EP 26
雷鳴の杭打ち機と、はじめての我が家
翌朝、雲一つない青空の下。
アズマたちは、購入したばかりの傾いたボロ屋に集合していた。
「さあ、今日からこの建物の改修(DIY)を始めるぞ。まずは腐って落ち窪んだ床板の解体からだ」
アズマは腕まくりをして、気合を入れた。
改修用の木材は、昨日ニャングルの商会からすでに手配して運び込んである。まずは安全確保だ。アズマは脳内の『生活改善カタログ』を開き、3CPを消費した。
「作業の基本はケガの防止からだ。二人とも、これをつけてくれ」
アズマが取り出したのは、手のひら側が赤いゴムで覆われた『天然ゴム背抜き手袋(グリップ軍手)』だ。
「なんですかこれ? 分厚い手袋のようですが、手の甲の側はスカスカの布ですわ」
「木のトゲが刺さらないようにするための保護具だよ。手のひらのゴムが強力な滑り止めになっていて重い木材も楽に持てるし、手の甲は通気性がいいから蒸れないんだ」
軍手をはめたキャルルは、両手をグーパーと動かして感触を確かめた。
「なるほど。これなら滑りませんし、細かい作業もできそうです。……で、アズマさん。この腐った床板ですが、どうやって剥がせばいいですか? バールのような道具でこじ開けますか?」
「ああ、端の隙間からテコの原理で――」
バリィィィィィッ!! メキメキメキッ!
アズマが説明し終わる前に、キャルルが素手で床板の隙間に指をねじ込み、そのまま力任せに引き剥がしてしまった。分厚い木の板が、まるで湿った段ボールのようにあっけなく宙を舞う。
「ふっ! 月影流・地這い剥がし!」
ベキバキィッ!
「ぎゃあああっ!? ちょっと待てストップ! やりすぎだ、無事な基礎の木材(根太)まで一緒にへし折る気かお前は!!」
月兎族の異常な膂力(約120馬力)による物理的破壊の連鎖に、アズマは慌てて飛びつき、キャルルの両腕を必死に押さえ込んだ。
異世界の圧倒的な身体能力の前では、解体工事など一瞬の作業だったが、手加減を教える方がはるかに骨が折れた。
❖❖❖
小一時間ほどで、一階部分の腐った床板はすべて綺麗に撤去され、建物の基礎となる太い骨組みだけが残された。
「よし、基礎の木材は乾燥していてシロアリの被害もない。ここに新しい床板を張っていくぞ」
アズマは山積みになった真新しい杉の床板を指差した。
「でもアズマさん、これほどの広さの床板をすべて釘で打ち付けていくとなると、ハンマーを振るうだけで一日中かかってしまいませんか?」
キャルルが木材の量を見て首を傾げる。
「ああ。普通に手作業でやってたら、夜になっても終わらない。だから、これを使う」
アズマはカタログを操作し、10CPを消費した。(残高は50,044CP)
虚空から取り出したのは、拳銃のようなグリップと、下部にバッテリーが付いた無骨な機械――『充電式電動釘打ち機』と、連結された専用の釘の束だった。
「それは……? 銃のような形をしていますが」
「こいつは、電気の力で釘を打ち込む道具だ。キャルル、そこの板の端を基礎に合わせて押さえておいてくれ」
「は、はい」
アズマは床板の端に電動釘打ち機の先端を押し当て、安全装置を解除してトリガーを引いた。
――バシュッ!!
鋭い破裂音と共に、瞬時に長さ五センチの鉄の釘が木材の奥深くまで撃ち込まれた。
「なっ!?」
あまりの一瞬の出来事に、キャルルのウサギ耳がビクッと跳ね上がる。
「魔力も使わず、金槌も振るわずに、鉄の杭が木に完全にめり込みましたわ!?」
リーザが目を丸くして身を乗り出した。
「バッテリーの電力で内蔵されたモーターを回し、強力なスプリングを一気に解放して釘を押し出しているんだ。これなら、一秒に一回のペースで釘を打てる」
アズマは流れるような手つきで、トリガーを連続で引いていく。
バシュッ! バシュッ! バシュッ!
等間隔に、寸分の狂いもなく打ち込まれていく釘。
「すごいです! 雷鳴の杭打ち機……これがあれば、あっという間に床が完成しますね!」
「よし、連携作業でいくぞ! キャルルが新しい板を運んで置き、リーザが隙間がないように位置を微調整する。俺が端から順番に固定していく!」
「「了解です(わ)!!」」
三人の息の合った連携作業が始まった。
重い木材をキャルルが軽々と運び、リーザが「ここですわ!」と板の継ぎ目を合わせ、アズマが電動釘打ち機で一瞬にして固定する。
トンカンと釘を打つ労力がないため、作業は信じられないほどのスピードで進んでいった。
木屑が舞い、真新しい木の香りが部屋中に満ちていく。
お互いの顔に木屑や汗がついても、誰も気にせず、ただ自分たちの居場所を作り上げる純粋な楽しさに、三人は笑い合いながら作業を続けた。
❖❖❖
夕暮れ時。
窓から差し込むオレンジ色の光が、真新しい一面の木の床を照らしていた。
アズマは部屋の真ん中に『水平器』を置き、気泡がど真ん中にあることを確認して、大きく息を吐き出した。
「……完全なる水平だ。床の張り替え工事、完了!」
「「わぁぁぁーーっ!!」」
キャルルとリーザが歓声を上げ、ハイタッチを交わした。
三人はそのまま、完成したばかりの真っ平らな床の上に、大の字になって寝転がった。
「ああ……背中が真っ直ぐで、木のいい匂いがしますわ……。ダンボールのお家も温かかったですけど、やっぱり本物の床は最高ですの……」
リーザが感極まった声で呟く。
「ええ……。私たちが、自分たちの手で作り上げた拠点。……私たちの、家ですね」
キャルルも床の感触を慈しむように撫でながら、優しく微笑んだ。
「まだ家具も何もないドンガラだけどな。ここから、俺たちの商売が始まるんだ。困った奴らが駆け込んでくる、最高の便利屋にな」
アズマは天井を見上げながら、心地よい疲労感の中で目を細めた。
『ピンポンパンポーン♪ 己の手で安住の地を創り上げ、乙女たちと協力し合った労働の喜びボーナスで、10CPを獲得しました! なお、ルチアナ様は無事に退院しましたが、病院が帰りの馬車代を貸してくれなかったため、現在裸足で二十キロ先の公園を目指して泣きながら歩行中でーす♪』
(神様……もうそのままずっと歩き続けて別の町に行ってくれないかな……)
脳内で響くポンコツの極みのようなシステム音声すら、今の充実した気分を害することはできなかった。アズマの残高は50,054CPとなった。
沈みかけた夕日が、三人の横顔を優しく照らしている。
過酷な異世界で、元ホームセンター副店長が手に入れた初めての「城」。
この小さな拠点が、やがて大陸全土のあらゆる問題を解決する伝説の『生活改善店舗』へと発展していく第一歩が、ここに確かに刻まれたのだった。
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