EP 23
宵闇を裂く第三の眼と、廃坑の黒い影
冒険者ギルドの裏手に停められた、豪奢な装甲馬車の中。
ゴルド商会の幹部である猫耳の商人ニャングルは、黄金の算盤をチャキチャキと鳴らしながら、上機嫌でアズマたちを出迎えた。
「いやぁ、アズマはん! ギルドで噂になっとるで! ゴブリンの群れを無傷で生け捕りにした『無敗の特待生』がおるってな!」
「ニャングルさんのおかげですよ。ガストン司令官を紹介してくれたから、理不尽な横槍も入らずに済んでいます」
アズマが謙遜すると、ニャングルはニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、机の上に一枚の羊皮紙を滑らせた。
「せやから、今日はあんたらに『特別で、ちょっと危ない依頼』を持ってきたんや。もちろん、報酬は弾むで」
羊皮紙には『旧ルミナス魔石鉱山の安全確保』と書かれていた。
「都市から馬で半日ほどの場所にある廃坑や。最近、あそこで良質な魔石の鉱脈が再発見されてな。ウチの商会が採掘権を買い取ったんやけど……厄介なことに、中層付近に『シャドウスパイダー』の群れが巣食ってしもうたんや」
シャドウスパイダー。
その名を聞いた瞬間、隣に座っていたキャルルのウサギ耳がピクリと警戒に逆立った。
「アズマさん、シャドウスパイダーは厄介です。体長は一メートルほどですが、その名の通り闇に紛れる保護色を持ち、強靭な粘着糸を吐き出して獲物を絡め取ります。個々の戦闘力はDランク相当ですが、群れとなればCランク以上の危険度になります」
「それに……」と、キャルルは険しい顔で続けた。
「廃坑の中は、完全な暗闇です。私がダブルトンファーで戦うには両手を空ける必要がありますが、片手で松明を持てば戦力は半減します。魔力で光る『照明石』もありますが、非常に高価な上に、光量が足りません」
「暗闇での戦闘……」
アズマは腕を組んだ。
前職で、まだ照明が通っていない深夜の建設現場や、停電時の倉庫作業を経験したことがある。人間の目は暗闇では極端に視野が狭くなり、足元の段差一つが命取りになる。危険予知を行うためのチョークラインすら、見えなければ引くことができない。
「アズマはんの知略と罠があれば、なんとかならんか? 報酬は金貨二十枚(約二十万円)や。それに、あんたのその未知の魔導具のテストにも丁度ええやろ?」
ニャングルが打算に満ちた目で唆してくる。
アズマは少し考え込んだ後、脳内の『生活改善カタログ』を開いた。
(作業用照明のカテゴリー……あった。これなら両手を塞がずに、暗闇を完全に制圧できる。消費は三人分で6CP。残高は50,024CPだ)
「分かりました、ニャングルさん。その依頼、受けましょう」
アズマは虚空から、黒い伸縮性のバンドが付いた、小さなプラスチック製の機器を三つ取り出した。
「なんやそれ? 額当てか何かか?」
「『LEDヘッドライト』です。暗闇での作業には、これが一番ですよ」
アズマはヘッドライトのバンドを自分の頭に装着し、機器の本体がちょうど額の真ん中に来るように調整した。キャルルとリーザにも同じように装着させる。
「えっと、こうですか? なんだかおデコに不思議な箱がくっついて、少し重たいですわ」
リーザが首を傾げる。
「よし、それじゃあニャングルさん、馬車の窓を閉めて、室内を暗くしてください」
言われるがままにニャングルが遮光カーテンを引き、馬車の中は完全な暗闇に包まれた。
「いくぞ。スイッチ、オン」
カチッ。
アズマが本体のボタンを押した瞬間。
「「「うおっ!?」」」
馬車の中に、まるで真昼の太陽を切り取ってきたかのような、目が眩むほどの『純白の閃光』が爆発した。
アズマの額から放たれた強烈な光の束が、暗闇を完全に消し飛ばし、ニャングルの驚愕に染まった顔のシワ一つ一つまでを鮮明に照らし出した。
「な、なんやこの光は!? 熱も魔力も全く感じへんのに、松明十本分以上の明るさやないか! 目が、目が潰れるで!」
「直視しないでください。これは発光ダイオードといって、電気エネルギーを直接『光』に変換する仕組みなんです。炎を使わないから酸欠になることもないし、何より――」
アズマは両手を広げてみせた。
「視線の先を常に強烈な光で照らしながら、両手が完全に自由になる。これが現場労働における『ヘッドライト』の最大の強みです」
「両手が……自由になる光……!」
キャルルが自分の額のスイッチを入れ、馬車の壁を照らし出した。彼女が首を振るたびに、強烈な光の束が壁をなぞる。
「すごいですアズマさん! これなら、ダブルトンファーを全力で振るいながら、昼間と全く同じ視界で戦えます! 足元の石ころ一つすら見逃しません!」
その様子を見ていたニャングルは、猫耳をピンと立て、黄金の算盤をガタガタと震わせていた。
(……火を使わず、毒ガスが充満する炭鉱でも爆発の危険がない。しかも両手が空くやと!? これがあれば、夜間の物流も、鉱山採掘の効率も何十倍にも跳ね上がる! まさに暗闇を切り裂く革命の神具やないか!)
「アズマはん! この光の魔導具、後でウチの商会に独占卸売させてくれ! 言い値で買うで!」
「いや、これはバッテリー(電池)が切れたら使えないから、商売にするのはちょっと難しいですよ」
食い下がるニャングルを宥めながら、アズマたちは依頼の準備を整えた。
『ピンポンパンポーン♪ 暗闇の恐怖を払拭し、安全な労働環境を提供した善行ボーナスで、10CPを獲得しました! なお、ルチアナ様は日雇いの解体作業員として再就職しましたが、誤って神界の公衆トイレを全壊させてしまい、現在莫大な賠償金を抱えて白目中でーす♪』
(神様、ついに器物損壊で借金まで背負ったのか……!)
悲惨極まりないシステム音声に一抹の哀愁を覚えつつ、アズマの残高は50,034CPとなった。
❖❖❖
半日後。
アズマ、キャルル、リーザの三人は、山奥にひっそりと口を開ける『旧ルミナス魔石鉱山』の入り口に立っていた。
坑道の中からは、ひんやりとした湿った風とともに、カサカサという不気味な甲殻の擦れる音が微かに漏れ聞こえてくる。光の届かない完全なる暗黒が、侵入者を拒むように広がっていた。
「……ここから先は、私とアズマさんのヘッドライトだけが頼りです。リーザちゃんはアズマさんの後ろから絶対に離れないでください」
「わ、分かっていますわ……。なんだか、すごく気味が悪いですの」
リーザがアズマの作業着の裾をギュッと握りしめる。
「よし。キャルル、モリブデングリースの調子はいいか?」
「はい! トンファーの回転軸は最高に滑らかです。いつでもいけます!」
アズマとキャルルが同時に額のヘッドライトを点灯させた。
二筋の強烈な白光が、闇に沈んでいた坑道の奥深くを真昼のように照らし出す。
岩肌にこびりつく不気味な白い糸の塊。そして、光の先、およそ五十メートル奥の暗がりの中で、無数の『真っ赤な複眼』が、ギラリと不気味な反射光を放った。
「ギチギチギチ……ッ」
天井、壁、そして地面。
漆黒の甲殻を持った巨大な蜘蛛――シャドウスパイダーの群れが、獲物の侵入を察知し、毒の滴る牙を鳴らしながら一斉に蠢き始めた。
「アズマさん……来ます!」
キャルルがダブルトンファーを構え、深く腰を落とす。
アズマはヘッドライトの光で瞬時に地形と距離を把握し、脳内のカタログに意識を集中させた。
暗闇の死地における、元ホームセンター副店長の新たな防衛戦術が、試されようとしていた。




