EP 28
閃光の防犯警報と、忍び寄る権力の影
パン屋のマーサの鉄扉を『浸透防錆潤滑スプレー』で直して以来、便利屋アズマの元には連日のように街の住人からの小さな依頼が舞い込むようになっていた。
水漏れの修理、建付けの悪い窓の調整、害虫駆除。
アズマは前世のホームセンターの知識と日用品を駆使し、それらを瞬く間に、かつ安価で解決していった。街の人々からの信用はうなぎ登りで、リーザがカウンターで受け取る差し入れの野菜や果物は絶えることがなかった。
だが、光が強くなれば、当然ながら濃い影が落ちる。
「……アズマさん。ここ数日、店の周囲に妙な気配がします」
夜の帳が下りた店内で、キャルルが声を潜めて告げた。彼女のウサギ耳は、窓の外の暗闇に向けてピンと張り詰めている。
「普通のゴロツキではありません。足音を完全に殺し、気配を断つ訓練を受けたプロ……おそらくは、どこかの貴族が飼っている暗殺者や工作員の手合いです」
「暗殺者……!? ひぃっ、なんで私たちのような善良な便利屋が狙われるんですの!?」
リーザが怯えてアズマの背中にしがみつく。
「ガストン司令官が言っていた『警告』が、現実になったってことだろうな」
アズマは腕を組み、険しい表情で呟いた。
「俺がマーサさんのところで使った『音もなく鉄扉を開けるスプレー』や、ギルドで見せた『魔獣を完全に拘束する見えない鎖(結束バンド)』。……街の噂に尾ひれがついて、裏社会の連中の耳に入ったんだ」
音もなく扉を開け、標的を完全に拘束する道具。それは、夜の闇に生きる暗殺者や、政敵を排除したい権力者にとって、喉から手が出るほど欲しい『戦略物資』に他ならない。
「私の力で、今のうちに外の連中を力ずくで排除してきましょうか?」
キャルルがトンファーの柄に手をかけるが、アズマは首を横に振った。
「いや、相手はプロだ。暗闇の中で待ち伏せされているところに飛び込むのは、現場の安全管理上、最もやってはいけないことだ。……向こうが闇に乗じて忍び込んでくるつもりなら、こっちから『明るい舞台』を用意してやればいい」
アズマは脳内の『生活改善カタログ』を開き、防犯・防災用品のカテゴリーから二つのアイテムを選択した。(消費は4CP。残高は50,062CP)
虚空から取り出したのは、白いプラスチック製の照明器具と、手のひらサイズの小さな卵型の機械だった。
「アズマさん、それは?」
「こっちは『人感センサー付きLED防犯ライト』。もう一つは『大音量防犯ブザー』だ。二人とも、少し耳を塞いでいてくれ」
アズマは音を立てずに裏口へ回り、扉の外側の軒下に、マグネット式になった防犯ライトを貼り付けた。
そして、暗闇の中で息を殺して待つ。
数十分後。
微かな衣擦れの音と共に、黒ずくめの装束に身を包んだ三つの影が、裏口の扉へと音もなく忍び寄ってきた。
彼らの手には、鋭い短剣と、ピッキング用の細い針金が握られている。
(……標的は、未知の魔導具を無尽蔵に出すという錬金術師の男。生け捕りにして帝都の主の元へ連れ帰れば、我々は一生遊んで暮らせる恩賞がもらえる……)
暗殺者の一人が、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、裏口の扉の前に立った。
――その瞬間だった。
ピカーーーーッ!!
「「「なっ!?」」」
暗殺者たちの頭上に設置された『人感センサー付きLED防犯ライト』が、突如として真昼の太陽のような強烈な純白の光を放ち、彼らの姿を暗闇から完全に暴き出したのだ。
「ぐあっ!? 目が……!」
暗視に慣れきっていた暗殺者たちの網膜が、強烈な光の暴力によって一瞬で焼き切られたように白濁する。
「動くな! これは熱源(人間)から発せられる赤外線の動きを感知して、自動で発光する防犯センサーだ!」
裏口の扉がバンッ!と開き、アズマが姿を現した。
「ちぃっ! 罠か! だが、ただの光なら――!」
視界を奪われながらも、プロの暗殺者は殺気を放ち、アズマへ向かって短剣を構えようとした。
「なら、こいつはどうだ!」
アズマは手に持っていた『大音量防犯ブザー』のピンを勢いよく引き抜き、暗殺者たちの足元へ放り投げた。
ビギャァァァァァァァァーーーーッ!!!
「「「ぎぃやぁぁぁぁっ!?」」」
130デシベル。飛行機のエンジンの真横にいるのと同等という、鼓膜が物理的に破れるレベルの超高音の警報音が、静かな夜の路地に炸裂した。
「なっ、なんだこの音波兵器はぁっ!?」
圧電素子から発せられる強烈な超音波の反響に、暗殺者たちは短剣を取り落とし、両手で耳を塞いで地面に転げ回った。三半規管を完全に破壊され、平衡感覚すら失っている。
「キャルル、今だ!」
「はいっ! 月影流・連環縛!」
事前に防音耳栓を装着して待機していたキャルルが、閃光と爆音の中で無力化された暗殺者たちの間へ飛び込んだ。
ドゴッ! バキッ!
的確な打撃で三人の意識を完全に刈り取ると、アズマが新しい日用品を取り出した。
「今回はこいつを使う。『リピート結束バンド』だ」
アズマは気絶した暗殺者たちの手足を、爪を押せば何度でも外して再利用ができるタイプの結束バンドで次々と縛り上げた。
数分後。
防犯ブザーのピンを戻して爆音を止めると、路地には再び静寂が戻った。
転がっている三人の暗殺者を見下ろし、キャルルが息を吐く。
「見事ですね、アズマさん。人の気配に反応して自動で起動する『閃光の結界』に、精神を破壊する『音波の呪具』……。こんなものを仕掛けられては、いかなる熟練の暗殺者でも為す術がありません」
「店舗のセキュリティには防犯グッズが必須だからな。ただ、俺の道具が権力者に目をつけられ始めたのは事実だ」
拘束した暗殺者の懐を探ると、帝都の有力貴族の紋章が刻まれた銀貨の袋が出てきた。
「この連中は、明日の朝一番でガストン司令官のところに突き出そう。俺の『後ろ盾』が誰なのか、帝都の連中にきっちり知らしめてやる必要がある」
アズマは冷ややかな声で告げた。
便利な道具は、人を救うと同時に、欲深い者たちの争いの火種になる。アズマは改めて、自分が異世界の軍事バランス(F6)の綱渡りの上に立っていることを自覚した。
『ピンポンパンポーン♪ 不法侵入者を無傷で制圧し、店舗の安全を死守した防犯ボーナスで、10CPを獲得しました! なお、ルチアナ様は裸足で歩き回るうちに『大地と繋がるエコな聖女』として地元のホームレスたちから神格化され、現在河川敷で謎の宗教団体の教祖として君臨し始めておりまーす♪』
(神様がとうとうホームレスを率いてカルト宗教を立ち上げやがった!!)
脳内で響く、壮大かつ底辺すぎるシステム音声に、アズマは盛大にツッコミを入れずにはいられなかった。
残高は50,072CP。
忍び寄る権力の影を退け、便利屋アズマの異世界拠点防衛戦は、完璧な勝利と一抹の不安を抱えながら、夜の闇へと溶けていくのだった。




