ぶ。
「魔導具じゃない。工学と熱力学の基本原理――『熱衝撃』だ!」
アズマは脳内の『生活改善カタログ』を猛スピードで展開した。
狙うのは冷却資材・特殊冷凍カテゴリー。
(消費は100CP。残高は49,990CP!)
ズズズズズズズズッ!
平原の中央、のたうち回る巨竜の周囲数百メートルにわたり、分厚い断熱発泡スチロールの超大型コンテナが、五十箱以上も虚空から出現した。
コンテナの隙間から、まるで地獄の底から這い出たかのような、濃密極まりない真っ白な冷気と煙が吹きこぼれている。
中に入っているのは、純粋な炭酸ガスを極低温で加圧圧縮して固形化させた円柱状の粒――『ドライアイスペレット』、総量にして数十トンだった。
「ひゃああっ!? な、なんですのこの冷気は!? 足元が凍りついていきますわ!」
リーザが悲鳴を上げてジャージの袖を引っ張る。
「氷点下七十八・五度。触れれば一瞬で細胞が壊死する超低温の塊だ」
アズマは手元の防刃・耐熱作業用手袋をはめ、叫んだ。
「あの巨竜の鱗は、体内の数千度のマグマ熱を閉じ込めるために、極限まで熱膨張し、分子レベルでギチギチに噛み合って絶対の硬度を保っている。熱い鉄が膨らむのと同じだ。……なら、その灼熱の表面に、マイナス八十度のドライアイスを一気に叩きつけたらどうなると思う?」
「あ……!」
ガストンが目を見開いた。
「急激に冷やされた物質は……体積が急速に縮む!」
「正解だ。熱膨張の限界にある結晶体に、超低温を一瞬で浴びせれば、外側だけが猛烈な速度で収縮しようとする。しかし内側は灼熱のままだ。内外の急激な温度差によって生じる『膨張と収縮の引っ張り合い(熱応力)』に、いかなる神話の金剛石だろうと耐えられる道理がない!」
前世の工事現場でも、高温の配管や熱処理鋼に誤って冷却水を浴びせれば、鋼鉄すらガラスのように粉々に砕け散る事故があった。
それと同じ現象を、神話の竜に人為的に引き起こす!
「キャルル! コンテナを片っ端から蹴り飛ばして、あの巨竜の背中と腹に中身をぶちまけろ! リーザ、水路の泥水をもう一度持ち上げて、ドライアイスの上に豪雨のように降らせるんだ!」
「了解ッ! 月影流・連弾嵐蹴ッ!!」
キャルルが猛烈な残像を刻み、巨大なコンテナを次々と蹴り飛ばした。
バキィッ! ボフォッ!
粉砕されたコンテナから、無数に降り注ぐ純白のドライアイスペレット。数十トンの極冷結晶が、巨竜の灼熱の巨躯へと雪崩のように浴びせかけられる。
さらにリーザが歌い上げた。
「人魚の激流――降り注ぎなさいまし、白氷の雨ぇぇぇぇっ!!」
持ち上がった泥水が、ドライアイスと巨竜の体表の上へと一斉に降り注いだ。
水とドライアイスが接触した瞬間、二酸化炭素の昇華が爆発的に加速し、平原全体が一面、前も見えないほどの真っ白な昇華煙に包まれた。
そして――。
ピキッ……。
ピキピキピキッ、パリンッ!!
「ギ……ッ!? グギャァァァァァァァァァッ!?」
巨竜がこれまでにない、魂を引き裂かれるような悲鳴を上げた。
千度の灼熱鱗に、マイナス七十八・五度の極冷ペレットと水が密着した箇所から、まるで焼けた耐熱ガラスに冷水を浴びせたかのような激しい亀裂が走ったのだ。
バチチチチチッ! ガキィィィィンッ!
熱収縮の巨大な応力に耐えきれなくなった『超硬度金剛鱗』が、自らの硬さゆえにしなりを失い、派手な破裂音を立てて次々と自壊していく!
剥がれ落ちる鱗、露出する無防備な筋肉と生身の組織。絶対防御の鎧は、あっという間にひび割れた陶器のように粉々へと崩れ落ちた。
「鱗が……神話の金剛鱗が、自ら砕け散っていく……!」
ガストンが震える声で呻く。
「キャルル、今だ! 首の付け根、鱗が完全に剥離した急所を撃ち抜け!」
「任せてください、アズマさん! これで……終わりですッ!」
キャルルが大地を蹴った。
120馬力の脚力、音速を超える踏み込み。
彼女は白煙の霧を切り裂いて空へと跳び上がり、ひび割れ剥き出しになった巨竜の首の付け根へと、ダブルトンファーを渾身の力で振り下ろした。
「月影流奥義――天衝破岩落としィィィィッッ!!」
ドッゴォォォォォォォォォォンッ!!!
絶対の鱗を失った肉体に、キャルルの超質量打撃が直撃した。
衝撃波が首の骨を粉砕し、巨竜の巨大な頭部が地面へと叩きつけられる。
ズズゥゥゥゥン……!
五十メートルの動く山塊が、一度大きく痙攣し、やがて喉の奥から炭化した蒸気を細く吐き出して、完全に沈黙した。
舞い散る白い冷気の煙の中、平原に訪れたのは、信じがたい静寂だった。
誰も声を出せない。
帝国全軍をもってしても傷一つつけられず、都市を滅ぼすはずだった古代の災厄が、二人の便利屋と一人の人魚によって、跡形もなく討ち倒されたのだ。
「……勝った……のか?」
兵士の一人が茫然と呟いた。
次の瞬間。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!」」」
南門の防壁が揺れるほどの、大地を揺るがす大歓声が爆発した。
何千人もの兵士たちが盾を打ち鳴らし、涙を流して抱き合い、空へと剣を掲げる。
「竜殺しだ! 本物のドラゴンスレイヤーだ!!」
「アズマ殿! 東の賢者殿万歳ッ!!」
「はぁっ、はぁっ……アズマさん、やりました……!」
着地したキャルルがふらつきながら駆け寄ってきて、アズマの胸へと飛び込んできた。
「アズマ様ぁぁ〜っ! 私たち、神話の竜に勝っちゃいましたわーっ!」
リーザも涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で抱きついてくる。
『ピンポンパンポーン♪ 熱力学の知恵を極限まで応用し、神話級の古代巨竜を完全討伐した未曾有の大善行ボーナスで、200CPを獲得しました! なお、ルチアナ様は聖水の一斉射撃を浴びてヘドロが完全に洗い流された結果、逆に美白効果で肌がツルツルになり、現在神界の美容エステ界隈で『奇跡の泥パックの伝道師』として謎のスカウトを受け、モデルデビューの契約書にサイン中でーす♪』
(神様、どんな地獄からでも図太く復活してくるの本当に何なんだよ……!)
脳内で響く、相変わらず波乱万丈すぎるポンコツ女神の近況に深く脱力しつつ、アズマの残高は50,190CPへと大幅に回復した。
冷たい秋風が吹き抜ける平原で、アズマは巨大な竜の骸を見上げた。
白双糖による気道の封殺。ドライアイスによる急激な熱収縮。
どちらも、現代の現場や理科の知識に過ぎない。だが、その知識の積み重ねが、この異世界において神話の怪物すらも打ち倒す『奇跡』を現実にしてみせた。
歓声に包まれる仲間たちと肩を組みながら、アズマは都市を救い上げた深い達成感の余韻を、ただ静かに噛み締めるのだった。




