EP 25
絶対水平の魔眼(水平器)と、拠点物件の鑑定
旧ルミナス魔石鉱山からの帰還後、冒険者ギルドのVIPルームには、テーブルの上に山と積まれた闇属性の魔石が鈍い光を放っていた。
「ひゃーっ……! これ、全部シャドウスパイダーの魔石やないか! しかも傷一つない極上品ばっかりやで!」
ゴルド商会のニャングルが、猫耳をピンと逆立てて黄金の算盤を猛スピードで弾いている。
「依頼の達成報酬が金貨二十枚。それに加えて、この大量の魔石の買い取り額が金貨三十枚。合計で金貨五十枚(約五十万円相当)の支払いになるで。アズマはん、あんたホンマにバケモンやな」
ズシッ、と重たい革袋がテーブルに置かれた。
金貨五十枚。冒険者として活動を始めて間もないアズマたちにとって、それは破格の大金だった。
「ありがとうございます、ニャングルさん。これだけあれば、ついに『アレ』ができます」
「アレ、というと?」
アズマはキャルルとリーザを見やり、そして力強く頷いた。
「俺たちの『拠点』となる店舗を構えたいんです。ポポロ村を出る時にも話しましたが……生活に困った人が駆け込めて、俺たちが依頼を受けるための砦となるような場所を」
「アズマ様……! ついに、私たちのお家ができるんですのね!」
リーザが感極まったように両手を組み合わせた。帝都の路地裏でダンボール生活をしていた彼女にとって「家」という響きは、何よりも魅力的な魔法の言葉だったのだ。
キャルルもウサギ耳を嬉しそうに揺らしている。
それを聞いたニャングルは、顎に手を当ててニヤリと笑った。
「店舗物件か。それなら、ワシに心当たりがあるで。立地はギルドや大通りに近い最高の一等地や。ただ……ちょっと『ワケアリ』で、何年も買い手がつかんボロ屋なんやけどな」
❖❖❖
ニャングルに案内されてやってきたのは、大通りから少しだけ路地に入った場所にある、二階建ての大きな木造建築だった。
かつては大きな酒場だったらしいが、外壁の板は黒ずみ、看板は外れかかっている。
だが、問題はそこではなかった。
中に入った瞬間、リーザが「ひゃっ!?」と声を上げてバランスを崩したのだ。
「床が……すごい斜めに傾いていますわ!」
リーザの言う通り、建物の床全体が右奥に向かってすり鉢状に沈み込んでいるように見えた。歩くだけで三半規管がおかしくなりそうな感覚だ。
「せや。この建物、地盤沈下か何かで完全に『歪んで』しもうとるんや。一等地やけど、こんな傾いた家じゃ商売も生活もできへん。直そうにも、土魔導士を呼んで基礎から丸ごと作り直さんとアカンから、金貨数百枚は下らんわ」
ニャングルが肩をすくめる。
「だから、物件の権利自体は金貨三十枚ってとこやな」
「なるほど。素人目には、建物全体が沈んで歪んでいるように見えますね」
アズマは床を強く踏み鳴らし、ギシギシという音を確かめた後、脳内の『生活改善カタログ』を開いた。
(測定工具カテゴリー。消費は合わせて2CP。残高は50,042CP)
アズマは虚空から、二つの道具を取り出した。
一つは、手のひらサイズの黄色い長方形のブロック。中央には透明なカプセルがあり、中に黄緑色の液体と『気泡』が浮かんでいる。
「アズマさん、それはなんです?」
「『水平器』だよ。このカプセルの中の気泡が、ちょうど二本の線の真ん中にくれば、そこが完全な『水平』か『垂直』であることを示しているんだ」
アズマは水平器を傾いた床に置いた。気泡は大きく右側に寄っている。
「やっぱり、床は完全に傾いてるな。でも……」
アズマは立ち上がり、建物の中心を支えている太い『大黒柱』に水平器をピタリと押し当てた。
「ほら、見てごらん」
キャルルたちが覗き込むと、水平器の気泡は、二本の線のど真ん中に寸分の狂いもなく収まっていた。
「えっ!? 気泡が真ん中……ということは」
「そう。柱は一本も傾いていない。完全に垂直に立っている」
「なっ……魔導の振り子も使わずに、ただの小箱を押し当てただけで『絶対の垂直』を可視化したやと!?」
ニャングルが驚愕する中、アズマはもう一つの道具――手のひらサイズの丸いケースを取り出した。
ケースの先端から、金属製のテープをシャーーーッ!と引き出す。
「それはなんですか!?」
「『コンベックス(メジャー)』だ。薄い金属でできているから、空中で伸ばしても折れ曲がらない。これで、部屋の四隅の柱から柱への『対角線の距離』を測る」
アズマはキャルルにテープの端を持たせ、部屋の対角線をバツ印に計測した。
「右斜めの対角線が、6500ミリ。左斜めの対角線も、6500ミリ……ぴったり同じだ」
アズマはメジャーをシュルッと巻き取り、確信に満ちた笑みを浮かべた。
「対角線の長さが同じということは、この建物の『骨組み(フレーム)』は全く歪んでいないということだ。床が傾いているのは、地盤が沈んだからじゃない。床板を支えている『根太』という下地の木材がシロアリか湿気で腐って、床だけが落ち窪んでいるんだよ」
現場監督としての経験が、物件の真の価値を完璧に見抜いていた。
「つまり、柱や屋根といった基礎は完全に生きている。腐った床板を剥がして、下地だけを新しく打ち直せば、あっという間に元通りの真っ直ぐな家になる。これなら俺たちだけでDIY(改修)できるぞ」
「大地の魔導士でもないのに、建物の歪みをたった数分で完全に見抜いた……! アズマはん、あんたのその『絶対水平の魔眼』と『長さを測る鋼の蛇』、建築ギルドが見たら発狂するで!」
ニャングルが猫耳を震わせて絶叫する。
「ニャングルさん、この物件、買います」
アズマは報酬の入った革袋から金貨三十枚を取り出し、ニャングルに手渡した。
「よし! これで今日から、ここが俺たちの『家』であり、新しい拠点だ」
「家……私たちだけの、お城……!」
リーザが瞳に大粒の涙を浮かべ、アズマの胸にギュッと飛び込んできた。
「ありがとうございます、アズマ様! 私、床の掃除でもペンキ塗りでも、なんでもやりますわ!」
「ええ、私も力仕事なら任せてください! アズマさんの指示通りに木材を運んでみせます!」
キャルルもウサギ耳を嬉しそうにパタパタと揺らし、アズマの腕を力強く抱き込んだ。
『ピンポンパンポーン♪ 廃墟に命を吹き込み、乙女たちに安住の地を提供した善行ボーナスで、15CPを獲得しました! なお、ルチアナ様は毒草の治療で神界の病院に入院中ですが、支給される病院食のゼリーが美味しすぎて「もう一生ここで暮らしたい」とベッドで号泣しておりまーす♪』
(神様の幸せのハードルが下がりすぎている……!)
脳内のどうしようもないシステム音声に苦笑しつつ、残高は50,057CPとなった。
過酷な異世界でようやく手に入れた、自分たちだけの居場所。
元ホームセンター副店長と二人のヒロインによる、拠点改修と更なる成り上がりの日々が、この傾いたボロ屋から力強く始まろうとしているのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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