EP 33
太陽の破片と、禁忌の兵器の解放
鼓膜を破るような轟音と、視界を完全に奪う土煙。
ラト村の入り口は、まるで隕石が直撃したかのような巨大なクレーターと化していた。
「ゲホッ、ゴホッ……! キャルル、無事か!?」
吹き飛ばされ、泥まみれになったアズマが身を起こす。
土煙が晴れた先、クレーターの中心には、悠然と首をもたげる飛竜の巨大なシルエットがあった。
そして、その足元の少し離れた場所に、キャルルが倒れ伏していた。
「あ、アズマさん……逃げ、て……」
彼女の愛用する鋼鉄のダブルトンファーは、飴細工のように無惨にひしゃげている。
飛竜の急降下タックルに対し、キャルルは咄嗟に武器を交差させて直撃を防いだものの、数トンもの質量がもたらす圧倒的な運動エネルギーまでは殺しきれなかったのだ。全身を強打し、口の端から一筋の血を流している彼女は、立ち上がるどころかウサギ耳を動かす力すら残っていなかった。
「キャルル!!」
アズマが駆け寄ろうとした瞬間、飛竜が忌々しげに鼻を鳴らし、再びその凶悪な顎を開いた。
標的は、地面で身動きが取れないキャルルだ。
(ダメだ、このままじゃキャルルが食われる……!)
アズマの脳裏に、前世でやり込んでいたオンラインゲーム――盾を掲げる騎士として、最前線で仲間を守り抜いた記憶がフラッシュバックする。
後衛(ヒーラーや市民)と、傷ついた仲間を守るための絶対の鉄則。
それは、自分が最大の標的となり、敵の注意を完全に引きつけることだ。
「おい、トカゲ野郎!! お前の相手はこっちだ!!」
アズマは地面の石を拾い上げ、飛竜の顔面に向かって全力で投げつけた。
コォンッ、と硬い鱗に石が弾かれる。
飛竜の巨大な赤い複眼が、ギョロリとアズマへと向けられた。圧倒的な捕食者の殺気が、物理的な重圧となってアズマの全身を叩き据える。膝がガクガクと震え、本能が「逃げろ」と警鐘を鳴らす。
(真正面からの物理攻撃じゃ、絶対に鱗を貫通できない。剣や魔法がダメなら……化学反応による『極限の熱』で内部から焼き尽くす!)
アズマは震える手で、脳内の『生活改善カタログ』を開いた。
(理科・実験用品カテゴリー。消費は10CP。残高は50,097CP!)
虚空から取り出したのは、薄く平べったい、銀色の金属のリボンが巻かれた小さなロールだった。
「……キャルル、絶対に目を開けるなよ。視神経を焼かれるぞ」
アズマは振り返らずにそう告げると、金属のリボンを数メートルほど引き出し、手の中でクシャクシャに丸めて野球ボール大の塊を作った。
そして、腰のポーチから、第1話でルチアナから押し付けられた手札――『徳用マッチ』を取り出す。
「ギャァァァァァァッ!!」
アズマを完全に「排除すべき外敵」と認識した飛竜が、大地を蹴って突進してくる。
巨大な顎が、アズマを上半身ごと噛み砕こうと大きく開かれた。
生臭い息と、何層にも並んだ鋭い牙が目の前に迫る。距離は十メートル、五メートル、三メートル――!
「喰らえ。太陽の破片だ!!」
アズマはマッチを擦り、丸めた金属リボンの端に火をつけ、開かれた飛竜の喉の奥深くへと全力で投げ込んだ。
飛竜はそれを避けることなく、アズマを丸呑みしようと顎を閉じる。アズマは間一髪で横にダイブし、泥濘の地面を転がりながら両手で目を固く覆った。
直後。
飛竜の体内(喉の奥)で、丸められた『マグネシウムリボン』が完全に発火した。
カッ――――――――!!!!!
飛竜の顎の隙間、そして分厚い鱗の隙間から、まるで超新星爆発のような『純白の閃光』が漏れ出した。
それは燃焼という生易しいものではない。マグネシウムは、一度火がつくと摂氏三千度という、太陽の表面温度の半分にも迫る凄まじい超高温を発生させ、強烈な紫外線を含む白光を放ちながら激しく燃え上がるのだ。
「ギ、ギギ……ッ!? ギィヤァァァァァァァァァァァァァァッ!!??」
飛竜が狂乱し、全身をのけぞらせて絶叫した。
口の端から、ドロドロに溶けた牙と粘膜が白煙を上げてこぼれ落ちる。
「マグネシウムの燃焼は、密閉されても止まらない! それどころか、お前の体液(水分)と反応して、さらに地獄を見るぞ!」
目を伏せたまま、アズマが叫ぶ。
マグネシウムは水と接触すると、水から酸素を奪い取って激しく燃焼を続け、同時に『水素ガス』を発生させる。飛竜の喉から溢れる大量の唾液と血液がマグネシウムに触れた瞬間、体内で発生した水素に引火し、連続的な水蒸気爆発が引き起こされた。
ドォォン! ボォォォンッ!!
飛竜の喉と腹部が、内側からの爆発で風船のように膨らんでは破裂する。
三千度の超高温によって内臓を炭化させられ、水素爆発で肉体を内部から破壊される激痛。
空の王者たる飛竜は、為す術もなく泥沼の中を転げ回り、やがてその巨大な四枚の翼を痙攣させ――完全に沈黙した。
……静寂が、ラト村に降り下りた。
強烈な閃光が収まり、アズマが恐る恐る目を開けると、そこには内側から黒焦げになり、口から白い煙を上げている飛竜の巨大な骸が転がっていた。
「アズマ、さん……」
痛みを堪えて身を起こしたキャルルが、信じられないものを見るような目で、アズマと飛竜の骸を交互に見つめていた。
「……あれほどの、圧倒的な力を持つ山脈のヌシを。魔法も使わず、ただ銀色の欠片を投げ込んだだけで……焼き尽くした、というのですか」
キャルルの声は、恐怖すら混じって震えていた。
遠巻きに見ていた村人たちも、もはや歓声を上げることすら忘れ、ただアズマの姿を『人智を超えた神の使い』として畏怖の眼差しで見つめている。
『ピンポンパンポーン♪ 己の命を賭して乙女と村人を守り抜き、空の災厄を単騎で討伐した超・英雄的善行ボーナスで、100CPを獲得しました! なお、ルチアナ様は刑務所で囚人たちを束ねて「労働環境改善ストライキ」を起こし、現在看守たちとバリケード越しに激しい攻防戦を繰り広げておりまーす♪』
(神様、ついに公権力への反逆まで始めやがった……!)
脳内で響く、壮絶な神界のプリズン・ブレイク実況に一瞬だけ気が遠くなりかけたが、アズマの残高は50,197CPへと大幅に増加した。
「……終わったな」
アズマは泥だらけの手で顔を拭い、黒焦げになった飛竜の骸を見上げた。
生石灰によるマッドトロールの殲滅。マグネシウムによる飛竜の体内からの焼却。
どちらも、前世の地球ではただの工業用品や理科の実験道具に過ぎない。しかし、このマナと剣の異世界においては、大軍や伝説の魔獣すらも容易く葬り去る『禁忌の兵器』となるのだ。
ガストンが警告した「軍事バランスの崩壊」という言葉の重みが、今の自分には痛いほどよく分かる。
自分はもう、路地裏のパン屋の扉を直して喜ばれるだけの、ちっぽけな『街の便利屋』には戻れないのかもしれない。
助けたかった。ただ、目の前の命を守りたかっただけだ。
だが、その結果として振るった力の代償は、アズマという存在を、異世界の歴史の表舞台へと強制的に引きずり出そうとしていた。
夕日に赤く染まる泥沼の畔で。
アズマは自分の震える両手を見つめながら、これから巻き込まれるであろう途方もない運命のうねりに、静かに唇を噛み締めるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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