EP 42
白結晶(グラニュー糖)と、真の元凶・古代巨竜
卓上カセットコンロを囲んだ熱々の鍋料理で勝利の美酒に酔いしれた夜から、わずか数時間後。
夜明け前の白み始めた城塞都市を揺らしたのは、前日のスタンピード警報を遥かに凌駕する、大地そのものが裂けるような重低音の地響きだった。
ドォォォォォォン……! ズズズズズズ……!
「ひゃうっ!? じ、地震ですの!?」
二階の寝床から転がり落ちたリーザが、目を白黒させながら頭を抱える。
「違います……! この魔力の圧迫感、地脈そのものが悲鳴を上げています!」
キャルルが跳び起き、窓を勢いよく開け放った。そのエメラルドグリーンの瞳孔が極限まで収縮する。彼女の長いウサギ耳は、南の空から届く圧倒的な『神話級の威圧』に触れ、恐怖で激しく痙攣していた。
アズマの胸元から這い出たポポ丸も、全身の毛をボワッと逆立てて唸り声を上げた。
「みゅぅぅ……! グルルルルッ!」
「ポポ丸がここまで怯えるなんて……一体何が起きてるんだ?」
アズマが黄色い防護ヘルメットを引っ掴み、カウンターに走った瞬間、据え置かれた『特定小電力トランシーバー』が耳を劈くノイズを吐き出した。
『アズマッ!! 聞こえるかアズマァァッ!!』
通信機の向こうから響いてきたのは、あの歴戦の豪将ガストン司令官の、これまでに聞いたこともない悲痛な絶叫だった。
「ガストンさん! 何があったんですか!?」
『スタンピードの……オークや粘菌の暴走など、ただの前触れに過ぎなかった! 『黒枯れの森』の地下最深部、古代封印結界が内側から粉砕された! 出てきたんだよ……数千年前の神話の時代に封印されたという災厄の化身、【古代巨竜】がッ!!』
「こ、古代巨竜……!?」
アズマは息を呑んだ。
『体長五十メートルを超える超質量! 全身を覆うのは通常兵器も最高位魔法も一切通じぬ『超硬度金剛鱗』! 奴が息を吐くだけで山が吹き飛び、歩くだけで大地が割れる! いま、真っ直ぐこの都市へ向けて侵攻を開始した! 我が軍の全魔導砲も、城壁のバリスタも、鱗に傷一つつけられん! あと一時間で都市そのものが地図から消滅するぞ!!』
「一時間で都市が消滅……!?」
リーザがその場にへたり込み、唇をガタガタと震わせた。
「そ、そんな……私たち、やっと温かいお家を手に入れたばかりですのに……全部壊されてしまいますの……?」
「諦めるな、リーザ」
アズマはトランシーバーを握りしめ、冷徹な声で応じた。
「ガストン司令官、全軍を南門の外郭から一時後退させてください。下手に攻撃を当ててヘイトを散らすと、都市への直撃被害が広がります。平原のど真ん中に、奴の足を完全に止める『トラップフィールド』を設営します」
『足を止めるだと!? 相手は山をも砕く神話級の巨竜だぞ! いかなる有刺鉄線も、次亜塩素酸も効く相手ではない!』
「分かっています。だから、生物としての『内臓の代謝』を直接狂わせる、常識外れの化学トラップを仕掛けます。すぐに向かいます!」
通信を切ると、アズマはキャルルに向き直った。
「キャルル、脚の疲労は残ってるか?」
「アズマさんの昨夜の鍋とスープで、筋肉は完全に回復しています! 私がお二人と物資を背負って、南門へ急行します!」
「頼む! 現場監督の意地を見せてやる!」
❖❖❖
南門の外郭平原。
そこは、もはやこの世の光景ではなかった。
南の地平線を埋め尽くすように、黒煙と溶岩の飛沫を撒き散らしながら進軍してくる巨大な影。
全長五十メートル。真紅と漆黒が混ざり合う金剛石の鱗。動く山塊そのもののような古代巨竜が、一歩足を踏み出すごとに平原が激しく隆起し、兵士たちの悲鳴が響き渡っていた。
「グルルルルル……ゴォォォォォォォンッ!!」
巨竜が喉の奥で超高温のブレスを溜め始めている。その熱気だけで、数キロ離れた前線の草木が自然発火していた。
「アズマ殿! 本当にあの怪物を止める手立てがあるのか!?」
駆けつけたガストンが、煤まみれの顔で叫ぶ。
「あいつの弱点は、その『圧倒的な巨体』と『超高温の体内熱』です」
アズマは脳内の『生活改善カタログ』を猛スピードで開いた。
(製菓・食品加工原料カテゴリー! 消費は100CP! 残高は50,090CPだ!)
ドサァァァァァンッ!!
平原の泥濘の上に、一袋三十キロ入りの巨大なクラフト紙袋が、百袋以上も山となって出現した。
表面には『最高純度99.9% 精製白双糖(グラニュー糖)』の文字。
「な、なんやこれ……!? 白双糖……砂糖の山やないか!?」
物資輸送に駆けつけていたニャングルが、目を丸くして算盤を取り落とした。
「アズマはん! 巨竜に甘い菓子でも食わせて手懐ける気ィか!? そんな悠長なことやっとる場合やないで!」
「ただ食わせるんじゃない。奴がブレスを吐くための『高温の口腔内』と『気道』に、この純粋な炭水化物の微粉末を強制的に吸い込ませるんだ!」
アズマは黄色いヘルメットの鍔を押し上げ、鋭い眼光で叫んだ。
「砂糖は、純度99.9%のショ糖の結晶だ。常温ではただの甘い調味料だが、摂氏百六十度を超えると急速に融解し、百八十度で水分を失って粘り気のある『カラメル』へと変質する。そして――二百度を超える超高温の環境下では、急激に炭化しながら凄まじい粘着性を持つ『不溶性のタール状炭素皮膜』へと凝固するんだ!」
現場の厨房火災や製菓工場で最も恐れられる現象――糖類の熱暴走と炭化固着。
「あいつの喉の奥は、今まさに千度を超えるブレスの炉になっている! そこにこの超純度の白双糖を大量に流し込めば、体内の高熱によって一瞬で溶け、粘着質のカラメルとなって気道と声帯を塞ぎ、冷え固まる間もなく気管支の奥深くで炭化して完全に『窒息』させる!」
「なっ……! あの神話の巨竜の体内熱そのものを利用して、喉を炭化の接着剤で塞ぎ止めるというのか!?」
ガストンが戦慄に目を見開く。
「キャルル! 全袋の封を蹴り破って、平原の中央に巨大な砂糖の山を作れ! リーザ、風の魔力と潮呼びの旋風で、竜が息を吸い込む瞬間に合わせて、あの白い粉末を一筋の竜巻にして喉の奥へ誘導するんだ!」
「「了解です(わ)!!」」
キャルルが猛烈な連撃で紙袋を次々と破裂させ、平原に雪山のような純白の砂糖のピラミッドが築き上げられた。
そして巨竜が、都市を焼き尽くす最大級の火炎ブレスを放つため、大地を揺るがす勢いで大気を吸い込み始めた――その瞬間。
「今ですわ! 人魚の風旋律――白銀の粉よ、舞い上がれぇぇぇぇっ!!」
リーザが全力で魔力を解放し、純白の砂糖の山が巨大な白い竜巻となって空へと巻き上げられた。
数百キロ、数トンの白双糖の微粒子が、巨竜が開いた巨大な口と気管の奥深くへと、猛烈な勢いで吸い込まれていく!
「グ……ッ!? ゴボッ、ゴバァァァッ!?」
巨竜の喉の奥から、激しい異音が響いた。
体内の超高温に触れた白双糖が一瞬でカラメル化し、気管の粘膜にへばりつきながら黒い炭素の塊へと凝固。ブレスを吐き出すための気道が完全に物理的閉塞を起こしたのだ!
「ギ……ギャァァァァァァァァッ!!」
息を吐くことも吸うこともできなくなった巨竜が、苦悶のあまり大地を転がり回り、その巨躯を平原に打ち付けた。
しかし、金剛石の鱗を持つ怪物の生命力は、それだけでは終わらない。
巨竜は狂乱のまま立ち上がり、喉を塞ぐ炭化物を力ずくで引きちぎらんと、血走った眼でアズマたちを踏み潰すべく突進を開始した!
迎撃の第一手は成功した。だが、真の死闘はここからだ。
アズマは退路を断ち、次なる絶対冷却の手札を構えるべく、猛然と走り出すのだった。
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