EP 14
竜鱗の手甲と、血を吐くスパルタ訓練
冒険者ギルドの中央支部には、初心者から高ランクの冒険者までが利用する巨大な『武具工房』が併設されていた。
壁一面に並べられた大剣や槍、鈍い光を放つ鋼の鎧。むせ返るような鉄と油の匂いが漂う中、アズマは困り顔で革製のチェストプロテクター(胸当て)を持ち上げていた。
「重い……。こんなの着て動いたら、三分で息が上がるぞ」
「ダメですアズマさん! 後方支援とはいえ、いつ流れ矢や魔獣の爪が飛んでくるか分かりません。最低限の防具は身につけてもらわないと!」
隣で腕を組むキャルルが、ピシャリと言い放つ。
昨夜の宴で「護衛兼教官」に就任した彼女は、すっかり戦士の顔つきになっていた。のんびりとしたポポロ村の村長だった時の可愛らしさは鳴りを潜め、獲物を狙う肉食獣のような鋭い瞳でアズマの体格を値踏みしている。
「でもキャルルさん、このミスリル混紡の革鎧、金貨三枚もしますわよ? 私たちのなけなしの資金が吹き飛んでしまいますの……!」
リーザが値札を見て青ざめ、アズマの袖を引っ張った。
ガストンから事業の準備金として金貨十枚(約十万円相当)を受け取っていたが、これからの活動資金を考えれば、防具一つにそこまで予算を割くのは現実的ではなかった。
「防具なら、もっと安くて軽くて、丈夫なやつがありますよ」
アズマは重い胸当てを棚に戻し、脳内の『生活改善カタログ』を開いた。
(防刃・安全用品のカテゴリー……よし。消費は10CP、残高は50,026CPだ)
虚空から取り出したのは、掌と指先に特殊なゴムがコーティングされた、黄色と黒のまだら模様の軍手のような手袋だった。
「なんですかそれ? ただの布の手袋に見えますが……」
「『耐切創作業用手袋』です。ケブラーという、鋼鉄の数倍の強度を持つ特殊な合成繊維が編み込まれています」
アズマは手袋を両手にはめると、近くの試斬り用の台に置かれていた鋭利なダガー(短剣)を手に取った。
「キャルル、ちょっとこの手袋のひらを、そのダガーで思い切り斬りつけてみてください」
「えっ!? いやいや、いくらなんでも素手同然の布に刃を立てるなんて、指が切り落とされちゃいますよ!」
「大丈夫です。信じてください」
アズマの真剣な目つきに気圧され、キャルルは恐る恐るダガーを握り、アズマの掌に向かって刃を滑らせた。
ギリッ、という鈍い音が鳴る。
しかし、布が裂ける感覚も、血が吹き出すこともなかった。ダガーの刃は、ケブラー繊維の表面を滑るだけで、一本の糸すら断ち切ることができなかったのだ。
「うそ……!? 私の闘気を込めた斬撃が、ただの布に完全に防がれた……!?」
キャルルが信じられないというようにダガーと手袋を交互に見つめる。
「刃物やガラスの破片から作業員の手を守るための、防刃手袋ですからね。突き刺すような攻撃には弱いですが、切り裂く攻撃なら、チェーンソーの刃が当たっても簡単には切れません」
「鉄よりも硬く、絹のように軽い繊維……まさか、伝説の古竜の鱗を糸状にして編み込んだ『竜鱗の手甲』ですか!?」
キャルルが戦慄したように息を呑む。
(いや、ただのホームセンターの作業用手袋だけど……)
「アズマ様! アズマ様はやっぱりすごい錬金術師ですのね!」
目を輝かせるリーザをよそに、キャルルは表情を引き締めた。
「分かりました。防具の性能は申し分ありません。ですが、道具がどれだけ優れていても、扱う人間に回避の技術がなければ宝の持ち腐れです」
キャルルはアズマの腕をガシッと掴んだ。
「さあ、武具選びはこれで終了です! ギルド裏の基礎訓練場へ行きますよ! 今日からみっちり、敵の攻撃の軌道を見切るための『回避と受け身』を叩き込みます!」
「えっ、今から!?」
「当たり前です! 実戦は待ってくれませんからね!」
❖❖❖
「遅いっ! 右足に体重が残っています!」
「ぐわっ!?」
訓練場の乾いた土の上で、アズマは無様に転がった。
キャルルの持つ木剣が、容赦なくアズマの死角から叩き込まれる。彼女はウサギ耳を揺らしながら、恐るべきステップでアズマの周囲を旋回していた。
「魔獣の攻撃は直線的ですが、速度は人間の比ではありません。目で追うのではなく、相手の筋肉の収縮と、重心の移動で『軌道』を予測するんです!」
「はぁっ、はぁっ……頭では分かっても、身体がついていかない……!」
アズマは泥だらけになりながら立ち上がる。
前職で重い荷物を運んでいたとはいえ、本物の戦闘訓練など受けたことがない。だが、キャルルの教え方は非常に論理的だった。ただ精神論で殴るのではなく、どこを見て、どう動けば最小の力で躱せるかという『知識』を、的確に言語化して叩き込んでくれる。
アズマは何度も転がされながらも、敵の殺気や攻撃の起こりを読む感覚を、少しずつだが身体に刻み込んでいた。
「アズマ様〜! 冷たい果実水をもらってきましたわ〜!」
数時間後。全身が筋肉痛で悲鳴を上げ、地面に大の字に倒れ込んだアズマの元へ、リーザが水筒を抱えて走ってきた。
「ありがとう、リーザ……。死ぬかと思った……」
アズマは前日に出した『真空断熱ステンレスマグ』に冷たい水を注いでもらい、一気に飲み干した。極上の冷たさが、オーバーヒートした身体を冷やしてくれる。
「お疲れ様です、アズマさん。今日は初日としては上出来ですよ」
キャルルも隣に座り、タオルで汗を拭った。彼女はケロリとしており、息一つ切らしていない。
「キャルルはすげえな。村長なのに、なんでそんなに強いんだ?」
「私は元々、レオンハート王国の騎士隊にいたんです。色々あって窮屈な王族の生活が嫌になって、村へ飛び出してきたんですけどね」
彼女は少しだけ寂しそうに笑った。
「そうか。色んな事情があるんだな。……でも、キャルルも年頃だろう? そんなに強かったら、男が寄り付かないんじゃないか?」
「えっ!? そ、そんなことありませんよ! 私だって、いつかは素敵なお嫁さんになりたいって思ってますから!」
キャルルが顔を真っ赤にしてウサギ耳をパタパタと振り回す。
「ハハッ、なら安心だ。……そういや、マンミアさんもいい人見つかるといいよな。あの人もすごく強いし綺麗だけど、今年でもう25歳だし、焦ってるんじゃないかな」
アズマが無意識に、ポポロ村に残してきた不器用なケンタウロスの顔を思い浮かべて言葉にした、その時だった。
ズドドドドドドドッ!!!
突如、訓練場の分厚い石壁の向こうから、凄まじい地響きが接近してきた。
「え? なんだ、地震か!?」
「アズマさん、何かとんでもない質量がものすごい速度でこっちへ――!」
ドッゴォォォォンッ!!
分厚い石壁が粉々に吹き飛び、土煙の中から巨大な影が躍り出た。
銀色の甲冑を纏ったケンタウロスの女性――マンミアが、目を血走らせ、怒髪天を衝く勢いで突進してきたのだ。
「マ、マンミアさん!? なんでポポロ村にいるはずのあなたが、ここに!?」
アズマが腰を抜かして悲鳴を上げる。
「ギルドへ定期報告の書類を届けに来てみれば……貴様、またしても私のいないところで乙女の禁忌に触れたな!?」
「誰・が・売・れ・残・り・の・ク・リ・ス・マ・ス・ケ・ー・キ・だ・ぁ・あ・あ・あ・あ・ッ・!・!」
「だからそんなこと一言も言ってないだろぉおおおッ!?」
ドンッ!!
180馬力の超重量タックルが、回避訓練の成果を発揮する間もなくアズマの胴体にクリーンヒットした。
「アズマ様ぁぁぁーーッ!?」
「アズマさぁぁん!?」
ヒロイン二人の絶叫を背に受けながら、アズマの身体は訓練場の空高くへと打ち上げられ、青空の彼方へキラリと星になって消えていくのだった。
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