EP 29
念話の黒箱と、軍閥との盟約
冒険者ギルド・中央支部の重厚なVIPルーム。
高級な獣皮が敷かれた床の上に、アズマの放った閃光と爆音によって無力化され、『リピート結束バンド』で雁字搦めにされた三人の暗殺者が転がされていた。彼らは完全に戦意を喪失し、白目を剥いて気絶している。
「……間違いない。これは帝都の中央貴族、ヴァロワ侯爵家の裏紋章だ」
辺境軍閥の司令官であるガストンは、暗殺者の懐から出てきた銀貨の袋を検分し、忌々しそうに葉巻の煙を吐き出した。
「ガストンさん、やっぱり中央の権力者が俺の道具に目をつけ始めたってことですか?」
アズマが尋ねると、ガストンは険しい顔で頷いた。
「ああ。パン屋の鉄扉を無音で開けた『魔法の滑水(潤滑スプレー)』と、ゴブリンを無傷で生け捕りにした『見えない鎖(結束バンド)』。……夜の闇に生きる暗殺者や、政敵の寝首を掻きたい権力者にとって、お前の道具は喉から手が出るほど欲しい戦略物資だ。それがただの便利屋として野放しにされていれば、当然ちょっかいを出してくる」
ガストンはデスクに身を乗り出し、鋭い眼光をアズマに向けた。
「俺の軍閥が物理的にお前を守ることは容易い。キャルルが護衛についている限り、力ずくの拉致は不可能だろう。だが、厄介なのは『政治的な圧力』だ。もしヴァロワ侯爵が正規の手続きで『その者を帝都へ引き渡せ』と圧力をかけてきた場合、ただの便利屋の店主であるお前を、軍が庇い切るには『大義名分』が足りない」
「大義名分、ですか」
「お前が俺たち辺境軍閥にとって、絶対に手放せない『軍事的な最高機密』であるという、決定的な証明だ。それがあれば、中央の貴族の手出しは『国家防衛に対する反逆』として跳ね除けることができる」
それを聞いたキャルルが、エメラルドグリーンの瞳を揺らして前に出た。
「ガストンおじさま! アズマさんはもう、私の武器を『黒曜の潤滑油』で限界突破させてくれました! これだけでは足りないのですか!?」
「個人の火力の向上だけでは弱い。軍隊という巨大な組織そのものの運用を、根本から変革するような『何か』が必要なのだ」
ガストンの言葉に、部屋に沈黙が降りた。リーザが不安そうにアズマの袖を握りしめる。
だが、アズマの顔に焦りはなかった。
(……組織の運用を変える道具。要するに、現場の作業効率と連携を劇的に引き上げるインフラがあればいいんだな)
アズマは前職のホームセンターで、広大な売り場とバックヤードを走り回るスタッフたちを繋いでいた「あの道具」を思い浮かべた。
「ガストン司令官。それなら、俺から一つ提案があります」
アズマは脳内の『生活改善カタログ』を開き、10CPを消費した。(残高は50,062CP)
虚空から取り出したのは、黒いプラスチック製の四角い箱。上部には短いアンテナのようなものが突き出ており、側面にはいくつかのボタンが配置されている。
「アズマさん、それはなんです?」
「『特定小電力トランシーバー』だよ。二つで一組なんだ。キャルル、ちょっとこれを一つ持って、ギルドの裏手にある訓練場の端まで走ってくれないか。着いたら、何もせずにそのまま待機しててくれ」
「えっ? は、はい、分かりました!」
キャルルは不思議そうに黒い箱を受け取ると、風のような速度でVIPルームを飛び出していった。
数分後。キャルルがギルドの裏手に到着した頃合いを見計らい、アズマは手元のトランシーバーの側面のボタンを押し込んだまま、本体に向かって口を開いた。
「……キャルル、聞こえるか。アズマだ」
アズマがボタンから指を離した直後。
VIPルームに残されたアズマの手元の黒い箱から、『ピガッ』という短い電子音が鳴り、続いてノイズ混じりのキャルルの声が響き渡った。
『ヒャウッ!? あ、アズマさん!? この黒い箱から、アズマさんの声が直接頭の中に……いえ、箱そのものが喋っています! どういうことですか!?』
「なっ……!?」
ガストンの口から、咥えていた葉巻がポトリと落ちた。
リーザも「箱の中に小人が入っていますわ!」と目を丸くして身を乗り出している。
「すごいな、この分厚い石壁を隔ててもクリアに聞こえる。……キャルル、聞こえているなら、そのまま戻ってきてくれ」
『は、はいっ! すぐ戻ります!』
通信を終え、アズマはトランシーバーをデスクに置いた。
「これは、離れた場所にいる相手と、リアルタイムで声を届けることができる通信機器です。電波……目に見えない光の波に音を乗せて飛ばしているんですよ。障害物がなければ、数キロ先まで瞬時に声を届けられます」
ガストンはワナワナと震える手で、黒い箱に触れた。
「離れた相手と即座に会話ができる『念話の魔導石』は存在する。だが、それは高位の魔導士しか作れず、価格も城が建つほど高い上に、少しの衝撃で割れてしまう繊細な代物だ(※第12話でマンミアの絶叫により破壊済み)。しかし、この箱からは一切の魔力を感じない……」
「電気で動いているからです。ボタンを押して話すだけなので、魔力のない素人でも、子供でも、誰でもすぐに使えます」
誰でも使える、数キロ先へのリアルタイム通信。
その軍事的な価値を理解した瞬間、歴戦の司令官であるガストンの全身から凄まじい覇気が立ち昇った。
「……伝令兵が不要になる。最前線の部隊と、後方の司令部が、タイムラグなしで同時に動ける。戦況の変化に合わせて、全軍の動きを一瞬で統制できる……!」
ガストンは目を血走らせ、トランシーバーを両手で包み込んだ。
「これは、軍の指揮系統という概念そのものを破壊し、再構築する『神の耳』だ。もしこれが全軍に配備されれば、我が辺境軍閥は、いかなる大国の正規軍をも凌駕する無敵の軍隊と化すぞ……!」
そこへ、キャルルが息を切らして戻ってきた。
「ア、アズマさん! 本当にアズマさんの声が聞こえました! あの距離で、魔力もなしに!」
「ああ。これで、俺が司令部にいながら、最前線のキャルルに直接戦術を指示できる。これも俺の『後方支援』の一つさ」
ガストンは深く息を吸い込み、そしてニヤリと、悪魔のように獰猛な笑みを浮かべた。
「アズマ。お前の提案、確かに受け取った。今日この瞬間から、お前はただの便利屋ではない。ルナミス帝国辺境軍閥における『特任通信技術顧問』だ。帝都の貴族どもが引き渡しを要求してこようが、このガストンの首と引き換えにしても絶対に渡さん!」
『ピンポンパンポーン♪ 軍閥の通信インフラを革命し、強固な防衛網を築いた善行ボーナスで、20CPを獲得しました! なお、ルチアナ様は河川敷で『聖水(ただの水道水)』を高額で売りつけようとしたところを警察に補導され、現在取調室でカツ丼を貪り食いながら号泣しておりまーす♪』
(神様がとうとう詐欺罪でパクられてカツ丼食ってる……!)
脳内で響く、堕ちる所まで堕ちたポンコツ女神のシステム音声に頭痛を覚えつつも、アズマの残高は50,082CPへと回復した。
暗殺者の襲撃という危機を、逆に『絶対の後ろ盾』を盤石にするための布石へと変えたアズマ。
権力者たちからの干渉という不安要素を完全に払拭し、便利屋アズマと仲間たちの異世界生活は、いよいよ揺るぎない確かな地盤の上で、さらなる飛躍の時を迎えようとしているのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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