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理不尽転生!ハズレ能力【生活改善カタログ】の日用品で限界農村から建国王へ成り上がる件  作者: 月神世一


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30/50

EP 30

 鋼の仮面(防毒マスク)と、組織の長による取り扱い注意指定

 特任通信技術顧問という、いかめしい肩書をガストンから与えられた翌日のこと。

 アズマは再び、冒険者ギルドのVIPルームへと呼び出されていた。

 だが、昨日のような熱狂的な空気はない。長机の向こうで腕を組むガストン司令官の表情は、どこまでも険しく、冷徹な軍の長としての顔つきだった。護衛として同行しているキャルルも、そのただならぬ雰囲気を察してウサギ耳をピンと張り詰めている。

「アズマ。お前がこれまで無自覚に出してきた『道具』の数々を、軍の参謀本部で極秘裏に再検証した」

 ガストンは重々しい声で切り出し、手元の羊皮紙の束をパラパラと捲った。

「金属同士を完全に癒着させる『神の涙(瞬間接着剤)』。摩擦の概念を消し去る『黒曜の油(モリブデングリース)』。巨大な蜘蛛の群れを一瞬で全滅させた『白煙の毒霧(燻煙殺虫剤)』。そして、昨夜の『念話の黒箱(トランシーバー)』」

 ガストンの鋭い眼光が、アズマを真っ直ぐに射抜く。

「いいか。お前の道具は、一つ一つが国家の軍事バランスを容易く崩壊させる『戦略兵器』だ。例えばあの毒霧の煙……もしあれを、敵国の城の通気口から流し込んだらどうなると思う?」

「……っ!」

 アズマは息を呑んだ。

 虫に対する殺虫成分だと言っても、異世界の人間が未知の化学物質の煙を大量に吸い込めば、パニックは免れない。使い方次第では、無血で城を一つ陥落させることすら可能だろう。

「俺はただ、日常の不便を解決するために……」

「分かっている。お前に他国を侵略する野心などないことはな。だが、道具というものは使う者の悪意によっていくらでも牙を剥く。帝都の中央貴族どもが、血眼になってお前を狙うのも当然の話なのだ」

 ガストンは葉巻を取り出し、火をつけずに口にくわえた。

「だからこそ、お前に『枷』をはめる。ルナミス帝国辺境軍閥・最高司令官の権限において、お前を『クラスS・取り扱い注意指定』とする」

「取り扱い注意、指定……」

「今後、便利屋の業務で大規模な化学物質、あるいは通信・破壊兵器に転用可能な道具を使用する際は、事前に必ず俺の許可を得ろ。これは保護者としての忠告ではなく、軍閥の長としての絶対の『命令』だ」

 ズシリと、見えない重圧がアズマの肩にのしかかる。

 便利な日用品で、異世界をのんびり生き抜く。そんな気楽な考えは、もう通用しない。自分の知識と道具が、この世界では一歩間違えれば大量破壊兵器になり得るのだという重い事実(F6)を、アズマは痛感させられた。

「……分かりました。便利屋としての仕事の範囲を逸脱するような道具は、独断では使いません」

 アズマが深く頷くと、ガストンは少しだけ目元を緩め、ふぅと息を吐き出した。

「よし。お前が分別のつく男で助かる。……さて、説教はここまでにして、お前のその『厄介な技術』を一つ頼みたい仕事がある」

 ガストンは机の下から、厳重に鉛でコーティングされた小さな木箱を取り出した。

「昨夜、お前たちが捕らえたヴァロワ侯爵家の暗殺者。奴らのアジトを軍で家宅捜索した際、とんでもない違法魔薬が発見された。『屍骸溶かしの瘴気液』だ」

「屍骸溶かし……?」

「揮発性の極めて高い、暗殺用の特殊な酸だ。蓋を開けただけで、肺をただれさせる猛毒の有機ガスが充満する。中和剤を混ぜて安全な水に変える必要があるのだが、ガスマスクの魔導具など軍にも数個しかない上に、その瘴気は強力すぎて数分でフィルターの魔石を腐食させてしまう。中和作業は決死の覚悟が必要なのだ」

 ガストンの言葉に、キャルルが青ざめて一歩前に出た。

「ガストンおじさま! そんな危険な作業を、戦闘力のないアズマさんにやらせるというのですか!?」

「待ってくれ、キャルル。……ガス、揮発性の有機溶剤か。それなら、俺の現場の知識で安全に処理できる」

 アズマはキャルルを制止し、脳内の『生活改善カタログ』を開いた。

(塗装・化学薬品作業カテゴリー。消費は5CP。残高は50,067CP)

 虚空から取り出したのは、黒いゴム製の半面マスクと、その両側に取り付けられた円柱形の巨大な吸収缶(カートリッジ)だった。

「アズマさん、それは……?」

「『粉じん・有機溶剤用防毒マスク』だ」

 アズマはマスクを顔に押し当て、後頭部と首の後ろでバンドをしっかりと固定した。

 鼻と口を完全に覆う黒いゴム。両頬に突き出た無骨な金属の円柱。

 その異様な風貌に、部屋の隅で控えていたリーザが「ひゃあああっ!? アズマ様のお顔に、鋼の豚鼻がついて怪人になってしまいましたわ!」と悲鳴を上げた。

「鋼の仮面……! まるで、呪われた暗黒騎士の装具のようです!」

 キャルルもウサギ耳を限界まで逆立てて警戒している。

「外見は不気味かもしれないけど、これは命を守るための絶対の盾なんだ」

 アズマはマスク越しに、少しこもった声で解説した。

「この両側の丸い缶の中には、特殊な処理をされた『活性炭』がぎっしり詰まっている。活性炭の表面には、目に見えないミクロの穴が無数に開いていてね。有毒な有機ガスがここを通ると、その穴に毒の分子が強力に吸着されて、化学的に無害化されるんだ。どんな猛毒の気体も、これを被っていればただの綺麗な空気に変わる」

「毒の瘴気を、ただの炭の力で浄化するだと……?」

 ガストンが信じられないという顔で身を乗り出す。

「下がっていてください。すぐに終わらせます」

 アズマは分厚いゴム手袋をはめると、机の上の木箱を開け、中に入っていたフラスコの蓋を慎重に外した。

 シュゥゥゥッ……!

 途端に、フラスコの口から赤黒い不気味なガスが立ち昇る。ガストンとキャルルたちは慌てて部屋の奥へ下がり、口と鼻を強く覆った。

 だが、アズマはガスが充満するフラスコの真上に顔を近づけたまま、全く平然としていた。

 スーッ、ハーッ。

 防毒マスクの排気弁から、規則正しい呼吸音が聞こえる。

 活性炭フィルターが猛毒の有機ガスを完璧に吸着し、アズマの肺には微塵の毒も届いていないのだ。

 アズマは落ち着いた手つきで、ガストンが用意していた中和剤の粉末をフラスコに流し込み、軽く振って混ぜ合わせた。赤黒いガスがスゥッと消え去り、中の液体が透明な水へと変化する。

「……終わりました。完全に中和完了です」

 アズマがフラスコに蓋をしてマスクを外すと、部屋に安堵の空気が戻った。

 ガストンは透明になった液体と、アズマの手にある防毒マスクを交互に見比べ、やれやれと深い溜め息をついた。

「……軍の決死隊が命がけで行う処理を、息一つ乱さずにやってのけるとはな。これでお前も分かっただろう、俺がお前を『取り扱い注意』に指定した理由が」

「ええ。身に染みて理解しました。俺の道具は、この世界ではチートじゃなくて、劇薬ですね」

 アズマが苦笑すると、ガストンもふっと口元を緩めた。

「だが、その劇薬が俺たちの危機を救ったのも事実だ。お前のその知識と力、正しく使えよ、特任顧問殿」

「はい。俺はあくまで、街の便利屋ですから」

『ピンポンパンポーン♪ 致命的な猛毒を安全に処理し、労働環境の重大な危機を回避した善行ボーナスで、15CPを獲得しました! なお、ルチアナ様は神界の警察の取調室でカツ丼を三杯おかわりした結果、食い逃げ詐欺の余罪まで追及され、現在刑務所の採石場で泣きながら石を叩き割る強制労働に従事しておりまーす♪』

(神様がとうとう前科持ちの囚人になっちゃったよ……!)

 脳内で響く、自業自得の極みであるシステム音声に盛大にツッコミを入れつつ、アズマの残高は50,082CPとなった。

 軍閥の長から正式に課せられた「取り扱い注意指定」という枷。

 それは不自由な拘束ではなく、アズマという存在を権力の魔の手から守り、彼が便利屋として真っ直ぐに生きるための、強固な防壁でもあった。

 己の責任の重さを噛み締めながら、アズマはヒロインたちと共に、自分たちの居場所である店舗へと帰っていくのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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