EP 34
軽量防護帽と、飛び級の英雄昇格
ラト村でのマッドトロール群の殲滅、および山脈のヌシである飛竜の単独討伐。
その信じがたい戦果は、またたく間に城塞都市の冒険者ギルドと軍閥本部へと知れ渡った。
「信じられん……! 正規の騎士団が一個大隊を率いて、ようやく退けることができる空の災厄を、たった二人の便利屋が討ち取っただと……!?」
ギルドの中央支部・特別応接室。
立派な髭を蓄えたギルドマスターが、報告書を握りしめたままワナワナと震えていた。
彼の目の前の長机には、アズマが『マグネシウムリボン』で黒焦げにした飛竜から剥ぎ取られた、巨大な『飛竜の逆鱗』と『風の魔石』が証拠品として鎮座している。
「ハッハッハ! 俺が見込んだ男だ、これくらいはやってくれると思っていたぞ!」
上座にどっかと腰を下ろしたガストン司令官が、愉快そうに葉巻を燻らせながら豪快に笑った。
「それで、ギルドマスター。この大功績を挙げたアズマを、いつまでもEランクの駆け出し扱いにしておくつもりか? 飛竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の称号を得た者が、ゴブリン討伐のランクにいるなど、ギルドの沽券に関わるだろう」
「も、もちろんでございます、ガストン閣下!」
ギルドマスターは慌てて立ち上がり、ビロードの布に包まれた一枚の金属板を恭しくアズマの前に差し出した。
「アズマ殿。本来であれば、依頼の達成数を重ねて少しずつランクを上げるのがギルドの規定です。しかし、飛竜の討伐は国家表彰に値する特例中の特例。ギルド本部の総意として、貴方とパーティーメンバーの二人を、熟練者の証である『Aランク』へ飛び級にて昇格させていただきます!」
差し出されたのは、鈍い黄金の輝きを放つAランク冒険者の認識証だった。
「Aランク……! アズマ様、やりましたわ! これで私たち、名実ともにトップクラスの有名人ですの!」
リーザが黄金のタグを見て、歓喜のあまりピョンピョンと跳ね回る。
「ええ! アズマさんの知略があれば、当然の結果です!」
飛竜のタックルを受けて重傷を負っていたキャルルも、持ち前の月兎族の超回復力ですでに包帯が取れかけており、ウサギ耳をピンと立てて誇らしげに胸を張っていた。
だが、当のアズマ本人は、黄金のタグを受け取りながらも困ったように眉を下げていた。
「Aランクなんて、俺にはもったいないですよ。俺自身は剣も振れない、ただの便利屋ですから。今回はたまたま、道具の相性が良かっただけで……」
「謙遜するな、アズマ。その『道具を的確に使う判断力』こそが、お前の最大の武器なのだ」
ガストンが諭すように言い、ふとアズマの頭から足先までを値踏みするように見つめた。
「とはいえ、Aランクの英雄ともなれば、周囲の目も変わるし、請け負う依頼の危険度も跳ね上がる。お前は致命的に『防御力』が足りていない。せめて、急所である頭部を守る『兜』くらいは装備したらどうだ? ドワーフの鍛冶屋で、ミスリル製の兜を打たせよう」
「ミスリルの兜……。いや、重い金属を頭に被ると首が疲れるし、視界が狭くなるから現場作業には不向きなんですよね」
アズマは前職で、工事現場の視察時に重いヘルメットを被って肩こりに悩まされたことを思い出し、脳内の『生活改善カタログ』を開いた。
(安全用品カテゴリー。消費は2CP。残高は50,195CPだ)
虚空から取り出したのは、黄色いプラスチック製の、つるりとした半球状の帽子だった。
「なんだそれは? ただの黄色いお椀に見えるが……まさか、それが兜の代わりだと言うつもりか?」
ガストンがいぶかしげに目を細める。
「『ABS樹脂製・超軽量ヘルメット』です。建設現場や高所作業で、頭を守るための必須アイテムですよ」
アズマは黄色のヘルメットを頭に被り、あご紐をカチリと締めた。
いつもの作業着に黄色いヘルメット。Aランクの英雄というよりは、完全に『現場のオッサン(現場監督)』の出立ちである。
「アズマ様……なんだか、すごく……その、素朴で親しみやすいお姿になりましたわね」
リーザが言葉を選びながら苦笑する。
「こんなペラペラで軽い素材が、鋼鉄の兜の代わりになるのですか? 私が木剣で叩いたら、一撃で割れてしまいそうですが」
キャルルが不思議そうにヘルメットをコンコンとノックした。
「じゃあ、試しに本気で叩いてみてくれ」
「えっ!? いやいや、いくらなんでも頭がカチ割れちゃいますよ!」
「大丈夫だ。信じて思い切りやってくれ」
アズマが真剣な顔で頷くので、キャルルは恐る恐る近くにあった訓練用の木剣を手に取った。
「……い、いきますよ? てりゃっ!」
ガゴォォォンッ!!
木剣がヘルメットの頭頂部に直撃し、鈍い音がVIPルームに響き渡った。
だが、アズマの頭は僅かに沈み込んだだけで、ヘルメットにはヒビ一つ入っていなかった。
「痛っ……くはないな。全然平気だ」
「なっ……!? あんなに軽いのに、私の打撃を完全に弾き返しましたわ!」
キャルルが驚愕に目を見開く。
「この外側の黄色い殻は『ABS樹脂』という、極めて衝撃に強い合成プラスチックでできているんだ。でも、秘密は外側じゃない」
アズマはヘルメットを脱ぎ、内側をガストンたちに見せた。
「内側には発泡スチロールの『衝撃吸収ライナー』と、頭を支えるハンモック状の紐が張られている。ヘルメットと頭の間に『空間』を作ることで、上から物が落ちてきたり殴られたりした時の衝撃エネルギーを、この空間とライナーがクッションになって完全に吸収・分散してくれるんだ」
「衝撃を硬さで弾くのではなく、内側の『空間』で殺すだと……!?」
ガストンが感嘆の息を漏らす。
「これなら、ミスリルの兜のように首を痛めることもないし、視界も広くて安全だ。それに、黄色だから暗闇や乱戦の中でも目立つ。現場での安全管理には最高の防護帽さ」
「鉄より軽く、ミスリルに匹敵する衝撃吸収力を持つ、黄色き魔導の兜……。アズマはん、あんたホンマにどこまで常識をひっくり返せば気が済むんや」
いつの間にか部屋の隅にいたニャングルが、呆れたように猫耳を掻いている。
黄色いヘルメットを小脇に抱え、Aランクの黄金のタグを首から下げたアズマ。
その姿は、おとぎ話の英雄とはかけ離れた、いかにも『街の便利屋』らしい出立ちだった。だが、そこにいる誰もが、この男が持つ底知れぬ知識と力に、絶対的な信頼と畏敬の念を抱いていた。
『ピンポンパンポーン♪ 己の頭部を確実に保護し、労働災害を未然に防ぐ安全意識の高さによる善行ボーナスで、15CPを獲得しました! なお、ルチアナ様は刑務所のストライキで看守側と見事な労働協約を結び、なぜかそのまま刑務所長に大抜擢されて、現在ふんぞり返って葉巻を吹かしておりまーす♪』
(神様が囚人から刑務所のトップにまで成り上がったぞ!? たくましすぎるだろ!)
脳内で響く、もはや異世界転生モノの主人公顔負けのサクセスストーリーを歩む女神のシステム音声に、アズマは肩を震わせて笑いを堪えた。
残高は50,210CP。
「さあ、アズマさん! Aランクへの昇格祝いです! 今日は私たちが腕によりをかけて、美味しいご飯を作りますよ!」
「そうですわ! お肉とお魚、ドーンと買って帰りましょう!」
キャルルとリーザがアズマの両腕に抱きつき、満面の笑みを向けてくる。
飛竜を倒し、英雄と呼ばれるようになっても、自分の本質は変わらない。俺は現場の安全を守り、仲間たちと美味い飯を食う『便利屋』だ。
新調したヘルメットの感触を確かめながら、アズマは仲間たちと共に、賑やかな夕暮れの街へと歩き出すのだった。




